今日の活動が終わった時のことだ。
今回もわたしは、ちらちらと山崎先輩を盗み見ながらトレーニングや先輩方が使う防具などの手入れに精を出していた。

見てると、自動的に恋敵も目に入る。ただ、わたしが宣戦布告に等しいことを言ってからはどこか浮かない様子だった。山崎先輩に話しかけるのも、一瞬迷いが見える。いや、これはわたしの願望も少し入ってるかもしれないけど。
いてもたってもいられなくて、着替えを終えたわたしは友人の誘いも断って先輩を待った。道場の前で。友人はなにかを察したように、「明日聞かせてね」と笑うのみだった。
さほど待つことなく先輩は出てきたが、今回は例の彼女も一緒だった。一瞬怯んでしまったが、これではなにもせずに終わってしまう、と奮い立たせ先輩を呼んだ。

「あの、山崎先輩……!」

わたしが声をかけたことに気がつくと、いつものように柔和に笑みを含んでこちらを見てくれる。反面、彼女はというとわたしだということに気がついた途端に表情が曇る。

「どうしたの?」
「……お話、したいことがあって」
「そっか、じゃあ……どっか空き教室でも探そうか」

と言うと彼女の方を振り返り、先に帰ってて、と告げる。またわたしに向き直るところで、彼女が山崎先輩の腕を掴んだ。
あ、とわたしが思わず声をあげる。彼女は眉を下げ少し朱が差した顔で瞳を潤ませている。そんな表情を見てしまったら、邪魔されたとかそんなマイナスな気持ちを抱くことは出来なかった。改めてこのコはわたしと同じなんだと思うばかりで。

「あ、あの……ごめんなさい」

そう謝罪を口にしながら彼女は手を離す。本当につい、思わず手が出たといった具合らしい。わたしまで謝りたい気持ちだった。

「……頑張ってください、山崎先輩」

そう言ってまた、下を向く。わたしは頭にハテナが浮かぶが、山崎先輩は意味が解ったらしく「ありがとう、ごめんね」とだけ告げると、彼女は小さくお疲れ様でした、と返事をして走り去っていった。

「……よかったんですか?」

わたしも彼女の気持ちに気がついているだけに、気持ちがざわつく。

「あとで話すよ、先にみょうじちゃんの話が聞きたいな」

道場を離れ、キャンパス内で手頃な空き教室を探した。
通常講義を実施していない時間なことからそれはすぐに見つかり、わたしたちは誰のものかわからない窓際の並んだ椅子に向かい合って座った。ふたりで廊下を歩いている間からずっと心臓は全力疾走しているみたいにうるさい。まだ夏にもなっていないというのに顔まわりは熱くて、これから言おうとしていることがまともに伝わるかどうかが心配でたまらなかった。

「どうしたの?」

穏やかに笑う先輩が、本当はわたしが何を言いたいのか知っているように見えた。

「……よ、呼び出しておいてアレなんですけど……どう話そうか考えてなくって。勢いというか」
「っはは、なにそれ」

先輩が笑う。垂れた目尻がますます下がり、背後から照らす月明かりが眩しい。暗くなった空に山崎先輩の黒い髪が溶け込むようだ。胸が鷲掴みされるみたいに、ぎゅっと苦しくなる。心臓から恋しい気持ちが滲んでゆく。

「すき……」

頭の中で思ったことのはずだった。実際に自分の声で自分の耳に届いたことに気がついて驚いてしまう。同じように先輩もわたしを見る目が見開かれる。瞳にわたしが映る。

「ほんとに?」

ややあって、そう聞き返された。
どう言おうかって考えて、言おうとしていた内容に間違いはないけど、こんなふうに伝えることになるとは思ってなくて間が開いてしまう。けれどやっとのことでわたしは頷いた。
俯いてしまったためにわからないけど、山崎先輩はきっと笑っている。なんて返事してくれるんだろう。

「覚えてるかな……なまえちゃんは」

ぽつりと、山崎先輩が言うと続ける。覚えてるって、何をだろう。そういうからには過去のことなのだろうけど。先輩と話すようになったのだって、今月のことだ。よっぽどわたしの海馬が怠け者でなければ覚えてるはずだ。



20191217

いとしいとしと言う心



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