※面倒くさい彼女からする別れ話(別れない)





限界かもしれないって思った。もうわたしじゃダメだって。

話したいことがある、と呼び出して実際に会えたのは1ヶ月近く経ってからだった。これについて言うと退はなにも悪くない。真選組にいて、監察という任務を任されているこの人と付き合うということは、黙って待つことが必要だ。職務上、部外者であるわたしには話せないことも多い。元から約束していた日程だってやっぱりキャンセルで、っていうことも珍しくない。この、話したいことのための日程だってそうやって延びてきた。
それでも国のために働く立派な仕事だし、勿論尊敬もしている。好きじゃなくなったとかそういうことでもない。ただただ先が見えなくて、わたしが待ていられなくなっただけの話。


場所はいろいろと考えた。ただ、きっと泣いてしまうって解ってて人前で泣くのも、それによって退が泣かせたっていう風な目で他人からそう見られるのも耐えられなくて自分の家に来て貰うことを指定した。

「話したいことって?」

仕事終わりで急いできてくれたらしく、隊服姿のままでそう聞きながら、多分その「話したいこと」を察していることがわたしにもわかった。いつもならわたしが座る横に迷わずきてくれる退が、向かい合うように座っていることがその裏付けだ。
少し、痩せたかな。お仕事忙しかったんだろうな──そうやっていつもと違うことが察せられるくらいには、わたしたちは長かったと思う。それをいま、終わらせようとしているけれど。何度もこのローテーブルで一緒にご飯、食べたな──とか思ったらすでに泣いてしまいそうだ。

「……ごめんね、呼び出して」
「ううん、いいよ気にせんで」
「ありがと」

沈黙。わたしが話し始めるのを退が待ってくれているのだから当然だ。自分で淹れた茶の減りが早いし、告白したあのときなんかよりよっぽど口が重い。あのときは心内を黙っておくのが耐えられなくて口に出した。今はできるだけ黙っていたくてたまらない。

「……あの、ね」
「好きな男でも出来た?」

言いにくいことを言おうとしていることが退に解っているからか、先に彼から問うてくる。

「そんなわけ、ないじゃん」

そんなことあるはずない。退のことは今だって好きだ。寂しいからといって浮気する気にもなれないくらいに。だからこんなにも、終わりを告げたくない。

「退は悪くないよ」
「……だったらなんで」
「別れよう」

言ってしまった、と自分で切り出しておきながら思った。目頭から鼻にかけてが腫れてるみたいに痛くて、熱い。

「俺のこと嫌いになった?」
「……好きだよ。ものすごく」

答えてみても、絞り出すような声にしかならなかった。振るのはわたしのほうからなのに泣くのなんて、理不尽だと思うからひたすらに下唇を噛んだ。それでも視界は歪んでいく。噛んだ唇なんかよりずっと、胸が灼けるように痛くて苦しい。

「退が好きだから、できるだけ負担になりたくなくて……物分りよくしてたくて」
「そうしてくれなんて俺言った?」
「言ってない、わたしがそうしたかっただけ」
「俺、いやだよ。そんなん」

物分りいいだけの女にわたしがなるの、退も不本意なんだってわかってても、「はいそうですか、じゃあ今のなしです!解散!」なんて虫のいいことは言えなかった。叶うならそれができるような図太い性格に今すぐ転生したい。1度別れを口にしてしまった側が、そんなこと言っていいわけがない。

「なまえって寂しいとかそーいうの、言ってくんないじゃん」

そういうことが可愛く言えるような人間だったら、たくさん言っていたかもしれない。わたしが言うと、責めているように聞こえてしまうから、退を追い詰めてしまう気がして。

「会えないとか連絡できない理由が仕事なら、どうしようもないと思って」
「そりゃそうだけど……」

そうやって言い淀む退を見ているのも、わたしが素直に甘えられる可愛い女でいられないのも、全部しんどくなって──

「もう、いい」

もう、いいの。それだけ言った時にはあれだけ耐えてたはずの涙が、あとからあとから零れてくる。こうなってはもう止められない。

「……なにも良くないのに『もういい』って言うのやめろよ」

静かな声だった。表情はあまり変わってないけど、わたしにはわかる。僅かに声音が怒りを孕んでいること。同時に、退のこういうところが好きなんだって余計に自覚させられて困る。甘やかすだけが優しさじゃないってしっているところ。
退が近づいてきた気配で、立ち上がったのだとわかった。背後から体温を感じた時にはもう、腕が回り込んできていた。別れる気だったんなら、この腕だって本来振り払わないといけない。

「ごめん……そこまで言わせて」

先程とは打って変わって切なる声が、耳に落ちてく。

「……なんで退が、っ、謝るの」
「俺のためにってそんだけ、我慢してたってことだろ。いいんだよ、もっと我儘言えって」
「……困ら、せたく……なくて」
「好きな女の我儘くらい可愛いもんだよ」

抱きしめる腕が、頭を撫でる手が底抜けに優しくて、ずっとこのままでいたくなってしまう。まるで麻薬だ。こんなの、離れたくないに決まってる。涙で声をつまらせすぎて、なにも言葉にならない。

「これからもいっぱい我慢させちゃうと思うし、泣かすことになる気がしてんだけど……えーと」

格好つかんな、とか言いながら次の言葉を選ぶ退を待った。それから、彼の左手がわたしの左手を握る。親指が、薬指をするりと撫でていく。

「……指輪、見に行く?」
「え」

先程から続く言葉としては突拍子がなくて、涙が引っ込む。

「今言うつもりなかったんだよ、これで意味分かって。頼むから」
「……え、え」

意味を考えれば考えるほど、特定の1文字しか発せられなくなった。指輪に意味なんてたくさんあるけれど、退が親指を滑らせる場所につけさせる気ならそんなの、ひとつしかない。

「次会うとき、めいいっぱい粧し込んできてよ」

1度は引っ込んでくれたのに再び溢れるともうとめどなくて、火がついたように声を上げてわあわあ泣いた。今度はわたしが後ろへ向き直って抱きつく番だった。



20210723

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