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どうせ伴って出かけるのなら屯所から一緒に連れ立ってもいいのかもしれないが、そういえば我々は男と女だ。
真選組の連中のうち、誰かに見られてはなにかと面倒だろうというのがみょうじの意見だった。そういう訳で、勤務が終わる頃に屯所から少し離れた飲み屋街の近くで落ち合おうと相成った。ふたりで決めた時間と場所に辿り着いた時には、いつもの隊服とは違った姿でみょうじがとっくに待っていた。

「ごめん、待たせたかな」
「いえ、そんなことないです。今日はどちらに?」

みょうじの問いに答えながら、まるで今の会話だけを客観的に見たら恋人同士のようなそれで自分で戸惑う。
うわ、いつものお礼とか言いつつこれじゃ下心あるみてーじゃん。いや、あったのか? 流石に浮つき過ぎていやしないか。お礼ついでに贈り物まで手から提げている現状も相まって猛烈に恥ずかしくなってきた。中年のおっさんが職場の後輩女性相手にこんなん気色悪くないだろうか、という心配にも襲われ始める。

恋愛は懲り懲りだなんて言うつもりはないけれど、すぐにそういう気にはなれないのも確かだ。それに、あんなことがあった後だし──同じことはもう起きない、起きてたまるかと思っているものの──やはりまた相手を信じて裏切られるのが怖くもある。女に騙されるのは慣れっこだと幾ら言っても、騙されたいのかというとまた別問題だ。



そんな考え事をしながら故、会話も当たり障りのないものを交わしながら目的地に着くと、腰を落ち着けた。

「緊張してる?」

とにかく必死で普段通りの態度を装って、普段より幾らか表情の硬い彼女の貌を覗き込んで問いかける。ほんの少し口元を和らげて「正直いうと……」と前置きして続けた。

「居酒屋とか、そういうところを想像してました」
「はは、俺だってこういうとこくらいしってるよ」
「そっか……」

確かに、連れ立って向かったのは所謂ダイニングバーと言われるような飲み屋で、内装こそ和を基調としているが照明も暗く、座った席も個室のように仕切られていた。もし屯所の他の奴らとだったら絶対に来ないような店。
ただ、こういうとこくらい、なんて大見得を切ったけれど別に慣れている訳ではない。

「……慣れてるんですね」
「あの、えっと……」

声のトーンと表情の明るさが一段回落ちたようなみょうじの一言に、俺は慌てる。

「……白状するけど、ここは初めて」

「彼女」と来たことがあるもんだと思われることがどうしてか嫌で、そう正直に答えた。
冗談です、と笑うみょうじを憎らしく思うこともできない。これではいよいよ下心があるって思われそうだけど、屯所で出来ないような話をするかもしれないだろうと何故か胸中は言い訳でいっぱいだった。




屯所の食堂以外のところで、それもふたりだけで夕餉を共にするのは初めてのことかもしれない。それは山崎さんだけでなく、隊内の男性すべてに言えることだった。
もちろん山崎さんにそんなつもりはないとわかっているけれど、連れられてきた場所や隊服以外の服装で並んで歩くこともすべてがわたしを舞い上がらせるには充分な条件だ。

「何が好きですか? お酒だったら」
「うーん……割となんでも好きかな。甘いのはあんまり飲まんけど……みょうじはウイスキーが好きだよね」
「はい。わたしもなんでも飲みますけど、特に好きです」

わたしがそう答えると山崎さんは柔らかく微笑んで、それならよかった、と溢した。
山崎さんが、自らの腰元に置いていた縦長の紙袋を手にとってこちらに寄越す。

「口に合うといいのだけど」
「……わたしに、ですか?」
「他に誰がいるんだよ」

言いながら山崎さんはおかしそうに笑う。確かに、待ち合わせの時点から山崎さんはこの紙袋を携えていた。けれど、それはわたしと落ち合う前に買い物でも済ませて来たのだろうと思って気にも留めていなかった。当然、その袋の中身がわたしの為に用意されたものだなんて夢にも思わない。
おずおずと手を伸ばして袋を受け取るとそれはずっしりと重い。話の流れからすると、これもウイスキーだろうか。

「知多が好きな人なら、って酒屋で勧めて貰ったんだ」

わたしと一緒に飲んだものを覚えていて、それを店員さんにでも告げて選んだという手間がこの重さを示していると思う胸が言い知れぬ暖かさで埋め尽くされる。目頭まで熱くなって、泣き出しそうなのを堪えて顔を上げた。わたしの反応を伺うように覗き込む顔があって、いいんですか、と問えばその表情がやわらいでいく。

「大事にとっておきます、ありがとうございます……」

紙袋ごと宝物みたいに抱きしめて言うと、「えっと、さすがに飲んで欲しいな……」と困惑した様子で笑われてわたしもつられる。
飲んで単に消費してしまうのが勿体ないくらいには、わたしにとって特別だ。これを買い求めている間だけでもわたしのことを考えていたっていう裏付けのようなもので、山崎さんにとって特別な存在になることを諦めかけていたわたしにはそれも大袈裟な言いようともならないのである。
ただの返礼品だとわかっていても、舞い立つ心を抑え切れそうにない。これを初めて開栓するときがあるとすれば、それもまた特別なときがいいと思うのは過ぎた願望だろうか。
「……それなら」とこれから続ける言葉を迷いながら切り出す。

「それなら?」
「あの……」

切り出しておきながら踏ん切りが付かずに視線を巡らせた。迷惑だったら正直に断って欲しいものだけど、言ってしまえば優しい山崎さんは聞いてくれそうでまばたきの数ばかりが増える。そうだとしてもわたしが勘違いしてしまわなければいい話なのに。

「これを飲む時もまた、山崎さんとがいいな……なんて」

視線だけ山崎さんに向けると、彼は拍子抜けした様子で眉を下げた。

「なんだ、そんなことか……もちろん、俺で良ければ」

わたしが都合よく考えているとかでないなら、山崎さんはさして面倒そうでもなく、まるでそのつもりだったかのようにそう言ってくれた。
別にそのことが、わたしの今まで燻っていたモヤモヤを根本から拭い去ってくれたかというと違うのに、気分は幾らか晴れやかだ。

「ありがとうございます」

これ以上を望んだらきっと罰が当たるというもの。わたしの片想いが実ることは望み薄でも、これだけその相手がわたしのことを気にかけてくれて、こんなに幸せなことがあるだろうか──そう自分に言い含めるように、全ての想いを押し隠して礼を述べた。



20220312


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