※品がない







「別れた」
「……なまえから連絡きた時点でそうだろうと思ったよ」

付き合っていた彼氏と別れた。享年半年の恋だった。まあまあ保ったほうだと思う。何度繰り返そうが別れたばかりの寂しさには慣れず、悪友の山崎へ連絡するのが恒例となりつつあった。

「今回は過去最悪。浮気されてた」
「うわ、ご愁傷さま」

枝豆を噛み砕きながら、ひと口というになかなかの量の酒を煽る。飲まなきゃやってらんないという言葉は、今日みたいな日の為にあるのだと思う。

「でさ、怖いから性病検査行ったの」
「そんで?」
「検査器具あるじゃん? 中に入れるんだけどさ」
「話が予想の倍生々しいんだけど」
「……元カレのより良かったんだよね」
「訂正する。倍以上だった」

うげ、とでも言いたげに顔を顰めて山崎はわたしと同じくらいの量、ビールを飲み下した。念の為、ちゃんと陰性だったよ、と謎に自己弁護はしておいた。
こんな話でも聞いてくれる異性の友人っていうのは貴重だ。本来なら不愉快じゃ済まないだろう。


「どうしたらひとりの人と長続きするんだろ。浮気ぐらい我慢するべきだったのかな」
「……後者はともかく、前者は耳タコだな」
「だって最長でも1年いかないんだもん」
「ネコっかぶりも大概にしとけば?」
「かぶんなきゃ誰も口説いてくんないもん」

何人もの男性と恋愛して失敗を繰り返してきたわたしが言っても説得力がないのは承知の上で、結局男の人は自分よりも少し頭が悪そうでかわいげのある女が好きなんだという持論に行き着いてしまっていた。そのほうが、男の人は自分が強くなったような、ヒーローになったような気がして気分がいいのだろうと。
こんなひねくれた考え方をしている時点でかわいげというものから遠く離れているということもよく解ってるつもりだから、自分を偽ってでも誰かにそばにいてほしかった。

「んなことねェでしょ」

言いながら枝豆をつまんで目を伏せた山崎が本心なのかそうなのか、わたしには解らない。付き合いはそこそこ深いつもりだけど、その割に山崎のことをわたしはよくしらないのだった。

「わたしにも長く付き合っていける人が現れる? それとも特別な人間同士にしか出来ないことなの?」

元カレに未練はないけれどそれなりに弱っているわたしはすっかり悲観的になっていた。こんなことをぶつけても受け止めてくれる山崎の人の好さがそれを更に助長しているような気もするけど、それもわたしの問題だ。そもそも誰かに寄りかかってないといられないタチなのだと思う。

「分からんね、俺も経験ないから」
「そういえば山崎のそういう話聞いたことなかったね」
「話すようなことがないんだよ」
「長く付き合ったことがないってこと?」
「いや、その……」

すっかり酒がまわりはじめていて、わたしにデリカシーなんてものはアルコールの底に溶けていた。今まで聞いてもはぐらかされてきていたし、聞かれたくないことだったのかもしれないけど、元々興味はあったから今回は答えてくれたりするだろうかと思ってのことだ。

「彼女いたことないとか?」
「……」

山崎が心底嫌そうに眉をひそめると、「悪いかよ」とだけ言った。図星だったらしい。

「じゃあ、童貞?」
「それは想像に任せるよ」
「へえ……」

今どき珍しくないよ、とか的はずれな励ましをするのも違うし、こういう場合なんと言ったらいいのかわからないのに聞くべきではなかったと今になって気がついた。なんと声をかけるのが正解なのか、と考えることすら非礼をはたらいている気になってしまう。

「貰ってあげよっか?」

色々考えた末にそう口走ったあと、これだけは確信した。こんな最低の冗談で返してしまったことがいちばんの間違いだって。



そのままいつもみたいに2軒目を探すことをせず、反対側のホテル街へひとこともしゃべらず歩いた。手を握るでも腕を組むでもなく、寄り添って歩くカップルだらけのネオン街を。
自分から言い出したのにやっぱり今のなし、とも言えず、思ったより乗り気の山崎に戸惑いながら着いていくしかできなかった。
山崎はわたしを連れて適当に空室のランプが点灯している建物へ入ると、特に戸惑う様子もなくロビーで無難な価格の部屋を選んで鍵を受け取って先を歩く。エレベーターの中ですらキスのひとつもせず、互いに緊張している空気だけがこの狭い中で充満していた。

部屋に入って下駄を脱ごうとしたもののそれもかなわず、壁に背を押し付けられて唇が塞がれた。厚い舌が柔らかく絡んで、足許が沈んでいくみたいに力が抜けていく。互いの吐息と唇を吸い合う音しか聞こえない。

「っん、……ふ、ぅ」

本当に初めてだったらこちらが誘うようなことを言った以上、緊張を解したりとかそういう必要があるかと思った。実際にはそんな隙もなく舌を吸われて、わたしのほうがそんな余裕も消し飛ばされている。
離れた時には縋っていなければ立っていられないほどだった。クスクスと笑う山崎が「ベッド行く?」と問うてくるのに頷くしか出来ないでいると、身体がふわりと浮き上がる。ベッドに優しく横たえられた時には視界いっぱいに、熱の籠もった目で見下ろす山崎の初めて見る顔がそこにあった。

山崎とは今までのような関係性でいられなくなると思うと胸が痛い。けど、わたしを求めるような目を見たら、それに応えるのもいいのかなとも思ってしまった。

「あ、っ」
「……はは、かわいい」

帯を解くと顕になった素肌を弄る手付きに辿々しさは感じられない。乳房を弄んだり、肉芽に舌を這わせる様子に遠慮も戸惑いの色も見えなかった。初めてだったとしても、本能的にそうやって出来るものなの?



