もう3度目になる。山崎先輩の家にお邪魔するのは。それでも、道中で手を繋いだのは初めてのことだった。
そうして玄関に入るやいなや、壁に押し付けるみたいにしてわたしのくちびるに山崎先輩のそれが触れた。熱く柔らかいその感触に、わたしは受け入れるようにすこしだけ唇をひらく。少しの、不快でない程度の汗の匂いと、夜の外気の匂いがした。
お互いの気持ちを確認し合えた今、わたしが拒む理由もない。初めてキスをしたときから一体どれくらい時が過ぎただろう。
今思うと、あのときの先輩は多分やっと触れられた、といったところだったのかもしれない。わたしはすっかり初対面だと思っていたし、ずっと憧れだったあの彼だとは思わなかったから気持ちがついていけなかった。

でも今、わたしはあのときの彼だったからじゃなくて、山崎先輩だったからこうして一緒にいる。抱き合って、早く触れたいと思っている。

「痛かったら言って? 気持ちよくても言ってほしいけど」
「……善処、します」

答えると、玄関からベッドへと誘導されるまま座る。前とは立場が逆である。
何度も唇をついて離れて、触れるだけの暖かなそれを再び繰り返すだけで頭がぼんやりとしてくる。生温く柔らかい舌が入ってきて、わたしのそれを絡め取る。

「ん……っ、ぅ」
「ぅ、は……好きだ、なまえ」

舌の根をぬる、となぞられると背筋がぞくぞくと甘く震える。その都度、鼻にかかったような吐息が漏れてゆく。好きだ、という言葉にも返す余裕がない。酸素が足りない。頭に酸素がいかなくなったのか、気持ちいいからなのか、どんどんなんにも考えられなくなる。
それから唇が、先輩と同じようにピアスをつけた右耳へ寄せられる。喰むようにキスをして、舌が這う。また吐息混じりに、好きだという声を聞いた。

「わたし、も……好き、です……ふ、ぁ」
「……かわい」

唇が首筋に移動したところで、山崎先輩の手がわたしのシャツの下へと滑り込み、ブラの上から膨らみを控え目に揉みしだく。
産まれて初めて、他人から与えられる刺激に腰が浮く。指先が下着越しに蕾を掠める度、喉から小さく声を漏らす。
首筋を吸うチクリとする感覚にも、全て、先輩が触れているというだけで、胸がいっぱいになる。恥ずかしさと、多幸感。シャツのボタンを外す手を、やめさせたくなってしまう。

「やだ、やめっ、……恥ずかし、っ……!」
「やめてほしい理由が『恥ずかしい』ってだけなら、やめてやれんね」
「……やめなくて、いい、けどっ……待っ、て」
「これ以上待つの? 無理」

先輩からすれば、もう高校生の時からずっとこうなれるのを待っていたということになる。それでいてこれだけゆっくり丁寧に、優しくしてくれていることのほうが奇跡な気がしてきた。
なんの意味があるのか分からないけど、せめてわたしだけでもそこから目を逸してぎゅっと瞼を閉じた。

「あっ……」

下着に覆われていないほうの肌に口づけながら、締付けが解放されるのを感じる。とうとうわたしの素肌が先輩の目の前に晒されるんだ、と思うとかっと体温が上がっていくのを感じる。怖いような気もするけど、あの時とは状況が違う。
立て続けに素肌へとキスが落とされるごとにその僅かな恐怖心さえ溶けてゆく。

「んっ、うぅ……っ、く」
「声、我慢しないで」
「っあ、んん、やだ……っ、!」
「可愛い……、っ下、痛くなってきた」

痛いなんて言うから心配になって、大丈夫ですか、と聞くと脱げば平気なんて答えが返ってきたので少し身構える。履いていたインディゴブルーのデニムを脱ぐと、トランクス越しに膨れ上がった様子が伺えて思わず目を逸らした。なんとなく見てはいけないもののような気がして。

「そういう反応されると、俺まで恥ずかしいな」
「や、だって……っ」

わたしのことを見て、触ってそうなってるんだと思ったら余計に直視できなかった。

「触ってみる?」

わたしの手首を握って笑う先輩に黙って頷くと、トランクスの上から誘導されたその部分を軽く握る。硬くて熱い。それで大きい。普通がどれくらいなのかは解らないけど、興味本位で見てしまったそういうサイトにあったのより大きいような気がする。まるでヒトの器官の一部とは思えないそれに畏敬の念というか、そんな心境である。
でもこれもまた、山崎先輩の身体の一部なのだと思うと愛おしくも思えた。と同時に脚の付け根から、なにかが温く垂れていくのが感じられた。

