凪。風がとまってしまうことをそう言うらしい。サークル活動のあとがちょうどそれだと本当に地獄だ。今日は先輩部員が就活でいない人が多いということで早く終わったせいで、まだまだ暑い時間に帰る羽目になってしまったのは不運としか言いようがない。
そういう季節だから出来る範囲で薄着をしているものの、肌を出していようがいまいが暑い。じりじりと押さえつけるような不愉快な暑さに、足許から火が付きそうな思いだった。結果、永遠に汗がひかない。なんで運動系のに入ってしまったのだろう、とも思うけど、楽しいと感じているのも本当だ。
そうして夏へのヘイトを蓄積させながら剣道サークルでの活動を終わらせて、キャンパスの外に出る。門のそばでバイクを横付けして凭れるわたしの恋人──退先輩の姿があった。

「退先輩、お疲れさまです」
「おつかれさん。すげェ暑いね」
「ですよね、ほんと汗やばくて。あ、退先輩がスーツ着てるってことは……」
「お察しの通り。説明会行ってきた」
「うわぁ、就活……できればずっと他人事でいたい……」

わたしのために用意されたヘルメットを受け取り、見慣れない格好をした退先輩をまじまじと見てしまう。真っ白なシャツと、深い緑ベースに斜めのストライプ柄、そしてワンポイントでブランドロゴのようなものが施されたネクタイ。ブラックのスーツが細身に見える退先輩の身体をぴったりと包んでいる。そのスーツの下の、細身だけでは終わらない身体をしっていることまで考えてしまってひとりで照れて、視線を外した。

「今から頑張っておかないと、ね。ずっと一緒にいるためにも」

退先輩が跨るすぐ後ろにわたしも同じように乗っかり、腕を前に回した。まだそれも少し覚束なくて照れが抜けない。
このまま行けば今日は、わたしの住む部屋へ向かうはずだ。掃除は昨日のうちに血眼になって終わらせてある。

「……誰と誰がですか?」
「言わすなって」

答えるわけでもなく濁して、エンジンのかかる音がし始めた。
それでもわたしなのかなって期待していい関係であることに舞い上がってしまう。
こうしてしがみつくことも当たり前に咎められずにいられることで毎度律儀にはしゃぎまわりたい気持ちになるっていうのに。
いざ部屋へ入ってきてネクタイを緩める先輩を見ると、それだけで心臓が激しく啼く音を立てる。見慣れた私の部屋に、大好きな先輩がいる。もう数回目にもなるその光景だけでも目に焼き付けておきたいのに、なんだか気恥ずかしさから目を逸してしまうしで思っていることと行動が矛盾する。うわあ、どうしよう。

「ぶっ」
「退せんぱ、っ、なんで笑っ……!」
「いや、なんかどうしようって思ってるのが行動に出すぎてて……」
「えっ」
「わかんねェとでも思った?」
「なんでわか、っ」
「わかるわかる」

狼狽えるわたしをいい加減に受け流しながら、両手でわたしの頬を包み込むと上を向かせる。キスされるんだと思ってぎゅっと目を瞑るとすぐ近くで止まった気配がして、「かわいい」とだけ囁いた唇が漸く触れた。
軽く触れるだけ触れてすぐに離れるもんだと思っていたらそのまま逃さないとばかりに後頭部まで抑えつけられ、烈しさが増す。そうしてもう片方の手がわたしの身体を這い始めた。

このまま「する」のかな──と予感すると同時に危惧すべきことがひとつ。今は夏なのだ。

「んん、あの、っシャワー……まだ」
「風呂場でしたいってこと?」
「そうじゃ、なくて……、あ」
「……ん、一緒に入ろっか」

熱を孕んだままの声音が耳元で言い聞かせてくる。若しくは懇願だったのかもしれない。待って、と抵抗したかったはずなのにそんなものは、声と同じくらいに押し上げられた身体の熱に溶けた。

先輩のジャケットがシワにならないようそのへんにあったハンガーに吊るし、脱衣所へ伴って入る。恥じらいによる抵抗もありつつも着ていたものを洗濯籠へ放り込むとバスルームのドアを開けた。視界の端にうつったふたり分の衣類が、なんだかわたしを面映ゆくさせるのだった。