「ね、ゴムってどうやって着けんの?」

散々慣れた様子で人の身体を好きにしておいて、初心者ムーブをかます精神のず太さにこちらが驚いた。
ベッドサイドの、結構わかりにくいところにしまわれていた筈のそれを迷わず探し出してきたくせに? ──と思いはすれど問い詰めることはせずに渡されたそれを受け取る。とりあえず包装を破り中身を取り出して先端に押し付けるも、初めて見る太さのせいでそこから巻き下ろすことに手間取ってしまった。というより、これは……根本まで下ろせないような。

「サイズ合ってなくない?」
「そう? 」

きょとんとした顔でこちらを見る山崎に白々しさを感じてしまうわたしは間違っているのだろうか。

「サイズ違い、フロントに言えばあるんじゃねェかな」
「……んん、でも」

山崎の提案した通り確かに電話1本で持ってきて貰えただろうけど、正直待つ時間も含めて面倒でもある。なら、着けないでしてもいいかな──と思わないでもない。それに、もっと正直に言うと、早く挿れてほしい。と思った矢先のことだった。

「なんだ、もう濡れてんじゃん」
「っ、ひ、ぁん」

山崎の指先がつぷりと膣内へ遮るものもなく侵入し、わたしがそこを埋めるものを欲して湿らせていることが山崎に識れてしまった。

「じゃあもういい? 挿れて。……いいよね。童貞貰ってくれるって言ったもんね」

いいよとかわたしが言う前からそれは入り口に押し当てられていて、返事を待つ気はないのだと悟った。
組み敷かれたままずぶ、と侵入してくるそれがナカを押し広げていく。間違いなく許容範囲以上に広げられ、少しの隙間もなく埋め尽くされていた。

「全部入った……かな。すげェ、っ、締めつけてくる」

わたしのことを眩しいみたいな顔して見つめてくるくせに、ナカを穿つ大きさや動きは獰猛で理解が追いつかない。初めてだと言う割に躊躇いなく弱いところを攻めてくるものだからこちらも意図せずぎゅっと膣内を締め付ける。

「もしかして気持ちいいとこ当たってる? なんだっけ、病院ですら感じたんだっけ?」
「や、っ……ちが、あぁ、っんん」

さすがに山崎にさっきした話のときだって、こうはならなかった。
全身が熱くて、ずっとなにをされても気持ちがよくて、ずっと高みにいちばん近い状態を保ち続けている。こんなの、童貞なんて絶対に嘘に決まっている。

「やだ、っイヤ、あ、っ」
「やめる? ……イヤなとこ触ってたらごめん、教えて」
「んん、嘘つき……、〜〜っ、ぁ!」
「嘘かァ……うん、嘘かもね。なまえは? ほんとにやだ?」

動くのをやめ、わたしのことを見下ろす瞳から滲む熱が、本当のことを言ってみろとそう言っている。奥まで貫いたまま腰は動かさずにいるから、早く刺激が欲しくて下腹がひくつく。頭を左右に振り、山崎の三白眼を見つめ返して「やめないで」とだけ絞り出した。

「うん、どうして?」

理由まで問われるとは思わずに目を見開いたけれど、こうなれば破れかぶれでそのまま続ける。

「きもちい、いか……んん、ッ」

言いかけた唇が塞がれて舌をねっとりと舐め上げられると全身がゾクゾクと疼いた。舌の裏から歯列までをなぞり、思考がでろでろに溶けてゆく。そんななかで頭を優しく撫でられながら、されるがままになっていたところで山崎の唇が離れて再び目が合う。

「うん、気持ちいいね?」

知ってた、と確信を得ているような顔で見下ろす山崎はわらっていて、それまでの童貞風の振る舞いなんかすべて芝居だったのだと思わされるほどだった。

「なんで嘘なんか、っあ、んぅ」
「そっちが勝手に誤解したくせに」

誤解という割に、誤解を招く発言がたくさんあったように思うんですが!? ──と心中は抗議したい気持ちでいっぱいだったが、山崎はどこ吹く風で本当のことがバレようが事に及んだもん勝ちなのか、開き直りが無遠慮にナカを掻き出していく動きに顕れていた。

「言ったでしょうよ、想像に任せるって」

付き合ったことない、が本当だとしてもこういうことをしたことがないなんていう保証には確かにならない。当たり前だけど。どっちにしろわたしが勝手に思い違いをして、冗談のつもりでもなんでも「貰ってあげようか」なんて口走ったせいでこうなっているのに違いなかった。

「貰うって言ったのなまえなんだし、いいだろ」
「……言った、っけど」
「次は欲しいって言わすから」

山崎のその宣戦布告のようなそれが実現する日まですぐだという予感が、頂点とともに訪れるまで後少し。



20220114


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