「すごい……」

こんなの、入るんだろうか?
自分のその場所がどれくらい余裕があるものなのか解らないけど、想像がつかない。最初は痛いと聞くし、下品な言い方をすると貫通とか言ったりするらしいし、なんというかこれはまるで──

──「それはなんかエロい」
──「……やっぱり?」

同じではないにしろ、ピアッシングをして貰った後の友人との会話を思い出してしまっていた。

「なに、なんか違うこと考えてる?」

わたしの考えを見透かしてなのか、もう染みになっているであろうわたしの下着に手をかけながら不服そうに退先輩が言った。濡れているらしいそこを見られたくなくて逃れようとも無駄で、あっという間にそこも露わになってしまう。
なにかを貫通させる、痛みを伴う。そしてどこか特別なこと。やって貰う時になんかエロい気がしてたのはそういうことだったんだ、と今更腑に落ちた。我ながらなんてことを考えているんだろう。

「いや、あの……ッ、ちょっと前のこと、……ぅ、思い出して」
「何だよ、そうやって濁すなって」

詰め寄りながらも今度はぐりぐりと濡れたそこを撫でてくる。

「……、その、っこれ」

右耳に嵌ったファーストピアスを指差して、示す。それからどういうことか伝わったらしく、彼は驚きを隠さずに大きく目を見開き、手も止まる。このまま手を止められるとだいぶ恥ずかしいんだけどな。

「え、なに、それやってあげた時そんなこと考えてたの?」
「は、っいや、そんな訳じゃ……!」
「へーえ?」

意味ありげに、わたしの否定を全く信じていなさそうに三白眼がこちらを見る。今思うと、この人とあの人、思いっきりおんなじ人だ。なんで今まで気づかなかったのか不思議なくらい。

「ま、あれより痛くならないようにするつもりだけどね」

痛くならないように、なんて出来るもの? でも、どうだろう。既にこんなにいやらしく蜜を零してしまっているし、わたしが特別いやらしい女なのかと不安になるくらいである。
そうして先輩の指が、潤んだそこに侵入してくる。ほんの少しだけ痛い。けど、心配していたほどではなかった。

「痛い?」

そうやって問いかける声はどこまでもやさしい。まだ1本だけど、と付け足すように言いながら、奥へと進んで指の腹で外も中も刺激していく。はしたなく濡れて、見られるのも触られるのもやめてほしいくらいなのに、やめて欲しくないくらい気持ちがいい。

「い、ゃ……ん、っ、ぅ」
「すっごい……濡れてる」
「ゃ、だ……って……、っっあ!」
「やっぱここ? きもちいい?」
「わかんなっ……も、やめ、……っ、んん」
「はいはい、やめてはもうナシね。今日は」

中は少し圧迫感で苦しくもあり、でも外側は甘く痺れて気持ちが良くて。かぶりを振るので精一杯である。

「指、増やすよ」

圧迫感が増していく。ぐちゅ、という粘り気のあるような音がより身体を熱くさせた。わたしの中を探るみたいに動く指に、また声をあげてしまう。こんな声、気持ち悪がられてしまう気がするのに、山崎先輩の下半身へと視線を巡らせると先程より大きく膨らんでいるようで不思議なのと同時に身体の奥がきゅんとなる。先輩の顔が近づいてくると、キスされるんだとわかって目を閉じる。すぐに深い口付けを浴びせられる。脳まで溶けていくように、意識がぼんやりとしてくる。

「……そろそろ、いい?」

唇が離れると、目を細めた山崎先輩が問いかけるのでわたしは黙って頷いた。



「3つ数えたほうが良い?」
「……もう! やめてくださいってば」

先程の話を掘り返すように言いながら、山崎先輩が意地悪く笑う。それに倣うならまた、2と3は数えてくれないつもりなんでしょ。

薄膜を被せられたそれが、ぴたりとわたしの入り口へ宛てがわれる。この大きさのものが人の身体に入るなんてにわかに信じがたく、少し怖いような気持ちで、でも受け入れようとぐっとこらえた。やがてすぐにぐっと圧迫するように先端がめり込む感じがして、苦しくなる。

