※オリキャラ回




「罪な男だねえ、あの先輩も」

わたしの右耳をじっと見る友人がニヤニヤとなにかを含んだ笑みを浮かべながら言った。右耳にだけそれをつけはじめて、数日が経ったお昼休み。今日のお昼ごはんはコンビニで買ったパンだ。言いつけ通り、入浴以外は基本つけたままにしている。

「なまえのことを誑かしておきながら他の女と眼の前でイチャつくなんて」
「どっちも語弊がありすぎるよ……」

どうやらサークル活動中の山崎先輩と、ポニーテールの彼女のことを言っているらしかった。イチャつくっていうほどではないと思うし、わたしがこんなにモヤモヤしてしまうのも、思い込みによるところが大半だと自分でもわかっている。山崎先輩さえ目の前にいなければ、わたしはひどく冷静だ。目の前にいるとそれだけで正気ではいられなくなって。前に少し憧れていた先輩のときでは、そこまでのことはなかった。
今までに言われたことやされたことを考えると、山崎先輩はわたしに気があるとしか思えない。わたしはそれを嬉しく思っている。一体どうしてわたしなんかを、という理由は全くわからないけど。

「じれったいなあ、もう大好きなくせに」
「……返す言葉もないよ」

わたしがそう答えると、「お、認めた」と嬉しそうに友人は笑う。今日つけているパールのピアスもかわいい。わたしもピアスホールが定着したら、そういうのつけたいな。先輩はそしたら前みたいに、可愛いって言ってくれるかな──とか思っている時点で、もう認めざるを得ないのだった。

「取られちゃうよ、うかうかしてると」

面白がっているふうに言われたそれは、わたしが現状恐れていることだった。



先輩とは相変わらずサークルに行くたびに会うし、挨拶程度には喋る。前よりはその光景が当たり前のものとなったらしく、視線が痛いということはなくなった。
日を追うごとにポニーテールの彼女は山崎先輩と話すたびに少し顔を赤らめ、その表情はまさに恋する乙女そのものだ。他の人から見たわたしも、こうなんだろうかと思うと恥ずかしくなる。
ひとたび好きだと認めてしまえば、もう早く伝えてしまいたくなるなんて気が早すぎるかな。

放課後、友人と連れ立って道場に向かうと入り口から誰かが出てきたところに出くわした。タイミング悪く身体がぶつかってしまい、顔をあげるとそれは我らが副将、土方先輩だ。

「土方先輩……す、すみません」
「あぁ、悪かった。……?」

お互いに謝り合ったところで、土方先輩がわたしの顔を見たまま固まる。わたしの顔が映る、青い切れ長の目。

「お前……みょうじだっけか」
「え? はい」
「どっかで……いや、なんでもねェ」

ぱっとバツが悪そうに目を逸し、土方先輩は去っていってしまった。着替えを終えていたようだったから、またすぐ戻ってくるのだろうけれど。

「え、なに。フラグ?」

友人が誂うように笑う。

「一体なんの?」
「新たな恋の」
「少女漫画か」

友人のボケなのか本気なのかわからない発言に突っ込むと、彼女は更にころころと笑った。彼女の笑い方は思い切りがよくて、わたしもつられて笑ってしまう。

「あの」

わたしたちの笑い声以外に聞こえた女の人の声に、はっとして振り返る。すると、これもまた見覚えのある顔がこちらを見ていた。
道着をきっちりと着こなし、髪を高く結い上げた彼女は丁寧に名前を名乗り、突然声をかけてごめんなさいと言った。なにこれ、修羅場?──と小声で耳打ちしてきた友人には同意いたしかねる。ちょっと笑いそうになったけど。
挨拶以外でちゃんと話すのは初めて。修羅場だと断定するには相手に敵意を感じられなかった。

「山崎先輩とお付き合いしてるって本当?」

わたしの読みというか予感は、外れていなかったらしい。こんなことを聞いてくるということは、やはり彼女になりたいとかそういう事を考えているからこそのことだろう。律儀なものである。
なんて答えよう。その質問に対して、と考えると否定するのが正しい。でも、「付き合ってない」と答えることによって、先輩を「どうぞ」と譲ってしまうような気がするというか、そういう怖さがあった。山崎先輩はわたしのものでもなんでもないのに。

「違うけど、でも」

この短い間で散々同じようなことを聞かれた。それで、毎回否定してきた。今回はそれらとは状況が違う。

「わたしはそうなりたいって、思ってる」

誤魔化しようもない正直な気持ちだった。隣に友人がいてくれて良かったのかもしれない。隣で、いつものからかうような笑顔じゃなく、ただ見守るような穏やかな顔。それだけで充分に心強かった。あのコはひとりできてくれたのに、そんなのズルいかもしれないけど。
そう、ありがとう──とだけ言った彼女は、ポニーテールを揺らしながらこれから練習が始まるであろう場所へと向かっていった。

もうこれで、頑張るしかなくなった。やるねェ、と肘鉄を食らわせてくる友人のことをくすぐったく思いながら、決意を新たにするのだった。



20191210

恋は戦争



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