※恋人と婚約寸前だった隊士夢主とその先輩山崎





真選組屯所を職場としていながら、日々の生活もここで共に営んでいるとなると、職場仲間の思わぬ表情を目にすることがある。それは、仕事だけを一緒にしていては見ることのない顔だ。仕事の外でもそうして共に在る俺たちにとってよくあることだった。

「うん、楽しみにしてる。それじゃまたね」

ある日副長から、真選組の紅一点であるみょうじを呼んでくるように言いつけられて屯所の中を雑用の合間に探し回っていた時のことだった。
しっている声より幾らか高く聞こえた声に、一瞬誰だろうと耳を疑う。しかし見えた姿があまりにも見慣れた、探し求めていた人物だった。

「あ」

なんとなく隠れようかと思ったところで通話が終了したらしく、顔を上げたみょうじと目が合ってしまった。

「や、山崎さん。お疲れさまです」
「お疲れ。……え、ナニ? もしかしてコレ?」

すっかり声音が戻った彼女に「男」を示すハンドサインを見せつけると、照れた顔で困ったように笑った。

「やめてくださいよ〜! ……もう、ヤなとこ聞かれちゃったな」
「図星かよ。いいねェ若いって……あ、土方さんが探してたよ」

後輩をからかうのもそこそこに本題を告げると礼を言いながら急いで去っていく、若干浮かれた背中を見送った。幸せならなによりではないかと少しの羨ましさを感じながら俺も自分の仕事に戻った。



それからしばらく経った日の深夜。寝る前に飲み物でも買いに行こうかと、少しの寒さに身震いしながら屯所を出たその時。

「そういうわたしだから良いって言ってくれたの嘘だったの?」

かろうじて屯所の外壁に凭れながら険しい表情で通話をしているらしいみょうじの姿。
相手の声は聞こえない。ただ、珍しく怒りを顕にしていることは確かだった。声を荒げたのはその1回きりだったけれど、怒りを抑えられないといった様子で静かに続けた。

「……とにかく、真選組は辞めないよ。それだけは譲れないから」

それだけ強く告げると一方的に彼女は電話を切り、ため息をつく。どうやら恋人に真選組を辞めるように言われたらしいことがその言葉でわかった。
たしかに、例え職場であっても野郎だらけの屯所で生活をしているなんて恋人の立場からすれば気が気でないだろうと察しは付く。

「あ……すみません、妙なものを聞かせてしまって」
「俺のことはいいよ。みょうじは大丈夫?」
「うーん……どうしたらいいんでしょうね」

真選組を辞める気はないという確固たる意思があるからこそ、彼女は悩んでいるらしいことが見て取れた。

「ここを辞めてほしいって?」
「ええ。……あの、実は結婚して欲しいって言われたんです」

思ったよりも事態は重く、人生の選択をふたつ同時に迫られている状況に口をつぐんだ。別れたいわけじゃないけど、彼女の意思を貫くのであればそれも視野に入れるしかないらしかった。
なんて返せばいいかわからず、疑問形で祝辞を告げかけたところで、言葉を間違えたと感じてすぐさま「……じゃないか、ごめん」と続けた。

「本来おめでたいことですよね。なんでだろ……」

おめでたい、という言葉とは限りなく程遠い浮かない顔で俯く。

「わたしなりに、真選組にいることを誇ってました。そういうわたしが好きだって、彼も言ってくれてたはずなんですけど、結婚するなら家庭に入ってほしいって……すみません、聞かれちゃったついでにこんな話」

何を言ってやるのが正解なのか解らないままに首を振り、「大丈夫」とだけ告げる。

それから瞳に涙をにじませ、外壁に寄り掛かる彼女は座り込むなり小さく震えて呻いた。泣いているのだろう。彼女が泣くところなんて今まで見たことがなく、戸惑った。足許で小さくなる彼女だってきっと、俺なんかにこんなところ、見られたくなかっただろうに。

控えめに時折洟をすする音だけを聞いて、俺はその場に立ち尽くしていた。涙を拭ってやることも、胸を貸すことも、全部が正解のようで全部が間違っているように思えて為す術もない。ただ、どうにかしてやりたい気持ちだけが大きくなっていく。
地べただったけど隣に腰掛けて、背後に手のひらを触れ合わせた。それだけで彼女を凝視することもなく、声をかけるでもなくただ俺は隣にいた。最終的に決断をするのは彼女自身だけれど、職場のいち先輩としてここを辞めて欲しくないのは明らかだった。きっと俺じゃなくてもそう考えるだろう。真選組にとって、間違いなく必要な存在だ。


「ごめんなさい……泣いたり、して」

時間にしてどれくらい経ったかは解らないが、少しだけ落ち着いた様子の彼女は以前目元や肌を赤くしたまま、そう言った。

「そりゃ、泣きたくもなるでしょ」
「……そう、なんですけど……」
「好いた男なんだろ」

俺が聞けば、彼女は先程よりもよっぽど泣き出しそうな表情でこちらを見た。
けれど解りきったことを聞いてしまっておいて、驚いたのは俺の方。こんなもんは予定外だ。胸が潰れるような思いと加えてこの灼けるような痛み。理由を考えるならばひとつだけ、できればそうあってほしくないことだけど思い当たるものに気がついてしまった。彼女が瞬きするその間、涙が再びこぼれ落ちるのと同時に。
ほんと、なんでこんなタイミングで自覚しちまうのか。呆れたことに、大人なるほどヘタクソに、不器用になっていく。全く、どうしたもんかね。



20220201

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お題:その一瞬で落ちた恋


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