今日1日の講義が終了すればあとはサークル活動の時間だ。
まだ入りたてということもあり、竹刀を本当の意味で使用することはあまりない。先輩が使ったものを手入れの為に触ることはあっても。
新入生のほとんどは練習場の環境を整えたりとか、走り込み等のトレーニングをしたりとそういったことがメインだ。道具も借りられるとはいえ数に限りがあるし、時々サークルの出席率が悪い時に手の空いた先輩が素振りのフォーム等を見てくれたりする。今日は出席率が高いほうで、ふたりひと組でストレッチや筋トレをしつつ先輩の練習試合なんかを盗み見るようにしていた。

「あ、なまえがミントン先輩ばっかり見てる」
「……っ、違うってば」

腹筋をする彼女の脚をわたしが抱え込みつつ抑えながら、その指摘は否定した。ただ、否定しきれないのが正直なところだった。
でも言い訳させてもらうと、先輩の中で今の所いちばん仲良くさせて貰ってるというか、そう感じてるから目が行くのだと思う。目を引く男前や美人がたくさんいる中で、早い話がいちばん知っている人となっているからだ。多分。山崎先輩が男前じゃないって訳ではなく。ていうか人にいちいちこうやって言われたら余計意識するよね、と理不尽にも彼女のせいにしてしまう。

「ほんとにぃ〜?」
「わたしのことは良いんだって、そっちは良いなって思う人いないの?」

彼氏募集中だって言ったくせに人のことばかりなんだから、と余計なお世話かもしれないが半分呆れたような気持ちで言ってみる。

「なんかなまえ見てるほうが面白い、今は……っ、いよっと」
「なんそれ」

今朝2度も言われた「もったいない」という言葉を飲み込んだ。彼女だって美人だし、本人さえその気ならきっとすぐにお望み通りお相手ができたりするだろうに。
篠原先輩と竹刀を交わす山崎先輩の様子をちらっと見る。先輩だって、常にミントンラケットばかりを振るっている訳ではなくこうして他の先輩と手合わせするのを見かけることもある。
練習なので道着だけは身に纏うが防具をつけないから、真剣な顔だったり少し汗ばんでいる様子などを見ると、わたしのしらない彼を見ている気分だった。元々まだ知らないことも多いというのに。
ちなみに我々は道着というよりは普通にジャージのような動きやすい格好でトレーニングに勤しんでいる。

「んでさ、全然話変わるけどあのコすごいよね」

すっかり動きを止めてそう彼女が問いかけてくる。あの娘、とは――と彼女の視線の先を追えば女の子が練習をしているところの隅でひとりだけ、1年生の女子がいた。

「今年度新入生女子で唯一の剣道経験者」
「ほほう」

どうやら経験者だけは上級生と一緒に練習することになっているようだ。よく見れば男子のほうも数名、1年生が混じっているのが確認できた。

「神楽先輩と実力近いらしいよ」
「え、すご」

神楽先輩とは、わたしたちよりひと学年──つまり沖田先輩と同学年のオレンジの髪と真っ白な肌をした小柄な女性で、うちのサークル女子内最強を謳われる人である。近いということは、神楽先輩のがまだ強いのだろう。でもそこに張り合えるというのは大したものである。もっとも余談だが、神楽先輩は竹刀より素手で闘ったほうが強いとの噂でもある。
その1年生が竹刀を振る度に、高く結い上げられたポニーテールが揺れる。ううむ、ポニーテールにはいい思い出がないんだよな。そのコにとっては理不尽であろうが、髪型がそれなせいでわたしの少し苦い思い出を彷彿とさせてしまうのだった。




「では今日はこれまでっ! お疲れ!」
「お疲れっしたー!!!」

近藤さんの声に対して何十人分かの返事が練習場に響く。そこまでキツくないようなトレーニングメニューでも、真面目にやればかなり汗だくである。わたしも友人も、合間に休憩を入れつつではあったもののそこそこ真面目にこなしたために着ていた練習着は汗だくだ。

「どうする、このまま帰る?」

練習着の袖口で汗を拭いながら、友人に問う。どこか寄っていこうとか、なるかなと思って。ちょっとそういうの、大学生っぽいなって。高校生の時だってなかった訳じゃないけど。

「うん、疲れた……今日はかえる」
「結構頑張ったよね、わたしら」
「まあね」

なんというか、真面目にやっている他の先輩──勿論、ポニテの彼女もそこに含む──を見ていたら、自分が恥ずかしくなって、想定していた以上に頑張ってしまう。別に手をぬこうなんて思っていたわけではないが。まあ、悪くはない。少しはダイエットになるだろうし。


「ね、山崎先輩……だっけ? こっち見てるよ」
「えっ」

友人に言われてあたりを見回すと割と直ぐに山崎先輩と目が合う。なんなら、近付いて来てるような気がする。いや、これは気がするとかじゃない。間違いなくそうなんだ。

「お疲れ様」

明らかにわたしと、隣にいる友人に向かって声を掛けてくれたことに気がついた時にはもう、周りの視線が痛い。

「お疲れ様です」

ふたり揃って返事をすると、意味ありげに友人がこちらを見て笑う。先に着替えてくるね、と耳打ちして去ろうとする彼女を引き留めたかった。助けて欲しい。
道着姿の山崎先輩を前にすると、なんというか目の毒である。同じように汗ばんだ首筋に髪の毛先が張り付く様子がどうにも。わたしはもう動じまくっている。昨夜のことがありありと今思い出されてしまう。
けれどわたしが友人に向かって手を伸ばした時にはもうわざとなのか偶々なのかひらりと躱され、ただ虚しく伸ばした腕が行く場を失う。
友人と同じように更衣室へ向かうらしいすれ違った新入生の群れから、「やっぱりあのふたり付き合ってるのかな?」という噂話が聞こえて固まった。おいこら、やっぱりってなんだ! 聞こえてんぞ!!

「この後時間あるかなって思ったんだけど……さすがに今日はまっすぐ帰りたいかな?」

ごめんね、さっき昼間に言おうと思ってたんだけど──と穏やかに微笑みを称えながら続ける。
それで帰りたいです、なんて。言える? ──ほんの数秒で出た結論はノーだ。
なんだかんだと色んな理由づけを自分のなかで探してしまうけど、言い訳出来ないくらい、浮ついている。男の人にこんなに誘われたりなんて初めてだからかもしれないけど、多分これが例えば同じサークルの他のひとだったらと思うと──ここまで浮かれてなかったんじゃないかと、気づき始めていた。



20191004

ポニーテールの憂鬱



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