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※ほんの少しだけ元カノ登場




先日の取り調べの続きをこなして取調室を副長と、捕まえた男を伴って後にすると同じタイミングで隣の取調室から、この男と共に捕まった女が出てきた。彼女を担当した隊士と共に。
例えるのであれば、彼氏の女友達にいてほしくないタイプの外見だった。山崎さんに見せてもらった画像とほとんど変わらぬイメージの、全ての顔のパーツが小さくて、砂糖菓子を擬人化したらこうなるだろうなといった姿かたちをしている。

わたしの顔を見るなり鈴の鳴るような声で彼女はふふ、と蠱惑的に笑った。自分の状況を解っているのだろうかと疑問を抱きながら、すこしだけ身構えた。

「女性隊士がいるって本当だったんですね」

その笑みに焚きつけるような意思を感じて、気の所為であってほしいと祈る。わたしはこの女性への感情を抑えられないであろう予感がしていたから。

「山崎さんはお元気ですか?」

化粧もしていないというのにつくりのキレイな顔が崩れないまま、女はわたしに問うた。この状況で、元気なわけがない山崎さんの在りようをわざわざ問うなんて一体どういう神経をしているのだろう。恐らく確実に、彼女は山崎さんを心配して言っているのではないことがわかって、やはりというか頭に血が登っていく心地がした。

「……それを聞いてどうするんですか?」
「オイみょうじ、抑えろ」

自分でも驚くほどに落ち着いた声色だったが、横にいた副長にはどうやら押し殺したつもりの感情が丸わかりだったようだ。本当ならその静止も無視して胸ぐらのひとつでも掴んでやりたくて、ただわたしの様子を見てか少々性急に隊士が拘置所へ向かわせるべく彼女と男を促したためにかなわなかった。できないままでよかったのかもしれない。握りしめた拳に爪が食い込む。そこに痛みも感じないけれど、代わりに心臓が痛んだ。

「ったく、何があったかしらねェが……私情なら仕事に持ち込むな」
「……すみません」
「フン、わかりゃァいい」

今日中に調書纏めとけ、と言い残して副長が去っていくのをその場に立ち尽くして見送った。
新人の頃に散々言われたそれを、また今になって久し振りに言われたことを恥じた。わたしが彼女に怒りをぶつけたところで、山崎さんの気が晴れるわけもない。山崎さんもそんなこと、きっと望んじゃいない、そんなことは解っていたのに。ただの勝手な苛立ちがぶつける先を失い、瞳の表面を雫が覆った。下へと零れ落ちてしまわないよう、唇を噛んで目元を袖先で乱暴に拭い去った。




山崎さんはというと、見ている分には拍子抜けするくらいに普段と変わりはない。「元気ですか?」と元恋人だった女に聞かれてわたしが答えることはなかったものの、ぼちぼちですくらいには答えて差し支えないと思う。
時折哀しげな雰囲気を漂わせているように感じているものの、それはわたしが色々と本人から話を聞いてしまったせいでそう見えているだけに過ぎないと言えるくらいには、なにも知らなければ受け流せるくらいのものである。
少なくとも今食堂で夕餉を共にしながら、反対隣の原田さんと談笑する山崎さんは本当に変わりない。

「あ、みょうじ。そこの醤油とって」
「……」
「みょうじ?」
「……あ、え、すみません! どうぞ」

いつの間にこちらを覗き込む山崎さんに驚くくらいにはぼんやりとしていたらしい。醤油をとってほしいと言っていた気がしたので、目の前にあった醤油差しをとって寄越した。
ありがとう、と言われたので正解だったらしい。

「……どうしたの、なんかあった?」

周りを気にしてか、小声でそう耳打ちする山崎さんの声はどこまでも優しい先輩のそれだ。半分山崎さんが原因のようなものだとは言えずに、曖昧に濁した。
優しい先輩ついでに、あの時みたいに今夜も付き合ってくれたりするだろうか。

「今夜また、どうですか? この前みたいに」

小声でそう問いかけてみる。
断られたら断られたで、また今まで通りにひとりで静かに飲むだけだ。ああいうことがあったといえど、山崎さん自身はそっとしておいて欲しいのかもしれないしといった軽い気持ちで声をかけたつもりである。

「このあと? いいよ」

幸い山崎さんのほうも同じ軽さで了承してくれたので、幾らか救われた想いだ。
ただ、飲まなくてはやってられない夜に心配してくれている山崎さんを利用しようとしたのでは、という考えが頭を過ぎり少しだけ落ち込んだ。あの彼女とわたし、あまり変わらないのかもしれない。



20210928


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