他人にバレてたまるか

「んで、お前それでヤれたわけ」
「いやまだわかんねェ」

朝の食堂で聞こえた話がとてもいい大人がするそれとはとても思えず聞き耳をたてる。いや、幾つになろうがそういうものなんだろうね。記憶が正しければ、この前わたしの友達を紹介してくれと言った先輩の声だ。味噌汁のお供にするには少し品のない会話ではあるが、そういう話こそ聞いている分には楽しめてしまうわたしもなかなか下衆。多分その会話に今わたしも入っていたとしたら、その場で普通に品なく笑っていたことだろう。

「俺もやろっかな、女抱けるんなら」
「これ以上野郎増えたら俺の成功率下がるだろーが、やめろや」
性交率(字が違うん)じゃねぇの」

くっだらな。と頭では呆れているときほど口元はうっかり笑ってしまうから、なんだか負けたような気になる。人のことは言えないし。
聞こえた内容から察するに、わたしが使っていたような異性と出会うためのアプリの話を彼らはしているのだと思う。

「くだらんね」

わたしが考えたことと同じような言葉が違う声で、横から聞こえた。言いながら語尾は少し笑いが混ざっていて、細かいニュアンスまで一致していたのだろうと勝手に解釈した。

「あいつ探し出してブロックしといた方がいいんじゃない、みょうじ」

苗字を呼ばれて初めて、わたしに言っているんだと気がついてその声の主を確かめるとそれは山崎さんだった。今しがた、これから食べるのであろう朝食が乗った盆をわたしの隣の席へ置いたところだったらしい。それ自体は別に割とよくあるというか、関係が変わる前からこうしてなにかと構われることは珍しくなかった。周りからみても変なことではないだろう。ただし今日に限っていうならその内容が問題だ。

「君と同じの使ってるみたいだよ」
「えっ」

なんのことを言っているのか理解すると同時に、周りでそれを聞いてしまった人がいないかあたりを見回してしまった。君、の後にはきっと「と俺」が含まれていることまで分かる。そこを伏せるあたり巧妙なもんだ。

「それとも、しないほうが好都合?」
「まさか!」

二度とあんな偶然ごめんだ。それから、普通にここで話題に出すのは避けていただきたい。心臓にとても悪い。ぱっと辺りを見回したところ誰か聞いてたようには見えなかったけれど、さっきの同僚たちの話だってわたしに聞こえたくらいなのだから。

「で、なんでそんな嬉しそうなんすか」
「いや、別に?」

わたしが聞くことに答えながら、その口角は小さく上がっている。この男の痕跡が身体に残っているというのが、むず痒い。面白いくらいにその張本人はいつもどおりだっていうのに、わたしはというと彼の表情から最中の妖しさを思い出してしまって駄目だ。そう、この男、鎖骨下あたりに痕を残しやがったんですよ!
あのあとは暗いうちに自室へ戻ったのだけど、今朝着替える時になって気がついた。つけようとしてた段階で気がついていれば全力で阻止したというのに、とてもそれどころではなかった。それどころでない理由を深く考えてはいけない。原因がすぐ隣にいるこの状況で。

「うわ、職場でなんて顔してんの」

味噌汁を口に含んだタイミングで山崎さんがわらう。そんなに顔に出ていただろうか。

「みょうじの所為で気づかれるよ、いろいろ」
「気づかれて困るんならそういう話ここですんのやめましょ?」
「俺はべつに困らんけど」
「他の隊士が自室とはいえ屯所にヘルス嬢呼んだのバレて副長にしこたま怒られたの知らないんですか?」
「昨日の場合呼んだのはみょうじだろ」

ぐうの音も出ない。このひとに口で勝とうとするのは無理があったようだ。だから文だけで会話をしていたときだって、楽しかったのだ。

部屋にわたしを招き入れたのは山崎さんだけど、彼の言う通り誘ったのはこちらのほうだ。なんだか敵に塩を熨斗つけて贈ってしまったような気さえする。敵ではないけど。

2度もしてしまったことだし、次はしばらくわたしから声をかけるのは控えたいところ。そうしたらこのひとは、次に褥を共にする相手が欲しくなった時にわたしを選んでくれるだろうか。あんな痕をひとの身体に残すくらいなら、もう少しがっついてくれているもんだと信じたい。少しの間ならわたしだって、我慢できるはず。そういう意味に限って言うと、前の性活に戻るだけなのだから。

「さ、仕事」

わたしがアレコレ考えている間にさっさと朝食を済ませた山崎さんが、なんてことのない顔で立ち上がる。わたしばっかり考え込んで、朝食が進んでいない。なんかこれ、悔しいな──味噌汁の残りを一気に飲み干して、塩辛さに噎せながら思うのだった。



20210414


/

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -