※成人済プロヒ
※瀬呂⇔夢主←上鳴
※キスを強請る上鳴に応えてしまう夢主








「付き合うことになったから」
 
瀬呂からみょうじを改まって紹介された時はあまりにもなんて事ない顔で言うもんだから、その場で文句のひとつでも言ってやりたくなった。
俺が何かを言ったところで負け惜しみにしかなんねぇけど、「もっと幸せそーに言ったらどうなんだよ」と思ったのが正直なところだった。
こんなことになるならさっさと告っとけばよかった。もう遅いけど。このときの俺がするべきだったのはもう、みょうじを諦めることくらいのもんだ。
 
 
雄英を卒業してからも瀬呂を含めほとんど交友関係は変わらずで、友達だから家に突如訪問しても文句は言いつつも迎え入れてくれるし、みょうじが来るらしい日は予めメッセージアプリを通じて「今日は来んなよ」とだけ連絡はくる。
その度に「まだ仲良くやってんだな」と確認させられるようで苦しかったし、瀬呂の部屋に飾られたデジタルフォトフレームには見たことない顔して写ってるふたりの写真が増えていく。見る度にフォトフレームを伏せてしまいたい気分だった。しねぇけどさ。
 
 
そうして季節が巡った頃にまた、「話したい事がある」と聞かされて瀬呂ん家に呼ばれた。付き合ってることを聞かされた時のようなデジャブってやつを感じながら重い足取り家に着いたら当然みょうじもいた。やっぱりか、とそこで思う俺は予想したよりもいやに冷静だ。なんだろう、次とくれば結婚かなにかか。
 
「俺たち、一緒に住むことになったから」
 
だから、今までみたいに急に来んなよ。と続けた瀬呂はやっぱり前の時と同じ顔をしていた。本当になんでこいつは幸せなはずの報告をさもなんてことないかのようにするんだろうか。付き合いも長くなったけど、瀬呂のそれだけは理解できないでいる。せめてそこに飾ってる写真ぐらいに笑ってみたらどうなんだよ。
 
付き合い出したときに馴れ初めを聞くのと同じように、同棲をしようと決まるまでの経緯やら、最近喧嘩したかとか、聞きたくもねぇ情報を自ら引き出したらまあ酒が進む進む。
どれもが羨ましくてたまんねーような話なのに、そのどれもを瀬呂は半笑い以上の笑顔にはならずに喋るから余計に。
 
「ちょ、俺トイレ行くわ」
「うん。行ってらっしゃい」
「行っトイレ〜〜便器でなァ、あはは」
「クソつまんね」
 
酔っぱらい(俺)のダル絡みをあしらいながら瀬呂が手洗い場に向かうと、卒業してから初めてというくらい久しぶりにみょうじとふたりきりになった。
 
「あの、範太がね」
 
口を先に開いたのはみょうじの方で、うつ伏せになっていた俺は視線だけ彼女のほうに合わせた。
 
「どうしても上鳴くんにだけは報告したいって言ってたんだ。よっぽど仲がいいんだね」
 
言いながら、微笑ましくてたまらないみたいにみょうじは表情をゆるめた。
申し訳ないけど、それは絶対に違うと俺は直感した。あの時だって今だって瀬呂は、俺がみょうじに気があるんだって気付いてるんだと思う。だからこれは、俺が瀬呂にとって大事な親友だから真っ先に報告したいとかそんな美しい友情によるものではない。
つまり、さ。牽制したいだけなんだろ。なあ、瀬呂。
 
「あら、なんの話してんの?」
「え、っあ、……おかえり」
 
反射的に返事をしたものの、これでは瀬呂になにか怪しまれないか? と思うような反応になってしまって、なにも会話に後ろめたいことはないはずなのにひとりで焦った。だというのにみょうじには全くもってそんな様子はない。
 
「範太が友達思いっていう話」
「ン? 何を今更」
 
今の話を雑にまとめて告げるみょうじだけでなく、片眉を上げて笑う瀬呂も、ふたりの空気感っつうの? まさにそれそのものって感じだった。平常時って感じ。このなかで俺だけが、ヘンだった。ずっと変だったのかもしれない。
 
 
 

