※夢主のようすがおかしい



山崎退
えっと…

みょうじは俺のことかっこいいと思ってくれてんの?


昼休憩中に突如として、片思いしている相手からきた連絡に目を疑った。何故急にこんな内容が?
この質問に対しての答えは迷わずイエスなのだけど、問題はそれが何故相手にしられているのか、だ。必死こいてポーカーフェイスを装って、彼を目で追うときもひたすらに目が合わないようにしてきた。尾行するときだって気配は消していたはずだ。それなのに。わたしは返信をすべくトーク画面をひらいた。そこでわたしはすべてを察することになる。

「……終わった」

終わった。そうぽそりと呟く。屯所の食堂、喧騒のなかにそのひとりごとは紛れて消える。そう、終わったのである。何故しられているのか。答えは簡単。自分からしらせたのである。
ほんの半日ほどまえ、わたしが今の今まで別人へ送ったものと思い込んでいたメッセージは、本人である山崎さんへと送られていたのだ。今すぐにでも送信取消したいくらいに頭の悪い吹き出しが、わたしから送ったという事実を嫌というほどに思い知らせている。

どうしましょう沖田さん

山崎さんがカッコよすぎてしにそうです

そう、この知能指数がサボテン以下と言ってはサボテンに失礼なくらいの文章を、真選組壱番隊の切り込み隊長、またの名をドS王子、沖田隊長へと送りつけていた……つもりだった。
それもどうかと思うけど、わたしは沖田さんとのトーク画面を某つぶやきSNSとして使っている節がある。
今日だってそのつもりだったし、いつもの通り未読スルーか、時々くる「ああそうかじゃあ死ね」という返事という2パターンの反応だろうと思っていたし、なんなら送ったことさえ忘れていたくらい。
忘れていたかった。それ以上に、忘れてほしい。心の叫びをそのまま文字にしたためるべく、画面に指を滑らせた。




みょうじ
腹切るので忘れてください


職場の後輩であるみょうじから突如として送られてきた、恐らく本当は沖田隊長へ送ったつもりらしい連絡へ返事をしてみればこれだ。
やけに興奮状態で送られてきた、俺のことをカッコいいだの書いてあったものと、その更に前の業務連絡のようなシンプルな文章との温度差で風邪をひきそうなくらいだ。

文章上はたしかにこれまで、絵文字もなく敬語も崩さないくらいで至ってシンプルな彼女だけど、なんとなくこの「カッコよすぎてしにそう」という言葉に心当たりがないでもなかった。
日頃から態度自体はビジネスライクなものの、視線を屯所内で感じるときはだいたいみょうじが近くにいて涼しい顔をつくって見せていたし、なんなら見回り中も誰かに()けられているという気がしたとき、電柱の影に隠れているつもりらしい彼女の姿があったりで、俺に対してなんらかの執着心があることは勘付いていたつもりだ。簡単に言えば、俺のこと好きなんだろうな、って。それも単なる思い上がりかもしれないと静観していたけれど、この誤送信のお陰かそれは確信へと変わった。

それなら、これからは尋問の時間だ。なんて聞いたらボロを出してくれるだろう。文章の上でだけなら今の今まで態度を崩さずにいた彼女だ、今かなり気が動転しているとは言えど誘導尋問にはひっかからないかもしれない。屯所の食堂という同じ空間にいながら文でやりとりをしているのは些か不思議だが、食事を摂りながら携帯端末を見て珍しくひとりで百面相をするみょうじを遠くから眺めるのも面白いのでそれでいいだろう。

画面に指を滑らせ、沖田隊長になんて言ってもらう気だったのかと聞いてみると、これまた簡単に相手は尻尾を出してくれた。こんなんで多分態度に出ていないつもりだったんならお笑いだ。
みょうじ
いつも「ああそうかじゃあ死ね」って言われます

へえ、いつも言ってんだ


うっかり入れてしまったのであろう「いつも」という言葉にツッコミを入れてみれば、遠くでこの世の終わりのような顔をするみょうじが視界に映る。口角を緩ませてしまわないよう、再びきた「忘れてください」という返事に、それは出来ないということと、今夜俺の部屋にくるようにという今の彼女にとっては死刑宣告に等しいであろう言いつけを綴って昼休憩を終わらせた。




ひょんなことからわたしは今から想い人である山崎さんの部屋へ行かねばならなくなった。
一体どんな宣告をされるのだろうと震えて待つ午後、こんなにも勤務終了がきてほしくないなんてことは今までなかった。気味が悪いから真選組を辞めて金輪際姿を見せないでほしい、と言われる覚悟を決めようとだけは思って結局決めきれないままこんな時間である。

「山崎さん、いらっしゃいますか」

部屋の前で深呼吸をした後にそう声をかければ、襖の奥から人の気配がして、やがて開いた。
寝間着姿の山崎さんがこちらを見て微笑んでいる。相変わらず顔が好きです。薄い布地のお陰でその下に隠された体つきが想像できて──じゃなくて! 煩悩退散!!

