「一緒にお昼でもと思って……急にごめんね、誰かと約束してた?」
「その約束してた子がもう満面の笑みで見送ってくれたので、大丈夫です」
「そっか」
先輩が笑い、それじゃ食堂でも行こうかと言う。学校に食堂や購買があるというのは便利なものである。遅刻ギリギリでコンビニに寄ることが出来なくても、お昼ごはんにありつけることができる。
「うどんか、良いね」
先にどうぞ、と食券機の前で先輩に譲られ、そういう気分だったのでうどんを選ぶと、満足気に笑う。俺もそうしよ、と同じように先輩も食券を買う。男の人だから、豚カツ定食とかにするのかとすっかり思い込んでいたからそう言ったら、二日酔いでそんなん食えんよと笑われた。
券を食堂のおばちゃんに渡してからほどなくして頼んだものが出され、空いていたふたりぶんの椅子を確保し座った。ここまで辿り着くまでにサークルで見かけた顔に何人か出くわし、軽く挨拶を交わすなりした。高校と違って、桁違いに人が多い。
「二日酔いといいつつ大盛りじゃないですか」
「男にとっての並盛だよこれが」
何故か少し得意げな山崎先輩の顔に笑えてきてしまう。
男の人と朝も昼も食事を共にするなんてこと、そういえば今までなかった。そのせいか、今朝も一緒だったことから連想するように昨晩のことまで思い出されて、目を合わせていられなくなって目を伏せた。
「今度さ、みょうじちゃんを遊びに誘ったりしても構わない?」
「え、あ、それは……他にも誰か」
「ううん、ふたりで」
その問いかけに、うどんを啜る口が止まる。ぽた、とかけ出汁の上に麺の切れた端が落ちる。
「あんなこと、しておいてって思われるだろうけど……もちろん、嫌だったら断ってくれていいし、諦める」
嫌ではなかった。こうやって誘おうとしてくれることも、もっと言うと、昨晩のことも。
こういう話をしている今、周りがそれなりに賑やかで助かった。わたしたちの話を聞いている人はいないだろう。
少し言い訳させて貰うけど、と前置きして先輩は続ける。
「酔っ払ってたけど、その、誰にでもしてる訳じゃ……ないから」
正直な気持ちなのだろう、そう言ってくれた。なんかかっこ悪いな、と後付につぶやきながら頭を掻く。
言外に含まれた意味をわたしなりに考える。わたしじゃなかったら、ああいうことにはならなかったのかな。わたしのことを、そんな風に思ってくれる理由は思い当たらないけど、不思議と嫌な気はしなかった。
「嫌とかじゃ、なかったです。びっくりはしたけど……」
こちらも正直にそう答える。
だから少し、困ってる。好きとかもまだ、わからないのに。なのになんで、嫌じゃなかったんだろう。
「よかった」
わたしが答えたことで安心したのか、山崎先輩が目尻を垂らす。ふたり揃って、うどんを啜る。お出汁が濃く生姜の風味が効いてて、とても美味しい。初めて食べたけど、これはリピート確定だ。
もうこの話は終わりってことで良いだろうと、わたしは別の話を切り出した。
「先輩、ピアス開いてますよね」
「ん? うん、右だけね。あんまり使わんけど」
今日の友人の耳元を見て、思い出したことだった。
「なんか大人って感じ」
「そういやみょうじちゃんは、開けてないんだね」
「はい。……開けるのは怖いけど、憧れます」
「やってあげよっか?」
つい、再び箸を動かす手が止まる。
「うち、ピアッサー余ってるし」
人に開けて貰う、という発想がなかったわたしは戸惑いを隠せないまま先輩を見上げた。丁度開けようかと思い始めたところで、そのうちピアッサーを購入しようか考えていたわたしにはありがたい申し出だ。
でもそれってなんか、想像したらめちゃくちゃに恥ずかしいことのような気がする、なんて思うのはわたしが意識しすぎ? っていうくらいなんてことのないように先輩が言う。
「え……あ、いいんですか」
「もちろん」
「じゃぁ……お願いします」
妙なことになってしまった。
いや、それが嫌なら断ればいい。先輩も断っていいって言ってくれた。そうなんだけど、嫌じゃないから困ってるんだ。
もしかしてわたし、また昨日みたいなことを期待してるのかな。自分で、こわいって言った癖して。
「っはは、顔真っ赤」
「えっ」
先輩に笑いながら指摘され、思わず左手で頬を抑える。なんか今朝も同じようなことを言われて同じリアクションをしたような。
「そういう顔、勘違いされるよほんと」
クスクス笑いながら、もうわたしより多く盛られたうどんを完食してしまっていた。いけない、と思うのを見透かすように先輩が、急がなくていいよと柔らかく笑う。
どういう勘違いなのかを聞くタイミングを逸してしまった。
聞かなくたってなんとなく言わんとする所はわかる。でも、聞いてしまわなくてよかったのかもしれない。先輩もわたしに勘違いしたりしますか、なんて言ってしまいそうだから。
20190925