08

夜風に吹かれて縁側に座る。もうとっくに寝てもいいような時間だけど、そのまま寝る気にもなれずに、自室から秘蔵のウイスキーを持ち出し炭酸で割ると舐めるように飲んだ。ひとりじゃ全然進まないな。

例のバラバラ事件で先日捕まったふたりへの取り調べとそれに関わる業務で忙殺された1日だった。男の供述した年代から、一般市民が犠牲になった事件を洗ってみればたしかに彼と同じ苗字の少し歳上の女性が亡くなっているものがあった。当時まだ10代になったばかりだったらしい彼にとって、ただひとりの肉親──且つ、愛する人──と引き裂かれてしまった日。


それから、車を運転していたのは女だったようで、男の知人とのことだ。
その女が直接手を下すことをした訳ではないが、今回のように車を出すであったりと他にも力添えをしていたと自白したことで殺人幇助の罪は逃れられないだろうとのことだった。知人といえど女のほうはどうも男に気があったとかで、リスクをおしてまで手段を選ばずに手を貸したのだと後から聞いた。
彼女の取り調べ自体にわたしは関わらなかったものの、ちらりとその女の顔を見る機会はあった。どうにも見覚えがあるような気がしてそればかり考えてしまう。可愛らしい顔だったと思う。ただ町中で見ただけの人だったらここまで違和感は産まない、はずだ。
化粧や髪型で随分と雰囲気が変わってしまうこともあるから気の所為ということもあり得るが、酔えないアタマで考え込んでしまう。あの顔を、いつどこで見た気がしたのだろうと喉になにかがつっかえて取れないような気分で欠けた月を見上げた。



「いいの飲んでんじゃん、みょうじ」

そこで、背後からの声にびくりと身体が跳ねる。振り返るとそこには寝間着姿でしゃがみ込んでわたしの手元を覗き込む山崎さんの姿があった。

「山崎さん……」
「俺にもちょうだい」

誰か付き合ってくれたらと思ったけど、まさかそれが山崎さんとなるなんて露ほども予想していなかったために言葉が詰まる。

「グラス、持ってきます。なにかで割りますか?」
「氷あるならロックでいーよ」

わたしの腰元にあったアイスペールへ目をやりながら山崎さんはこたえる。急いで立ち上がり、せっかくだから自室からお気に入りのロックグラスを引っ張り出して差し出した。山崎さんは目ざとく気がついて、「切子? いい趣味してんなァ」とわらった。

「そんじゃ、乾杯」

山崎さんに渡したグラスと、わたしのタンプラーがかつん、と音を立てる。つよい炭酸とアルコールが喉から落ちてゆく熱さをまるで感じず、今日はもう酔えないことを覚悟した。

聞きたいこと、話したいことは山ほどある。今回の件から外れることが本当なのか、とか本当だったなら理由だって。実際にはそんなことは聞けなくって、ひと口と言うにはやや多い量を飲み下して上下する山崎さんの喉仏を見つめるだけだった。


「疲れたろ」
「いや、あの……わたしは大丈夫です、けど。山崎さんは?」
「……俺も、大丈夫」

そう口にしながら目を細めるその表情に翳りを感じて黙り込んでしまう。わたしはなにも出来ていないのに。今回の事件だってほとんどは山崎さんの手柄だったと思う。外されたのが本当だとして、そんな謂れはないくらいに。

「俺のこと、なんか聞いた?」

わたしが山崎さんのことでごちゃごちゃ考えてることさえ見透かすような目が、横から覗き込んでくる。今日の山崎さんは、ほんの少しだけ距離が近い。身体が触れるほどではない程度を保ってはいるけれど、それでも心臓が跳ねるには充分だ。
なにを、なんて聞くことさえできなかった。山崎さんが話したいのであれば、烏滸がましい話だけれどわたしでいいなら是非聞いてあげたい。

「……みょうじになら、話していいかな」

グラスを傾ける手元をじっと見つめる。わたしになら、というちょっとした言葉の綾にすら少しの特別を感じて心臓が泣くみたいな音を立てる。
次なる言葉を待った。山崎さんはどこから話そうか、といい逡巡しながらウイスキーを煽る。

「今回の事件に関われなくなっちまってさ」

言いながら、力なく笑ってみせる。冗談を言ってるような明るさはそこにない。

「……だから、犯人捕まってこれからって時に、なんも手出しできなくて申し訳なく思ってる」
「っ、……そんな」

そんなことないです、って言おうとしてもその先が言葉にならなかった。わたしのほうが泣いてしまいそうで、耐え忍ぶのに必死で下唇を噛んだ。

「それで、みょうじには話してたと思うけど……彼女の話」

どうしてここで山崎さんの恋人の話、なんて聞いたところ突拍子もないように思える。
ただ、幾日もこの事件に関わってきて全く関係ないとは考えられない。どこかで見覚えのある、実行犯とともに捕まった女。お手柄のはずが担当を外された山崎さん。関係あるとするならもう、ひとつしかない。

「一緒に捕まった女いたでしょ。……それ、俺の彼女だった」

俯く山崎さんの目元を前髪が隠す。声音は変わらないままで泣きもせず、ただ淡々と。同じ立場だったらと考えたらこんなにも胸が潰れそうだというのに。
わたしの脳裏には、過去に酔った勢いで見せろとせがんだ山崎さんの彼女の写真と、捕まった女の顔が重なっていた。



20210810


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