04

「あ、やば……」

今日までに提出しなければいけない書類を仕上げたものの、念の為と見直してみればこれである。見直しておいてよかった。特に今回は金勘定に関わるものもあるから、ミスがあっては洒落にならない。もちろん、日頃から間違いはないに越したことはないが。
とにかく、自分でもう言ってしまうけど近頃のわたしは妙だ。昨日は間に合ったとはいえ少しばかり寝坊してしまった。自分で気づけたとは言えども書類仕事の間違いも増えた。原因は分かりきっている。山崎さんのことだ。

真選組に入隊した頃から、副長に散々私情を持ち込むななんて言われたっけ。状況は当時と丸っきり違うけど、仕事に関していえばなんにでも当てはまると思う。
容疑者がよく知った人でショックを受けていたり、初めて遺体を見た時に恐怖と残酷さで泣いてしまった時。慰めるでもなく、副長は言ったのだ。最初こそ冷たく感じたものの、今思うとぐうの音も出ない。

「みょうじ、いるー?」

部屋の外から、わたしを呼ぶ声がした。わたしが妙なことになっている根源であるその人の。
いないことにしたかったが、そうしたい理由は明らかに私情でしかない上に恐らく仕事の話であるだろうし、そうはいかないので部屋の戸を開いて出迎えた。

「山崎さん、おはようございます」
「おはよう。ごめんね、今忙しい?」
「いいえ、大丈夫です」

多分忙しくても同じように答えたと思うけど、実際そんなことはないので用件を促した。
山崎さんはそういえば、数日前に休みを取っていたはずだ。例の彼女と会ってたのかな──と余計なことばかり考えてしまう。だから私情を持ち込むなって、なまえ。学習能力赤ちゃんか?

「ありがとう。この間あった事件のことなんだけど──」

言いながら、調書をこちらに見せて寄越した。先日、ゴミ集積所で見つかったバラバラ遺体の件だ。
あのあと実行犯は思ったよりすぐに見つかった。捕まえて副長が問い詰めたところ、拠点とやらを吐いたのだ。犯人を問い詰める副長の横で気圧されながらも調書をとったのはわたしで、この書類の文責欄に親の顔より見慣れた筆跡でみょうじなまえと記されている。

捕まった男は、うまい仕事があると聞かされてやったのが今回のことだったと供述していた。男がやったのは被害者を手に掛け、バラすところから集積所に遺棄するところまでだそうで、左腕だけは、その拠点の中の指定された場所に隠して以降どうなったかはしらないという。その指示をしたらしい親玉のような存在へは辿り着けなかった。やりとりは全てメールの文面やコインロッカーを用いていたために親玉とは会ったことがないのだとか。

「こいつの言ってた拠点ってさ」

わたしの字で書かれた住所。この場所は少しややこしくて、繁華街からも少し外れたところにある。初見では迷ってしまいそうな地で、更に同じ番地に2軒建物が建っているのである。うち片方は酒場となっているが、今回捕まえた男はここの常連だったようだ。もう片方は民家で、そちらは犯人たちの拠点で間違いはないと見られている。更にわたしは、これが全てではないのではと予想していた。

「あ、それですね。んん……私見ですけど、どうも他にありそうで」
「他?」
「ええ、ここでバラしてるのは間違いないですが」

バラしたそれらをほとんど捨てて、この前の中途半端に残った左腕はここに置いてきたと思うのが普通だろう。事実、犯人もそう言ったのを聞いた。

「この場に保管することが目的なら、指定しなくてもどこか適当に隠しておくだけで問題ないのではと」
「そう、なるかな」
「後になって探す手間を省く必要があったんじゃないかって思いまして。例えば、なにか用途があって何処かへ運ぶつもりだったとか」

山崎さんは顎に手をあて、ふむ、と考えるような仕草で俯いた。

「……現場には左腕だけなかったんだよね。ここにももうなかったら、君の読み通りかもしれんなァ」
「今回も行くんですか?」
「勿論」

今回も山崎さんが、密偵に出向くということだ。今回は既に犠牲者が出ている分、伴う危険は大きい。それも、かなり残忍な事件である。どれもいち善良な市民がそういった被害に遭っている。それが、これ以上増えるなんてことがあってはならない。

「ほんとに、気をつけてくださいね……」
「ん、大丈夫。ありがとう」

どうということはないみたいに山崎さんが言う。監察としての腕はわたしなんかが言及するのは憚られるくらい、信用に足るものだと思う。これまで解決してきた事件だって、彼の捜査力なくしてありえなかったことだろう。それでも、だ。
山崎さんだけじゃない。今いる隊の仲間を誰一人だって失いたくないのだ。

「んな顔、するもんじゃないよ」

どうやら顔に出ていたらしい。目を合わせると、困ったようにはにかむ山崎さんがこちらを見ている。心臓がきゅっと音を立てるような心地がした。

「……どんな顔、ですか」
「心配でたまらんって顔。監察にならなくて本当に良かったね、みょうじは」
「うっ、いじめられてる……」
「褒めてんだよ。素直だってさ」

山崎さんが、声を立てて目を細める。
わたしは後輩としてならたぶん、すごく可愛がって貰えているほうだと思う。人間とは欲深いもので、そう自認しているせいかもっとと思わずにいられなくなってしまう。彼女さんにとってわたしみたいな存在、すごく癪に障るだろうな、とわたしのことを知っているかもわからない女性に申し訳なく思った。

「あ、あれってもう副長に出すやつ?」

なにかに気がついたように、山崎さんがわたしの背後に位置する机を覗き込む。そう、つい先程直しが必要なことに気がついたそれだ。

「今から俺副長んとこ行くから、ついでに持ってこうか?」
「あー……でもまだ、結構直さなきゃいけないので。ありがとうございます」
「そっか、でも珍しいね。今日までだよね」

提出日ギリギリになっても直しが終わっていないことが、山崎さんにとってそう感じられたらしい。これは、喜んでおこう。
埋められない性別差のせいもあって戦地でたいした力になれないぶん、こういった所でなるべく早く仕事を回そうとは心がけているつもりだ。今日は、その、ね。もっとがんばりましょう。

「長々と悪かったね、立ったままで。ありがとう」
「いえ……あの、頑張ってくださいね」
「ん、任しといて」

得意げに口角をあげてみせる山崎さんを、わたしは見送った。
嬉しかったりやるせなかったりしながら、感情が忙しい。きっと仕事もこれからせわしなくなるだろう。それでいいと思った。そうしていればきっと、このずっと胸焼けしているような気持ちもおさまるだろうと。



20200711


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