公私混同してたまるか

※ハプニングバーへ行く話(仕事)(抱かれません)


見つけられたくないものは、消してしまえばいい。そう、なかったことにすればいいのである。
犯罪の証拠だとか、そういったものは消せるものと消せないものがあるし──消しても意味なく終わることがあるともいう──のでそうはいかない。
しかし、見つかりたくないものが出会い系アプリ上にいる自分だとするなら──答えは簡単だ。退会してプロフィールを削除してしまえばいいのである。

これ以上真選組内でこっちのわたしをしっている人なんか出したくない、と考えるとそうするしかない。調べたところ休会処理なるものもあるそうだけど、そこまでして自分のデータを残していたいとは思わない。

アプリ上で交わされた山崎さんとのやり取りと、自分のプロフィールに対して思ったよりそれなりに貰った「いいね!」の数だけはなんとなく惜しくて、スクリーンショットを記念に残した。
山崎さんとは直接会えるしアプリを介さない連絡先をしっているので如何ようにもできるが、仕事上の先輩とこうなった以上きっちり仕事とそれ以外を分けるようにしたいところである──と思っていたのに。




「それで、だな」

土方十四郎、またの名を鬼の副長から個人的な呼び出しを受けたわたしは恐る恐る彼の私室を訪れていた。
部屋に上がって向かい合って座り、副長が煙草に火をつけるのをじっと見届けながら気が気ではない。怒っている訳でなくとも鋭い目付きや、その上整った顔立ちが尚のこと人を畏れさせる雰囲気を助長していた。

「先に言っておく。潜入捜査の話だが、これは断っても構わん」

心当たりが少々あるだけに怒られる心の準備は万端だったが、宛が外れて肩の力が抜けた。わたしは監察ではないので潜入は専門外だが、潜入先が女である方が動きやすいこともあるのでこういった仕事もごく稀にある。大抵の場合山崎さんが女装することで事足りてしまうから本当に稀だ。
ただ、今回のように断ってもいいなどと前置きされるのは大変に珍しいことである。さらに珍しいことに、副長が言葉を選んで逡巡しているのが伝わってくる。


「今回の潜入先だが、その……ハプニングバーって言や解るか?」

はぁ、といい返事だとは言えない声を上げる。副長の口からそんな単語が飛び出すのは意外だったが、その問いに応えるならイエスだ。興味はあったもののそれより諸々の恐怖が勝って足を踏み入れたことはないが。


「男女が突発的なハプニングを楽しむっていう、アレですか」
「……そこまでわかってりゃァいい」
「それなら、別に断ろうなんて……」
「行くならテメェひとりじゃねェ。山崎もだ」

潜入ときいてその名前が挙がることを予想しなかったかったわけがない。
ハプニングバーは男女共にそれぞれひとりでも入ることは可能だが、それなら元来監察である山崎さんが行く方がいいに決まっている。ただ、店の性質上最初から男女で連れ合う方が早い段階でプレイルームと称した、バーの中で盛り上がった男女が褥を共にするための部屋に移動できる。きっと捜査をするような事柄はそのような場所の方がありつけると予想がついた。効率を考えると受けて貰いたいが、断って構わないというのはそういうことだろう。
それはいいが、公私混同してしまわないように気をつけようと考えた矢先のこれだ。ある種運の悪さにわたしは気づかれないよう小さくため息をついた。

「わかりました。行きます」
「そうか、助かる」

副長の尖った雰囲気が僅かに和らいだように見える。彼なりに気を遣ってくれていたであろうことが見て取れた。ふたりでの任務なのに呼ばれたのがわたしひとりなのも、本人を前にしては断りにくいだろうという配慮がなされた結果なのだと思う。
別に仕事ならわたしとしては断る理由もない。
それはそれとしてわたしが断っても、そういう処に入ることになるなら結局、他に連れでもその場限りでも女が必要なことはわかる。山崎さんが現地で女を口説くさまを想像して、幾らか胸が痛むことに戸惑った。

