なまえちゃんを遅くならないうちに送り届けると、家は確かにすぐ近くだった。酔っていたもののなまじ記憶のある夜──もとい昨晩に彼女が言った通り。ピアッシングをした箇所を清潔に保つようにということと、できるだけファーストピアスを1〜2ヶ月はつけっぱなしでいるようにと伝え、今日は別れた。
期待していいかとか口走ってしまったことについては、答えを聞かずに。我ながら臆病者である。

さて、帰ってきて俺はさきほどピアッサーを取り出したのと同じ引き出しを開けた。しばらく封印していたピアスの数々がしまわれている。高校の時はずっとつけていたし大学入学後もしばらくはつけたりつけなかったりしていたけど、段々と使わなくなっていたそれら。元々派手なものはあまり嫌いじゃないものの、アクセサリーに関しては少し躊躇いがあってどれもシンプルなものだ。今日のことがあってから俺もまたなにか付けようかなと思い始めていた。目がいくのは、なまえちゃんにつけたファーストピアスによく似た形のものである。シルバーの、パチンコ玉をもう少し小さくしたようなそれ。わざわざお揃いっぽくしていくのは、気味悪いかなとか浮かれすぎかなとか考え込んでしまう。
結局、当時いちばんよくつけていたリング状のそれを引き出しの上に出して明日それを付けてこうと決めたのである。




「ジミー君、おはよう」
「ああ、旦那。おはようございます」

大学へ向かう途中で後ろから坂田先輩、もとい旦那が声をかけてくる。

「耳、なんかつけてんの久し振りじゃね?」
「あ、はい……気分で」

ちゃらんぽらんなように見えて意外と旦那は鋭くてヒヤリとしてしまい、言葉につまるが誤魔化す。これきっとうちの大将や副将──近藤さん、土方さんのことである──だったら気付かないか何も言わんのだろうな。

「気分? へぇェェ、ふーん?」
「……っ、一体なんだってんですか」

大袈裟にどこか意味深な相槌を打つもんだから、あわてて聞き返すとこうだ。

「いンや? さっきなまえチャン見かけたけど、あの子も右につけてたなって。そもそも開けてなかったろ、昨日まで」

そこまで気づかれてしまうと、何が言いたいのかさすがにわかる。俺が彼女と一緒に帰ろうとしたことは知られているのだし。しかしこの人も、いい加減なようでよく見てるものである。
「お前、やったな?」──にんまりと歯を見せて笑う旦那が愉しげにいう。つまりはそういうことである。
やった、にはふたつの意味が含まれているのだろう。半分正解で、もう半分は不正解だ。しかしなんと答えても墓穴を掘る気がする。

「俺がやったのはピアスだけですよ」

これなら妙な誤解は産まないだろう。

「……なんか、却ってイヤらしーね?」

余計にニヤニヤとさせてしまった気がするが、知るものか。イヤラシイ気がしていたのは俺もだ。わざわざ綺麗な耳たぶに穴を開ける、つまりは傷をつけることを他人がやるなんていうのは、キスマークでもつけるかのようだって。

「そんじゃま、頑張ってねー」

手をひらひらさせながら、坂田先輩は先に昇降口へと消えていった。もう少し前から俺がなまえちゃんに気があるのはバレているのだから、そこまで気を遣って答える必要もないが、やはりなまえちゃんには迷惑をかけるわけにもいかず全く考えずに発言するわけにもいかない。それにまだ、彼女に伝えきれていないことがたくさんある。それに、もちろん彼女の意志も蔑ろには出来ない。もし、俺なんか眼中にないというのなら。

「難儀だ……」

と俺はひとりつぶやくのであった。






今日、友人はアルバイトがあるらしくサークルへはわたしひとりで向かうこととなった。いつものように更衣室の戸を開けると、そこには丁度神楽先輩と志村先輩が着替えながら談笑しているところだった。挨拶以外に会話をしたことがないが、ビジュアルが良い。

