01

「彼女? ……うん、いるよ」

無慈悲にも、たった今わたしは失恋してしまった。
恋といったって相手は同じ職場の人であるし、どうこうなりたいなんて考えたことはなかった。どちらかといえば憧憬に近かったそれ。むしろこれまで、恋かどうかも正直定かではなかった。ただ素敵だなあと目の保養にして、それだけでいいやって一歩退っていたつもりなのに。

「あ、もしかして今すげェ失礼なこと考えた?」

答えの衝撃で今がどういう状況なのかすっぽ抜けていたが、絶賛飲み会の最中である。変な間を置いてしまったが実はショックを受けているなんてことは、悟られてはいけない。冗談めかした苦笑いで問うてくる山崎さんに、少なくとも普段どおりに小生意気な返しを用意しなくてはならなかった。隣であからさまにやばい、という顔をしている原田隊長のことは見なかったことにしようとひと口酒を煽った。五臓六腑に沁みる。ウイスキーと炭酸水を合わせようと最初に考えた人は天才だと思う。それはそれとして。

「……まあ、少し」
「少しは否定して!? ……顔に出てたからね。別にいいけどさ、地味のくせにとか思っててくれても」

そんなふうに自虐する山崎さんはどこか幸せそうで、そんな表情にすらちりちりと焼けるみたく胸が痛む。アルコールが通っていく喉のように。
見てるだけでいいやなんて、わたしは本当に思っていたんだろうかという程には。

「どんな人なんですか?」

聞いたところで心臓を抉るだけの問いをこちらから返した。自滅行為だとは解っていても、とにかく色々なことを悟られてしまわないよう必死だったのだ。ただでさえ監察の目を欺くのは容易ではない。なにせ彼は欺かれ慣れているし、その逆の騙すことだってプロだ。

彼女についてなにかを問う度に、お酒の所為かいくらか素直に恋人への愛情が滲み出るような表情をしてみせる。本当は誰かに言いたくてたまらなかったのではないだろうか、と思うくらいに。話を聞けば聞くほど酔いが覚めていくようだった。酒量は増えているのに。

「彼氏なんか作らんでも幸せにはなれるけど、いるときっと楽しいよ」
「うわなんかムカつくんですけど」
「まあ、なんとでも言いなよ」

適当に、とはいえいつもの調子で返してみせたものの実際はいつもどおりだったか怪しい。
そんな存在がいれば楽しいなんて解りきってる。このハイボールみたいな天才的な組み合わせになれる相手、わたしにもいたらいいのに。
それが山崎さんだったら──とこの期に及んでまだ思わずにいられない。なんてこった。敬愛だけだと思っていたそれが恋だったと、失恋すると同時に思い知るなんて。
もうそれから根掘り葉掘り尋ねた気がするけど、酔いのせいなのか受けた精神的ダメージのせいなのかほとんど記憶にない。



「原田たいちょぉ、歳下ですってよ……」
「しっかり記憶にあるじゃねェかよ」

次の日はもうごりっごりに二日酔いで、隣で車を運転する原田隊長も同じく顔色は悪い。とはいえ勿論、運転ができるくらいにちゃんとアルコールは抜けているはずだ。

「モノローグ覗き見しないでください」
「なんの話だ? ずっと口に出てたっつうの」

やばい、という表情をこの人が昨晩していたのは、わたしが山崎先輩に仄かに憧れていることを以前より知っていてのことだ。
原田隊長がパトカーをゆっくり走らせ、わたしはその隣で注意深く外を見る。パトロールくらいしかすることがないなら良いことであるが、今は物騒な事件が頻発していることもあってそうもいかない。今見ている範囲は至って平和に見えるが、こうしている間にもなにかが起きている可能性が充分に有り得る。
我々は警察だけれど、警察なんていらない世界になってくれるがいちばんだ。でも食いっぱぐれては困るので、やっぱり適度に仕事ください。

「どうせ知っていたんでしょう、原田隊長は」
「……まァな」

バツが悪そうに口元を掻く無骨そうな手。別にわたしは原田隊長を恨んでなどいない。山崎さんのこととわたしの想いも知っていたとしたら、そんなの言い出しづらいに決まっている。

「野郎なんざそこら中にいるだろ、な」

わたしを案じるようにつぶやく渋めの声。それが原田隊長なりの不器用な励ましだと気づくなり、己の舌にかるく歯を立てた。今わたしの涙腺はガバガバなんだよ勘弁してくださいでもありがとうございます。
そこらにいる野郎の中でだったらそれでも山崎さんがいいと思量する辺り、わたしはしばらく立ち直れそうにない。今日その張本人は暇を貰ってどこかへ出かけていったと言うのに。

「可愛い子だったな……」

原田隊長にも聞こえないくらい小さくボヤいた。
たしか酒の勢いのままに、渋る山崎さんを焚き付けてまで写真を見せろと言ったんだった。もはや自傷行為でしかない。記憶なんて残ってて欲しくなかった。可愛い子ですねとか言った気がする。そう、本当に愛らしい子だったから。山崎さんじゃなくたって男がみんな好きそうな。甘えるのが上手そうで、きっと流行りものにだって嫌味なく乗っかって、屈託なく良い子なんだろう。多分プリテンダーや香水が流行ったときも淀みなく「いい曲だね」って言って聴いてたんだろう、偏見でしかないけれど。そんなん、わたしだって彼女にしたいわ。



20200711


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