そっか、覚えてたのか──と言いながら山崎先輩は懐かしむように目を細めた。

「だからね、卒業式のとき……声かけてくれて嬉しかったな」

それは、本当に覚えているに決まっている。画像だってずっと消さずにとってあった。山崎先輩が、俺のでも一緒に写ってくれって言ってくれたこともうっすら覚えてたけど、先輩もその画像を持っていたなんて、思いもよらなかった。

「連絡先聞かんかったの、死ぬほど後悔したよ」

写真は一緒に写ってって言えたのにな、って惜しむように眉を下げる。先輩もそう言ってくれたことが今になって、言われてみれば思い出された。緊張でいっぱいで、変なことを言ってないかとかそういうことばかりが頭を巡り、訳もわからないまま近くにいたご友人にスマートフォンを預けて気がついたら撮り終わっていたものだから。

「その分だと、撮ってくれたのが土方さんなことも気づいてなさそうだね」
「え」
「やっぱりそっか」

クスクスと山崎先輩が肩を揺らす。まさにその時のことを思い出していたわたしは呆気に取られていた。山崎先輩の言う通りならその頃にはもう長かった髪は切っていたということだろうか──と考えながら、気づいてしまったある事実に自分を恥じる。

「俺は事細かに覚えてんのにな」
「覚えてないわけじゃないですってば。その……だから、思い知りました」
「思い知った?」

当然、聞き返されたそれに言い淀む。好きだという言葉はするっと出てきたくせにと自嘲する想いだ。

「ほんとにわたし……先輩しか、見えてなかったんだ、って」

先輩と目を合わせることすらままならない。これ、好きって言ったときよりも、写真をお願いした時よりも──恥ずかしい。
顔を上げられないままでいると、頭を数度暖かく撫でる気配がした。その感触さえ照れくさいけれど、もっとして欲しいような気持ちで頭をゆるく先輩のほうに傾ける。すると頭の上で小さく笑う声がして、更に頭を撫でられるのだった。山崎先輩の家に初めて行った時のように。

それから、もう片方の手が伸びてきて目の前が暗くなった。なにが起きているのか一瞬把握出来なかったものの、少し冷静になってこれは、目の前に座っていた山崎先輩が立ち上がってわたしを腕の中に閉じ込めたのだと気がついた。
こんなところ、誰かに見られたらどうしよう。でも、離れて欲しくない。こうしていたい。

「あんまり可愛いこと言うなって」
「やだ、言ってな……っ」
「自覚なしか……。ねえ、なまえちゃん」

ねえ、とわたしを呼ぶ声は優しいままでありながら、どこか艶を孕んでいるように聞こえた。考えすぎだろうか。

「連れて帰ってもいい?」

それが何を意味するか、わたしでも解っているつもりだ。また、先輩の家にお邪魔したらきっと、それからどういうことになるのか。期待しているような、少し怖いような。それとも、わたしが思春期すぎるのか。でも、もしわたしの考えた通りの意味であるのなら。

「……はい」

答えるのと同時にようやく、先輩の背中に腕を回した。あの夜のことが、ずっとわたしを恋しく想っていたが故のことなら、拒む理由なんてひとつもない。



20200109

どうしても君がいい



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