今夜は地味にから騒ぎ

ハロウィン。毎年10月31日に行われる祭りのことである。現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。らしい。以上、ウィキペディアより引用。

アメリカでは子供たちが仮装をして近所を練り歩き、お菓子を貰うようだけど日本では若者が思い思いの仮装をして繁華街で大騒ぎ──と、同じ名前のイベントでも国が違うだけでかなり様相が違うようだ。
日本でそうして盛り上がりを見せるようになったのはここ何年かのことだが、そうすると皮肉なことに、我々特殊警察の仕事が増えるのである。

「山崎さん、地味ハロウィンしません?」

その増えた仕事をこなしている最中でありながら、はしゃいだ様子で隣を歩く後輩が言う。眉を寄せながらそちらへ目を向けた俺の表情をどう読みとったのかはしらないが、しまった! という顔をして声を潜めながら、「あ、ごめんなさい。もうやってました?」と宣った。
ふざけんじゃねー、と思った時には口に出ていて、目の前の後輩は声をたてて笑う。

「渋谷ハロウィンを取り締まる警察のコスプレしてんのかと思って……」
「ここ渋谷じゃねーけどそれはみょうじもだろ!」

ここには109もなければセンター街もない、代わりに如何わしいネオン街が所狭しと並び、少し遠くにはマルイが見える。渋谷と同じくらい栄えた街ではあるが、ここらの方が少しばかり大人の遊び場といったイメージを色濃くしている。
元々ただでさえそこまで治安がよくない上に、今日がハロウィンと言われる日である所為でそこらじゅうに仮装をしている人がひしめき合い、いつ事件が起きてもおかしくはない。だからこうして俺と後輩がふたりで組み、他の地域もそれ以外の誰かが担当して見回りをしている状況なのだ。

「今年はなんの仮装しよっかなぁ」
「本気で言ってんの? もう今日終わるよ」

そう、もうすぐ日付は変わろうとしている。見回りだって何時に終わるという保証はなく、この人だかりが落ち着くまでとなればどれくらいかかるか解らない。
そんな状況でも彼女──なまえにとっては仮装して歩く若者たちが、これから自分がしたい仮装を検討するためのカタログにでも見えているらしかった。

「いや、せっかくなんで見回り終わったあと監察方から衣装パクろうかと……」
「堂々と警察が窃盗宣言してんじゃねェ」
「引きこもり窃盗ジャスティス?」
「……最近の曲はわからんよ」

俺の口返答に対してわかってんじゃないですか、とまたケラケラ笑うなまえはどうやら今日はテンションが高い。この祭のような雰囲気にあてられているのだろう。せめてこれが仕事じゃなけりゃデートらしい気分でいられたっていうのに。隊服姿のままではイチャこくにしたって職場仲間の目につきすぎる。しないけど。
特に普段よくつるんでいる原田に見つかっては色々とあとが面倒だ。馴れ初めからなにから根掘り葉掘り問われて、実はこうなったのも遠く元を辿れば原田がきっかけなことも言わなければいけなくなり──というのはまた別の話。
仮装して浮かれ腐ってる一般市民どもの目なら、簡単に誤魔化せそうだけどさ。

「後で悪戯されたくなかったらお菓子くださいね」
「……あんパンでよけりゃやるよ」
「お菓子なんですかね? それ」
「不満ならべつにいいよ、悪戯してくれても」
「えっ」

俺が投げやりに許可するとなまえは目を丸くしてみせた。
イタズラは正直する側の方が好きだけど、なまえにならされたところで痛くも痒くもないのでそれで満足するなら幾らでもどうぞといったところである。
それに、周りに隠れて育んできた関係の中でなまえが学習してきてくれているのであれば、のちのち痛い目をみるってことが予想つくはずだ。

「……あ、やっぱいいです。あんパンで」

何かを思い出したように彼女がこちらに両の掌を見せて妥協した。予想がついたらしい。それでは残念、俺の大義名分が。

「んん? してもいいって言ったじゃん」
「さ、仕事しましょう」
「無視すんなよ」

つかつかと早歩きで俺の前を歩き、秒速で「職場の後輩」モードに切り替えだした背中を少々早歩きで追う。何を考えたせいで耳が赤みを帯びているのか、それはあとでゆっくり聞くとしよう。



20211031


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