「詳しくは後々山崎から聞いてくれ」
「承知致しました」

話は以上、とのことだったのでそそくさと部屋を後にした。これは仕事だ。場所柄を考えてもあくまで業務なので、そういうことをするなんてことはきっとない。「する」ことを装ってそういう部屋には入るだろうが。エロいことをした相手とエロい場所に行ってなにもしないという、すこしばかり奇特な状況になるだけだ。





捜査に入る直前、山崎さんとわたしはその日のカップル客としての設定を擦り合わせていた。

他の客は当然、我々のこともただの客として話しかけてくることもままあると踏んで、ある程度のことは聞かれても答えられるよう用意をしておく必要があったからだ。それに、本名を名乗って呼び合う訳にもいかない。まるで面接準備のようだと思いながら答えを考える。
できるだけ事実に近い、「嘘ではない」レベルの答えをとほとんど山崎さんが決めてくれた。曰く、あまりに嘘ばかりになると「みょうじは顔に出るから」ということらしい。

そんな訳で、わたしたちは今日、「出会い系アプリで知り合ったそういうことをする友達同士」なのである。なるほど。半分というよりほとんど本当で、少々嘘だ。
出来るだけそれらを準備したことに意味がないことを祈りながら、当日を迎えたがどうなることやら。それなら今日のわたしの仕事は「山崎さんの隣にいること」だけで済むから。


「今日はできるだけ俺から離れないように。こういう場所は女性優位だから大丈夫だろうけど、念の為」
「わかりました、山崎さん」
「こら、偽名決めた意味ないだろ……大丈夫かよ」

すっかり仕事モードな山崎さんにつられてわたしも背筋が伸びる。できるだけ遊びに行くような格好をしてきていても、行先がハプニングバーでも、今日は仕事なのだと否が応でも自覚する。

入店してみるとそこは、大多数の人が「バー」と聞いて想像するであろう普通の酒場であった。既に何人かの男女がお酒を酌み交わし談笑に興じている。
行ったことがなかったためのイメージで、行為中の嬌声がBGMになってしまうかと思いきやそうではない。音楽のジャンルに詳しくはないが、これは恐らくジャズと呼ばれるものだと思う。こっそり山崎さんに聞けば、ここではしたくなったら上の階に上がってするものらしい。今日の目的はその階でもある。
この店には前から攘夷浪士が客として出入りしているという噂があり、プレイルームで複数人の浪士が女とお楽しみしながらそういった活動予定について話しているのではないかとされている。

「事後は口が軽くなるから、特に野郎は」
「なるほど」

初めての来店ということで、揃って説明を受ける。背が高く、髪をきっちり纏めた紳士的な男性店員だった。ここがいかがわしい所だと言われなければ分からないほど、普通だ。プレイルームについての説明や、少しルールが厳しく設けられていることを除けばの話だが。

こういうところで酒を嗜まないのも不自然だろうとそれぞれに酒を注文してひと息ついた。男性店員もこちらが初めてときいてか、会話で緊張を解そうとしてくれているのがわかった。


「多分、あいつだよ」

会話が途切れ、店員の目を盗んでそっと山崎さんが耳打ちしてくる。彼の目線の先には既に上機嫌な男。腰からは刀を提げているからすぐにわかった。逆にいえば帯刀していなければ攘夷浪士だとは解らないかもしれない、それくらいにはどこか品を感じさせる男だ。モテるのだろうな、と思ったが恐らくそのとおりで、すぐ横に座る奇麗なお嬢さんがうっとりとした目で男を見つめていた。

「あとから他のやつらも来るのか、それとももうひとりは既に上行ってるかな……」

上、というワードに敏感になってしまう。未知のものへ足を踏み入れるということが分かっているからこその緊張で、だ。

「とにかくあいつが上行ったら、頃合いみて俺たちも行こう」
「は、はい」

返事をしたつもりだけれど、上手く発語出来ていたか自信がない。自信があることといえば、今日は酔えないということくらいだ。



20200531


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