「は〜……いい湯」
「……そ、うですね」
「はは、なにその間は」

シャワーを浴びる間に湯を溜めたバスタブへふたりして向かい合って浸かる。
やはりまだ互いに全裸という状況は恥ずかしさがあり、縮こまるようにして座るわたしとは対象的に退先輩はすっかり寛ぎきった様子でバスタブにより掛かるようにして座っていた。

無言。普段わたしは口下手なほうではないつもりにしても、状況が状況なせいでなにを話したらいいやら、いつも以上にこの間を持て余す。

「ね」
「……、はい」

返事をするわたしに退先輩がこつん、と額同士を合わせるように顔を近づけてくる。それから、キス。角度を変えて何度も触れる唇に頭が麻痺してゆく。
たちこめる湯気の生暖かさの所為ではないことだけは解る。滑り込んでくる舌を受け入れて感じる、欲情の匂い。ほんとに、ここでする気なんだ──と絡め取られながら思う。

そういうとき、退先輩はわたしの右耳に触れるというのは最近になって解ったことだった。シャワーを浴びるからとつけていたピアスは外してしまっていたけれど、彼と同じようにちいさく穴が開いた、右耳。

「すき、せんぱい……っ」
「……うん、なまえが好きだよ」

退先輩のキスは決まってそう。わたしですら知らなかった、生温く燻っていた奥深くの欲求を呼び起こしていくのだ。

「どこで覚えたの、そんな顔」

改まって顔をじっと見詰めてくる退先輩が困ったように笑う。自分がどんな顔をしているかなんてわからないけど、なんとなく言わんとする所はわかる。
どこで覚えたのかって答えるんだとしたら、答えはひとつしかない。

「教えてくれたのは退先輩です」

言っておきながら顔から火が出そうなんだけど、なんとか先輩の目を見て答えた。
すると退先輩の眉間にしわが寄り、彼の額がわたしの肩に軽く沈む。深く深く溜息をつく様子に少し動揺した。

「あのねぇ、……」
「え、え、なになになに」
「決めた、もう絶対手加減しねェから」

なにやらスイッチを押してしまったらしい。そう宣言する先輩の手が、わたしの身体をやや性急に弄り始めたことでそれに気がついた。図らずも上擦った声が浴室内に鳴り渡る。

「あ、まって、せんぱ、っ」
「無理。加減しねェって言ったろ」
「ゃん、だめ……っ、ぁ」
「煽っといてよく言うよな」

退先輩はわたしの膨らみの中心で尖るそれを片方は口に含み、もう片方は指で転がし、時折焦らすようにその周りをなぞっていく。抵抗したいわけじゃないけど、どこか手のやり場に困って先輩の肩を掴んだ。水面がぱしゃりと音をたてる。

「あ、ぁ」
「左のが感じる?」
「んん、なんですか、っそれ……」
「ああほら、濡れてる」

太腿の付け根に滑り込んだ指が、退先輩の言った通りの状況になっているところを沿う。ぴくりと身体が震え、それに応じて水面が揺れた。

「んん……っ」
「こっち向いて」

言いながら、わたしの顔を上向かせると唇が重なる。つい先程より深さと烈しさが増したように口腔内を舌が動き回る。そうしてる間に膣内へ指が入り込み、奥の肉壁を指圧していった。求めていた刺激が呼び水となって、下腹がむずむずと収縮しているのが解る。唇が塞がれていることでくぐもった吐息が、バスルームに反響した。
こうされてるときに、指だけじゃなくてもっと──と更に大きいものが欲しくてたまらないと感じるようになったのも、ナカで感じるようになったのも、全部退先輩に触れられることで覚えたこと。早くほしい、それしか考えられない。わたしの身体は、頭は、どうなってしまったんだろう。まるで退先輩に作り替えられてしまったみたいだ。
視線を彼の下半身へと落とすと、怖いくらいに大きく直立したものがそこにある。興奮しているからそうなっていて、そしてその興奮はわたしに向けられたものだと思うと余計に物欲しそうに膣が蠢く心地がした。極まりを迎えるまで、これではもうすぐだろう。先輩にしがみついてその時を待つ。

