03

※遺体描写注意






「ちょっとなまえちゃん!」

屯所の廊下で女中頭さんにそう呼び止められ、一瞬にしてわたしは心当たりが思い浮かびぎくりと冷や汗を垂らした。全くもう、なんでわたしだって解っちゃうかな。

「冷凍庫に生ゴミ入れるのやめとくれっていつも言ってるでしょう」

振り返れば、概ね予想通りの苦情を呆れたように訴える女中頭さんだ。自室で出た生ゴミ──主に酒の肴だ──をそのまま放置すると匂いが気になるのだが、冷凍するとマシになることに気がついて時々やむを得ないときだけそうしていたのだ。

「んもー、なんで私がって顔しちゃって! こんなことやるのなまえちゃんくらいよ、今朝のうちに気づいてゴミ出ししたからいいけど!」
「……そんなに顔に出てますか、わたし」
「太字で書いてあるわよ、顔全体に」
「すみません」

謝ったはいいがこのタイミングだとなにに対しての謝罪なのか解らなくなってしまわないだろうか、と心配はしたが「気をつけてよね、もう」と笑われて終わったので問題はなかったらしい。
せかせかとどこかへ急ぐしゃんとした後ろ姿を見つめながら、ひとり安堵した。

「こんなところにいたか、みょうじ」

女中さんが去っていくのを見送ると、その更に先からこちらへ向かってくる副長と出くわした。目があってすぐにかけられた言葉を聞くに、どうやら元々わたしを探していたらしかった。

「事件だ。外行くぞ」





ゴミ袋に入れられたバラバラの遺体を見て、なにも思わないでもなかったことに対する安心。大丈夫、わたしはまだ人間だ。なんて、サイテーな気持ちと同時に訪れるものだ。
かろうじてまだ人間とはいえひどい人間になってしまった、という自認がわたしの気分を暗くさせる。仕事だからと言い聞かせ、なんとか事実だけを書に記す作業を続けていた。

狭い路地裏を利用したゴミ収集所にご遺体特有の匂いが充満し、皆一様に顔を歪める。被害者への同情と、この状況から素人でも感じ取ることができるであろう犯人の狂人ぶりに閉口していた。
副長は我々より少し離れたところで第一発見者であるゴミ収集のお兄さんへ、局長も近隣住民へそれぞれ聞き込みを行っている。

「こりゃひでェや」

沖田隊長の至って冷静な感想に異論はない。一番隊隊長であり人を斬ることでいえばこの場の誰より場数を踏んでいる彼ですらそうつぶやくほどの有様だ。
死因等の詳しい解剖は専門医に任せることになるが、こういうのは大体なんらかの方法で意識のない状態にしてから切断というのがセオリーだ。意識のあるまま人体を切断するなんてのはそうそう難しい。バラバラにすることだけが目的なら、そうする意味は殆どないに等しいだろう。尤も、遺体をばらすセオリーなんてできれば生涯知りたくなかったけど。

──あれ? 変だな。

バラバラにされているとはいえ人間、それも女の身体だ。多少時間経過が見られるもののひとつひとつは、どれがどの部位か解るくらいのものだった。衣服や貴金属類は身につけていない。そして、亡くなってからおそらく1日も経っていないだろう。右脚、左脚、胴体、首、頭、右腕──やはりそうだ。

「左……左腕がないですね」
「あり? マジかィ」

わたしの発言を受けた沖田隊長が一瞬きょと、と瞬きしたのちに座り込み、ご遺体をじっと見る。確かにこの袋の中には左腕だけ見当たらない。すぐさま手元の書へその旨を書き足していく。まだ近くにあるのかもしれないと、他の面々とともにすぐさま左腕を探したがそれらしきものは見当たらないようだった。これでは以前から捜索願を出していたという、遺族となってしまった人々も報われない。

「しっかしまァ、こんだけ強烈な匂いで近隣住民は分からねーもんかねェ」
「うーん、外に出なかったら……分からないかもしれませんね。よっぽど腐敗してればさすがに分かるでしょうけど」

とまで言った所で今朝のできごとが思い出された。

「冷凍してた、とか?」
「……まさか、と言いてェところだが」

沖田隊長の視線は、わずかに霜のように白が残る部分を示していた。

後はもう解剖して貰わない限りほぼ手がかりはないといっていい。冷凍していたくらいで推定時刻までは誤魔化せないだろうが、発見を遅らせることが目的なら充分だ。このあたりの住宅街なら、集積時間を過ぎれば一旦人通りは減る。実際、収集業者がくるまで通報はなかったのだから。

仕事くださいとは確かに思ったけど、ここまでひどい事件なんか永遠にご無沙汰でいいのになと胸を痛めるばかりである。



20200416


/

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -