次なんてあってたまるか

原田に教わって始めた出会い系アプリが、そもそものきっかけだった。
初めてやりとりが細々とではありながら丁度いい頻度で続いて、歳もそこまで離れすぎていなくて、気が合うのかもしれないと思った。会ってみるのならこの娘がいいな、なんて。
それがいざ、サクラではあるまいかとおっかなびっくり会ってみたらどうだ、職場のよく知った後輩だったのだから驚きである。こんなことってあんの? あっていいのか??

「んで、どうなったんだよ。知り合ったお嬢さんとは」

教えたよしみだろう、原田には時々今みたいな飯時なんかに聞かれるが、相手が相手なものではぐらかすしかできないでいる。出会ってみたらあのみょうじでした、なんて骨の髄までバカにされるに決まってんだろと箸を進めていたその時。

「ね、みょうじお願い! 今度なんか奢るからさー」
「困りますって、紹介出来る子いないんですからー! みーんな彼氏持ちだし」
「そこをなんとか!」

ここはほんとうに警察組織か? と思うほど能天気な会話が俺の耳に入った。人のこたァ言えないけど、食事中と言えど呑気なものである。平和な証拠でなによりだ。ある種彼女の話をしていたようなものだから、タイムリーだとも言える。
しかしまあ、屯所で数少ない女というとそういうことでアテにされるもんなのか、難儀だ。
今度なんか奢るってことはみょうじがコイツの頼みを引き受け次第、その為にいつか連れ立って出かけるのか? ふたりで? 俺が散々好きなようにした女だけど??

「オイ山崎、顔」
「は?」
「眉間皺寄ってらァ」

隣で原田に指摘されて気がつく。俺いま何考えた?

たしかにメッセージをやりとりをする上で少しばかり好意を抱き始めていたのは事実だが、やはりとんでもないことをしてしまったと後から考えているのは確かだ。相手が俺だとわかっても乗り気でいてくれたのが嬉しくてつい調子に乗ってしまったというのが正直なところ。たしかに俺だって元からそういう目で見てた訳じゃないけど、実際あの時可愛いと感じた。だから──と考えたところでもう手を出してしまった以上、後の祭り。やれやれ、長い賢者タイムだな。



「山崎さん、これお願いしますね」

当の本人──みょうじが俺に書類を渡しつつ、この間のことなんか嘘のように声をかけてくる。すっかり涼しい顔で普段どおりだ。俺も彼女にならって平静を装うけれども、前よりもどうしたって目で追ってしまうし、なんなら思い出して妙な気分になってしまう。一度で終わるのは嫌だと折角みょうじも言ってくれたのだし、また誘えばいいのだけど。如何せん、先輩と後輩であることを認識するとどうしても「部下や後輩が自分に優しいのは、自分が先輩や上司だから」といったどっかできいたような文言を思い出してしまう。
渡された書類がどういったものか確認がてら目を落とす。几帳面な手書きの文字はきっとみょうじのものだろう。ふと目についた付箋にも同じような字が並んでいる。

『明日の夜、いかがですか みょうじ』

渡りに船、とはまさしくこのことではないだろうか。
会おうと最初に言ってきたのも彼女で、次を切り出すのも彼女だった。男としてこんなんでいいもんかね。
せめて求められたなら応じたい。2回目をどうしようかなんて考えていたのはこちらも同じなのだから。それじゃ、と立ち去る背中を引き留めるべく、彼女の手首をつかんだ。




まさかこんなことになるとは、なんて思っても後の祭り。あの日は互いにどうかしていたんだ。前々から双方溜まっていたのはしっていた訳だし、わたしが少しその気をチラつかせたら据え膳食わぬはなんとやらだ。
そもそも職場はわたし以外男性とはいえその中でそういう関係になったとあっては節操がなさすぎるとまで考えて、あのアプリを頼ったというのにこれである。
それに、困ったことにわたしは「次」を求めてしまっている。そう自覚するのは早かったし、そこから行動に移すのもまた同じであった。

お誘いのためのひと言を付箋にしたためたものを見せてみれば、山崎さんも反応は早かった。だから今こうして、屯所であるにも関わらず手首を掴まれているのだ。

「じゃあ明日、俺の部屋来て」

わぁ、なんて挑戦的なんでしょう。この前みたいに外で会うのかと少し考えていたけど、本当はそういうのがお好きなのかな。そうだとしたってこうなったのも何かの縁、とことん付き合いましょう。前回だいぶ、その、いろいろとわたしに合わせて頂いたような気がするし……。

わたしを引き留めようと、山崎さんが手を掴んだことで、ありありと先日のことが思い出された。この手がわたしに触れて、その口が名前を呼んだ。一瞬で、血の巡りがはやくなるみたいだった。手が離れたあともずっと、その感触の余韻に浸ってしまう。今だって勤務中だというのに。



20201211


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