「……っ、あ、いきそ、!」
「うん……いいよイって」
「んん、ぅ、っ〜〜!」

達することだってこうして覚えてしまった。退先輩の顔を見やると満足げに微笑んでいて、それとは不釣り合いなほどに凶悪なまでのそれが依然として変わらず勃ちあがっている。
それから先輩はバスタブのへりに腰掛けると「おいで」と膝を叩いて合図した。言われたとおり、向かい合うかたちで先輩の腿へ跨る。内緒だけど、わたしはこれが好きだ。


「あ、っは、……ああ、っ」
「……はは、ナカすげェ、っ」
「や、あ、っんん、きもち、いい」

最初から無遠慮に奥まで貫かれて、加減しないと言った言葉に嘘がないことを解らされた。

「んん……っ、なまえはこれ好きだもんな」
「え……っ、なんで、っあ」
「本気で言ってんの? 解りやすい態度しといてよく言うよ、っ……」

わたしの腰あたりを掴んでぐりぐりと先端を押し付けながら言う。この姿勢でしてることもあってより奥まで割り入っていくみたいだった。狼狽えつつ与えられる性感になにも言い返せず、ただ声を漏らすしかできなかった。どうにかなりそうだけど、どうにかなってもいいから、これがもっと続いて欲しい。
バスルームじゅうに広がる蒸気が濃くなってゆく。

「あ、あっ、〜〜待っ、や」
「ねえ、好きなんでしょこれ」
「っん、言えな、あ、っは、ぅ」
「じゃあ嫌い? やめる?」
「や、すき、だからっ、もっと……っ!」

お湯なんかもうぬるくなっているだろうに、身体が熱くてそんなの全然わからない。肌と肌がぶつかり合う音と、互いの繋がった箇所から出る粘液の音と暴れる水面の音がいやらしくてしょうがない。身体のド真ん中で激しく鼓動を感じる。もう、すぐだ。こんなの、すぐにイってしまう。いつの間にわたしはこんなに感じてしまうようになったんだろう。間違いなく退先輩の所為なことは確かだけど。

「ぁん、も、また、だめっ、イく、イきます、〜っ」
「うん、知ってる、っ……いいよ、1回も2回も変わんねェよ、……!」

先輩はどうしてこんなにさっきから嬉しそうなんだろう。まともに言葉を発することもできずにいるわたしはそんなこと訊けないけど、達した衝撃で背を反らす前に合った瞳は仄暗い欲を示してギラついていた。息を整える間もなく、退先輩はわたしの腰を支えたままどんどん奥へと先を擦り付けている。
この感覚を覚えてしまっては、もう彼から一生離れられないんじゃないだろうかと怖いような気持ちでひたすら啼いて、受け止めるべくバスタブの縁を掴んだ。もしかして先輩は、わたしが離れられなくなればいいとでも思ってるのかな。

「やぁ、も、イってる、のにっ、はげし、っ……」
「っん、すげェ痙攣してるッ、ぁ」
「おねが、っもぉ、はやくイって……!」
「我慢してんだよ、……っもう黙って」

わたしの懇願に対してやや早口に答えながら、吐息混じりのキスが押しあてられて文字通り黙らされる。何度目になるかもう解らないキスで、触れたところから溶けそう。それでも声は上がるし黙ってもいられないけど、我慢なんてしないでよ。
それから口内に退先輩のくぐもった喘ぎが放たれると、膣内で熱い杭が一層膨らみどくどくと脈打った。

一刻も早くと息を整える。こんなところで結局最後まで致してしまったせいで、そうでもしないと酸欠で倒れそうだ。早く水でも飲んだ方がいいと頭では解っているのだけど、先輩に凭れかかるしかできない。

「っ、なまえ生きてる?」
「……しんでます…………」
「ごめんね、俺が殺しちまって……いよっ、と」

頑張ればなんとか自力で立ち上がれたかもしれないけど、今は甘えたい。そんなわたしの浅い胸積りを知ってか知らずか軽口を叩きながら退先輩は軽々とわたしを担ぎ上げて浴室を出たところで、手足の力を抜いた。先輩だって謝ってるけどきっと悪いと思ってないのだから、おあいこだろう。



20220407

口ほどに物言うは目だけでなく



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