「よく来てくれたね」
「いえ、あの……なんてお詫びを言ったらいいか」
「お詫び?」

きょとん、とまるい瞳が訝しむようにこちらを見る。なにを詫びるの? とでも言いたげな顔が非常に愛らしくて、「あの、32歳がそんなにかわいいのやめてもらっていいですか?」とわたしの脳内で某論破王が嘲笑う。いやだからそうじゃなくて。

「まあ、入っておいでよ」
「失礼します」

怒られることはないにしても、こんなに穏やかに笑みを向けられる覚えはなくて戸惑いながら、言われるがままに部屋へ通され、座る。ここが、山崎さんの部屋……! と懲りずに下心が顔を覗かせる。なまえ、すべての下心をしまえ。

「あのね、みょうじ」
「……はい」
「大方、気味悪がられたとか思ってるんでしょ」
「おっしゃる通りです……」
「あのな、今更だからねそんなん」

呆れながら笑う山崎さんに目を見開いてしまう。今更とは。さきほどからわたしの感情を読まれているような気がしてならない。めちゃくちゃ隠しているつもりだっただけに驚きの連続だ。わたしに心電図を測る機械でもつけられているのではと手首を見やるがなにもない。
そこで山崎さんが呆れ顔のまま続ける。

「やたら俺のことばっか見てるし、尾けてくるからなんだろうと思ってたけど」
「ひっ」
「気づかれてるとは思ってなかった、って顔だね……マジかよ」

完璧にひた隠しにしていたはずの悪行を暴かれてはもう生きていけない。何故わたしはここへ自慢の愛刀を持ってこなかったのかと後悔しながら、近所迷惑を承知で叫ぶ。

「そこの脇差を貸してください山崎さん!」
「腹切る気だな、させるかバカ!」

部屋の隅に立てかけられていた脇差にわたしが手を伸ばすより早く取り上げて、押入れに放り込む鮮やかな素早さに思わず拍手を送る。武士の魂をそんな扱いでいいのかは謎だけど。

「おお……」
「拍手はいらんわ。全く、調子狂うな……」

頭を掻きながらわたしに向き直って座る山崎さんが、わたしの両手を包み込むように握る。ただならぬ空気にわたしは震えて次の言葉を待つ。

「で、今から聞くこと正直に答えて」
「え、あの……はい」
「俺のこと好きなわけ?」

手を握られているせいでよけいに心臓がぎゅっと締め付けられて、尚且つ山崎さんの瞳にわたしが映るくらいじっと見つめられては固まるしかない。これ、正直に答えてわたしに利はあるんだろうか。

「俺がどう思うか、とか考えてないで答えろよ」

握られた手に力が籠もって、汗まで滲んできた。顔の温度が2度は上がっているであろう。

「……う、あの」

喉が乾きすぎてうまく声にならない。アイドルの握手会でもこんなにずっと手を握ってられることも顔を見てくれることもないだろうに、サービスが過ぎる。答えなければずっとこのままなんだろうが、それならもう本当にわたしの精神がもたない。けれど開放されたくない気持ちもあって、頭の中がぐるぐるしながら、観念して答えるべく口をひらいた。

「めちゃくちゃに、すきです……山崎さんのこと」

ストーカー並みの気色悪い愛をその言葉全てに込めてついぞ言った。これが最初で最後かもしれない、と思うか早いか、握られていた手がそのまま引っ張り込まれて山崎さんの腕の中へ飛び込むかたちになる。頭の上を覆う手のひらの温度がぬくくて、つい目を閉じそうになる。夢にまでみた状況すぎて、夢なのかもしれないと疑っても抗えずに腕を山崎さんの背中へ恐る恐るまわした。背中、大きいんだ……と彼のスリーサイズまでしっているくせに改めて実感した。

「はいはい、よく言えました」
「……うう、山崎さんずるい、好き……」
「ずるいって君ねえ」

顎先を掬うように上向かせられると、少しだけ朱が差した山崎さんの顔があった。

「行動にはすげー出してくる癖に肝心なことは言ってくんなかったみょうじのほうがずるいと思うよ」
「……出してないのに」
「あれで隠してるつもりかよ」

山崎さんが「ぶは」と吹き出すように笑う。両頬を包み込んでくる手のひらに、わたしはまだ都合のいい夢を見ているのだと錯覚してしまいそうだった。
そうかこのひと監察だった、と今の今まで頭から抜けていたことを思った時にはもう、山崎さんのくちびるが額に触れるまであと3秒。



20211005

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このやり取りを先につくり、そこから生まれた話です。

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