「おはようございまーす」

そう声をかければ、ふたりが同時に振り返る。神楽先輩がわたしのことをまじまじと見たあと、思い出したように言う。

「ジミーの女! おはようアル」
「ひっ」

咄嗟に気持ちの悪い反応をしてしまった。女の先輩にまでそう思われているだなんて想像もしていなかったから。ジミーって恐らく、彼女なりの山崎先輩の呼び方だったはずだ。

「何故そんなことに……」
「みょうじさんよね。すっかり噂よ」

わたしが半ば脱力気味に尋ねると、志村先輩がそう答えた。

「事実と違うんですが……」
「すっかりジミーのカキタレだと思ってたアル」
「それだと意味が少し違っちゃうわ、神楽ちゃん」

少しどころかだいぶ違います志村先輩。因みに類語だが本命のことは「マジタレ」というらしい。どちらにしても違うけど。

「でも、耳につけてるのお揃いヨ?」

すっかり着替えを終わらせ近づいてきた神楽先輩が、右耳を指差す。

「あら本当? あの人耳になんかつけてたかしら」
「今日、つけてたネ。……あ、よく見たら違うアル」
「……? 山崎先輩、なにかつけてたんですか?」

いつもなら、山崎先輩は穴が開いているだけでなにもつけていなかったはずだ。

「ジミーは右耳に輪っかつけてたアル! 」

指で小さく丸の形を作って、満面の笑みでそう教えてくださった。なにそれ、早く見たい。
はやる気持ちを抑えつつ、わたしは着替えに取り掛かったのである。我ながら、かなり浮かれてしまっていると苦笑いしながら。


さて、着替えも終わり練習が始まるとなかなか山崎先輩の右耳が視界に入ることがなくヤキモキしていた。それに──

「山崎先輩!」

先輩に駆け寄っていくポニーテールの彼女。先輩のほうを見ると、どうしても視界に入ってくるのである。なにを話しているのかはよく聞こえない。ただ、それほどよく懐いて、先輩に近づいているということはわかる。傍目に見て、彼女は先輩のことを狙っているのではないだろうか。
わたしはどうしても気分が良くなくて、あまり見ていたくなくなってしまうのである。先輩もなんだか満更でもなさそうに見える。
なにより、好きだった人に恋人がいたと知ってしまったあの時と重ねてしまう。
わたしは一体、どうしたいんだろうね。過去に好きだった人と、山崎先輩を同一視して。全然違う人のはずなのに。

──「俺は期待しててもいいってことかな?」

あんなこと言われて、わたしのほうが期待してる。そう言われて答えられなかったわたしが、こんなこと思う資格なんてあるわけないのに。
先輩と親しくするようになってたった数日でこんなふうになるなんて思わなかった。練習に身が入っていないことに少しの罪悪感を覚える。その証拠に、ふわふわとした気持ちのままあっという間に時間が過ぎていたのである。

「みょうじちゃん、お疲れ」

山崎先輩に肩をぽん、と叩かれはっとした。じっと顔を見てしまう。右耳には確かに、神楽先輩が言っていた通りのピアスが嵌っていた。

「ああ、これ? みょうじちゃんにしてあげてから急に懐かしくなってね」

黒い髪を耳にかけるようにした隙間から、シルバーの鈍く光るそれが映える。道着に合ってるのか合ってないのか分からないけど、色気を感じるって多分こういうことだと思った。

「その所為ですかね? 神楽先輩に、お揃いって勘違いされちゃいました」
「俺も旦那……坂田先輩に言われた。迷惑だった?」
「そんなこと、ないですけど」

否定しつつ、でも、と続ける。

「あの子に……わたしと同じ新入生の。誤解されたら困るんじゃないですか?」

なんてことないことのように言ったつもりだったけど、思ったよりつっけんどんな言い方になってしまう。

「あの子って……ああ、なるほど」

なんのことか解ったらしい山崎先輩の顔が近づく。

「妬いた?」

その表情が、あの時の夜を思い出す程度には艶めかしくて動揺した。こんなエロいなんて、聞いてない。困る。わたし達以外全員が更衣室に入っていった後で助かったけど。
それにしても、わたしが嫉妬したんだと思ってなんでそんなに嬉しそうなの。

「そういうことじゃ……っ」
「誤解されたほうが都合いいや、それなら」

わたしが否定するのを言い切る前にそんなふうに続ける。余裕綽々で笑う先輩を見て、確かにわたしは嫉妬してたのかもしれない、と考えるのを止められなかったのである。
頑張らないといけない時が、思ったより早く来てしまったのかもしれない。
好きなら好きで、このまま仲良くいられればって思うけど。今度こそ誰かのものになってしまう前にと考えるなら、そうも言ってられないのかもしれない。



20191203

出会って数日で即なんちゃら



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