「なまえ、見学に行きたいサークルがあるの。付き合って!」
「……良いけど、どこ?」
「剣道!」

そこらじゅうでどこからともなく桜の花びらが舞う季節。
わたしは3月でとある公立高等学校を卒業して、晴れて大学生となった。昔は必死こいて勉強して受験して──と、頭のいいひとが行くものだったらしいが、今や大学全入時代。特に頭がよくなくても、選り好みさえしなければ大学そのものには入ることが出来る。わたしもご多分に漏れずごく普通の少し実家からは離れた4年制大学へと進学が決まった。
そして更に、憧れのひとり暮らしである。不安はあるものの、大学生活への期待に満ち溢れていた。
入学早々にできた友人からそこで、サークル見学の誘いである。彼女が剣道に興味があるとは失礼ながら思えなかった。入学してから数日の間に聞いた話では高校の時は帰宅部だったというし、運動は得意だとも不得意だとも聞いたことがない。

「剣道なんてやったことあるの?」

疑問に思ったままを口にすると、彼女は首を横に振る。

「イケメン揃いらしいって噂!」

そう彼女はニンマリと笑って答えた。それは興味が──沸かないわけがない。
大学生になって期待していることうちのひとつ。勉強はもちろん頑張らなければならないけど、サークル活動、飲み会(未成年だから飲めないけど)、アルバイト、それから──ずばり恋愛である。

わたしはこれまでそういったことにとんと縁がなかった。男の人と話せないとか、色恋沙汰に興味がないわけでもなかったものの、彼氏というものが出来たことがないままここまできてしまった。モテるわけでもなかったのと、単純にタイミングが合わなかったのだと思う。好きな人というかほんのり憧れた男性は過去にいたけど、その彼には気持ちを伝えるどころかお名前を知るより先にお相手がいることが分かってしまったりして。ポニーテールの長身美女なんて、わたしに勝てっこないじゃんね……。
それでも大学に入りさえすれば高校とは出会う人数が段違いだ。これだけいればひとりくらい、そういう相手に巡り会えるのではと思わずにいられない。


「ねえ、このサークルって顔面偏差値高くないー?」

そんな訳で今わたしは友人に連れられ、件のサークルの見学にきている。今聞こえた女学生の声はわたしに向けられたものではないが隣にいたために耳に入ってきた。みんなは誰派? などとキャッキャウフフしている。
なんというか仰る通りで、このサークルは男性も女性も見目が良い。先程サークル長だと名乗った近藤先輩は体育会系でどちらかといえば同性にモテそうなタイプだが、副サークル長だと紹介された黒髪で線の細い美形の土方先輩に、わたしたちよりひと学年上なのに童顔且つ整った目鼻立ちの沖田さん。それから銀色の髪が美しく目を惹く坂田さん。もしミスター○○大などという企画でもあればこの3人あたりに票が集まりそうである。

「ウチは剣道のサークルだが、初心者でも入りやすいように一通りのものは揃っているから安心してくれ! 勿論、経験者は大会に出る機会もあるぞ」

新入生を前にそう説明する近藤先輩の話を聞く。彼の背後では他のメンバーが素振りなど練習に打ち込んでいる。剣道自体の経験はまったくなかったからひと安心である。
あれ、ひとりだけ木刀じゃなくてバドミントンラケット振ってる人いる。土方さんに怒られた。さすがにそれは怒られるわ。
見学者の内訳も、男子が居ないわけではないが心なしか女学生の割合も多い。みんな男前が多いとの噂を聞きつけてきたのだろうか──なんて言ったら本当に剣道が好きできている人たちに失礼か。

「言った通りだったね……」
「でっしょー?」

わたしを連れてきた彼女にそう言うと、ドヤ顔と共にそんな答えがかえってくる。
別にこのサークルに入ったところでそんな顔面偏差値の高い人達とどうこうなれるとかは流石に思っていない。だけど、目の保養は多いに越したことはない。わたしも大概ミーハーである。

「私入ろうと思うけど、なまえはどうする?」
「それならわたしもそうしよっかな」

どうせ初対面の人が沢山いるところに飛び込むのなら、予め知り合いになっている人が少しでもいる状況のほうが良い。それに、せっかくだからやったことのないことを始めたい。

次の日友人とふたりで入会用紙を提出しに行ったら、昨日練習中にバドミントンの素振りをして怒られていた先輩が対応してくれた。

「ありがとう、宜しくね」
「はい、宜しくお願いします!」

この人は見た目普通っぽいのに(大失礼)練習中他のことしてしまうくらい破天荒ではあるものの、優しそうに笑う。ここでならきっと楽しくなりそうだ。楽しきゃなんでもいい。
そんなわけでわたしの入るサークルは決まったのである。



20190817

なにもかもが始まりの予感



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