「……っう、く……」
「痛くない? まだ半分くらいだけど」
「……え」

痛みと強い圧迫感にすっかり全部入ったと思ってた。こんなの、全部入ったらどうなっちゃうんだろう。でも、繋がっていることは確からしい。

「っあー…………でも、ぅ、俺が既にやばい……かも」
「なん、で……っ、ぅ」
「……嬉しいんだよ、っ……こうなれて、さ」

そう苦しげに答えた唇が再びわたしのそれに押し当てられる。それによってこわばった身体が溶けるみたいにほぐれていくのがわかる。口腔を舌で愛撫されるとより深く繋がっているかのようで恍惚としてしまう。次に唇が離れたときにはもう、わたしと退先輩の距離はゼロだった。

「……ぁー……ッ、ぜんぶ、入った」

あまり下腹部を直視出来ないが、そう言われてちらりと見ればそこには少しの隙間もなかった。わたしのお腹を退先輩が暖かな手のひらで撫で、どこか幸福そうに笑う。

「わかる?」

それさえどうしようもなく艶っぽくて見ていられず、思わず顔を両手で覆ってしまいそうだったが、手を握られてしまってそれも叶わなかった。

「ちゃんと見ろって」
「……む、り」
「嫌なの?」
「そうじゃ、ない……っ」
「じゃあ見て、俺のこと」

おそるおそる視線を合わせようとすると、わたしを見下ろす先輩が、男の顔をしている。いつものように優しく穏やかではあるものの、わたしというひとりの女に欲をぶつける、ひとりの男だった。きゅん、と心臓が啼くのと、ナカが退先輩のものを締め付けたのはほとんど同時だった。

「ごめん、動く」

そう小さく退先輩が宣言すると、なかで太く硬いそれが行き来し始める。痛みよりも、熱く溶けるような、そんな感覚が頭を支配してゆく。決して乱暴ではないものの想いをぶつけるような強さにわたしは反射的に声を抑えられなくなる。

「あっ、や、んう……っっあ゛、まっ、て……!」
「……っ、く、無理……っ!」
「やま、ざ……せんぱい、っ」
「名前、が……ッ、いい……ぅ゛、んっ」

言われて気がつく。確かにこんなことまでしているのに苗字で呼んでいるなんてのもおかしな話だが、恥ずかしいのと先輩だから呼び方を崩したくないという気持ちが混在している。

「さがる、せんぱい……っ」

やっと絞り出すようにそう、名前を呼んだ。すると唇を塞ぐみたいにまた、キス。舌を絡め取られながらナカもぎちぎちに埋められるともう、何が何だかいよいよ分からない。初めてでこんなになってしまって、良いんだろうか。泣きじゃくるみたいに声をあげて、自分でなにが起きているかなんて把握できない。裸なのに身体はずっと熱くて、なんなら汗まで滲んできている。

「好き、好きだっ……なまえ、……っく、う、キッツ……」
「んう、っっ、すき、退先輩っ……! あ、きもち……いっ……!!」
「かわいい、っ……夢、みたいだ……ッあ゛、も、イきそ……!」
「うん、っ好き、です……せんぱ、い、あっ、ゃ、ぁん」

ぎゅっ、と先輩の腕がわたしをきつく抱きしめる。ぐちゃぐちゃなナカでそれがびくびくと震えた。あ、終わったんだ、って感じ取った時にはなんだか泣きたいくらいの幸せでいっぱいだった。
呼吸だってお互い荒くって、でもほとんど同じタイミングで重なる。退……先輩も、よく見たら額から汗が垂れている。長い前髪が邪魔臭くなったのか、右手でかきあげたことでそれが更に露わになった。ふう、と一息ついた先輩が、またわたしをじっと見つめる。それから、おでこに。鎖骨に。慈しむような口づけがなされる。そうして頭をまた、撫でられる。

「……優しく出来んかった」

ぽつりと言うその声には反省の色が含まれている。充分優しかったとわたしは思う。それに。

「いいんです。……その」
「ん?」
「すごく好きだなって、思ったから」

色っぽくて男らしくて、わたしは何度も心臓が高鳴ったから。そしてそれが、恋してるってことなんだって思い知ったから。
頭を撫でる手が髪をかき混ぜるみたいになったから、多分髪の毛ぐしゃくしゃだ。別にいいやって思えてしまうけど。



20200121

2度目の夜



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