 
「おいおい上鳴、終電だいじょぶなワケ?」
「らいよぶ〜〜」
 
上鳴くんが全然大丈夫じゃない呂律の回りようで答えるので、範太が「だめだこりゃ」といった様子で首を横に振った。

「歩いて俺に駅まで送られるか泊まってくか選びなさいよ」
「え〜〜ひとりでかえれるもん〜」
「いや説得力ゼロかよ」
 
すべて平仮名に聞こえるような言い回しに、範太が火の玉どストレートなツッコミを食らわせる。
 
「上鳴くん、わたしも一緒についてくから行こ?」
「え〜〜じゃあ行く」
 
わたしが声をかけながら立ち上がると、甘ったれるように潤んだ目が見上げていた。
 
「オマエ人の彼女に甘ったれ発動してんじゃねぇよ……」
 
呆れた範太が上着を羽織り、玄関先のウォールシェルフから本革のキーケースを引っ張り出す。それに倣い、上鳴くんに「立てる?」などと声をかけながらそのへんにあったパーカーを肩へ引っ掛けた。
 
 
 
ふらつく上鳴くんをふたりで両脇から支えながらなんとか最寄駅前まで辿り着いたものの、その場に彼はしゃがみこんでしまった。この新居が駅近物件だというメリットが仇となって、酔い醒ましには些か時間が足りなかったらしい。外気に当たれただけまだマシだろうけど。
 
「わたし上鳴くん見てるから、水でも買ってきてあげて」
「そうね、頼むわ」
 
短く範太が言い残し、自動ドアの向こうへ吸い込まれていく背中を見送ると、わたしもそばで同じようにしゃがんで上鳴くんの背中をさすった。あたりは駅前だというのに時間帯のせいかほとんど人通りはなく、屋外では少なくともわたしたち以外に息をする者の姿はなかった。
 
「きもちわるいとかない?」
「んーん……くるし……」
「もう……こんななるまで飲むなんてどうしたの……」
 
言いながら、白々しいと自分でも思う。上鳴くんが飲まなきゃやってられないとばかりに普段より早いペースで飲んでいたのを、気づかぬ振りでやり過ごしたわたしがよく言う。
ひとつ言い訳させて貰うのであれば、さり気なく彼の近くに置いた水に一度だって手を出さなかったのは彼のほうだということくらい。
 
「なあ、みょうじ」
「……なに」
 
うつむいていた上鳴くんがそのときばかりは顔を上げて、潤んだままのやや充血した瞳でわたしを見詰めた。甘えた声で呼ばれてその後なにを言われるのか、いくつかの予想を立てながらわたしはしらばっくれようと目をそらす。
 
「…………キスしてよ、お願い」
 
わたしに対してそういうお願いをされることは完全に想定外だったけど。

そもそも、範太が彼にだけ先んじて同棲の報告をしたがった理由が、所謂美しい友情によるものな訳がないのである。仲がいいことは事実だと、雄英で過ごしてきた期間でよく分かっているけど、それがいちばんの理由になるとはとても思えない。
 
「バカなこと言わないの」

そうやってたしなめるように絞り出すのがやっとだった。

「瀬呂の彼女ってわかってるけど、昔からずっと……」
「……ふざけないで」
「ふざけてねぇもん……あンで、そんなひでぇこと言うの? みょうじがすきなんだよ……どうにかして、マジで」
 
どうにかして、じゃないよ。どうかしてる。
少なくとも今上鳴くんのために水を買いに行ってる範太を裏切るようなことをわたしにさせようとする彼も、今範太が酔い醒ましのためにと水だけでなく果汁の割合が高いジュースを捜していまだ店内を物色しているらしいことを確認するわたしも。
 
「1回でいい、から……早く」
 
取縋るようにわたしの頬に触れた両手はかさついていて、声は掠れていた。
しゃがんでるわたしたちは店内からなら、旋毛すらも見えないだろうと一瞬で考えてぞっとした。
更に信じられないことに、わたしは範太がこのタイミングで戻ってこないことを願っていた。涙を溜めた金色の目に映る己を睨みながら。嘘に塗れた唇を合わせながら。
 
 
 
20220424

続きます


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