※冒頭から官能小説(本番描写あり)のため下品
※行為そのものはありません







「あァ、っ……んぅ、は」

正面から攻め立ててくる黒髪の男と、背後から身体を拘束しながら乳房や首筋を刺激する金髪の男。彼女はそのふたりから与えられる快楽だけを、ひたすらに享受していた。
子宮を穿つ肉杭を受け止める膣は収縮を繰り返し、男の射精を急かして促し続ける。それに合わせて耳元へかかるふたり分の男から発せられる吐息が、ますます彼女の身体を熱くさせているのだった。

「ねえ、早く……中に、欲しいの」
「ん? っ、急かすなって……すぐ、くれてやるから」
「マジかよ、オマエ早くね?」
「うっせえな、じゃあお前このあと俺より耐えてみせろよ」
「っはは、いーから早くしてくんね? 待てねーって」
「わーったから、黙ってマス掻いて見てろよ」
「へいへい」

下卑た応酬が一段落すると黒髪の男は、彼女の腰を思い切り鷲掴みにして──

そこまで書いてわたしはキータッチを止め、スクロールバーを最初のほうまで戻した。カフェオレをひと口含むと珈琲の香りがぐっと鼻へ入り込んで、つかの間の気分転換。もっとも、こんなものを書いている時間がいちばんの気分転換で、本来わたしのようなしがない学生は勉学に打ち込むべきなのだけど。
プロのヒーローを目指して、その道の名門高校をわざわざ選んで寮生活をしている。だからこそ予習も復習も終わったあと、睡眠までのスキマ時間を利用しているのだから許されてもいいだろうと勝手に思っているけど。

誰にも秘密の趣味で、どこかへ公開するでもなく、本来わたしのような年齢では読んではいけないような代物を書いている。このパソコンだってパスワードを設けているし、人がくるなんてときは前もって電源を落としている。
ふたりの男に同時に、という内容だけどそういう願望があるという訳ではないと念の為弁解しておきたい。今回に関しては実際のそれとは別腹なのである。

そこで、こんな時間にドアがノックされる音がした。
思い当たる人物はひとりいる。こんな時間に急だろうとわたしの部屋にくる理由がある人物。ただの友人ではさすがに遠慮があって、そんなことは前もって約束がない限り全くとまでは言わないがほぼない。ただ、ひとりだけ。

「なまえー、起きてる?」

早く出迎えなければ、寝ているものと思われて自分の部屋へ帰ってしまうかもしれない。わたしは急いで、ノートパソコンをスリープモードにしてドアへむかった。このとき、スリープモードでなく電源ごとオフしておかなかったことを、後悔することになるとも知らずに。


「っ、電気!」
「会いに来ちった!」

思った通りの人物がわたしに屈託ない笑みを浮かべて立っていた。彼がわたしの部屋にくる理由なんてひとつだ。わたしに「会う」ことが何よりの理由になる。お互いがそう思っている、そういう関係だからだ。
部屋へ迎え入れてともに横に並んでベッドに座る。ローテーブルの上にあったパソコンのディスプレイがなにも映し出していないことを目の端に確認して安心しながら、彼からの挨拶代わりのキスを受け入れた。
前髪同士がさらりと触れて、嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いが漂ったところでなにかに気がついたように電気が目を見開いた。

「なまえ、前髪きった?」
「え。よく気づいたね、お風呂上がりに少し切っただけなのに」
「うん、チューしたとき目元よく見えるなって」
「まって、電気くん目開けてるの?」
「……あ、ヤベ」

しまった、という顔で電気が目を逸らす。キスしている時なんて目を閉じるものだと無条件に思っているし、なんならいちばん気を抜いている表情だろうから見られているなんて知ってしまっては平常心ではいられない。
前髪を切ったなんていうほんの少しの違いにすら気づいてくれるのは彼のいいところだけど、それとこれとは話は別だ。

「ねえ、ほんとやだ」
「わー! ごめん、ごめんって! チューしてるときの顔とか俺しか見らんないじゃん? って思ったらつい……」
「もーやだ、無理、もうしない」
「そんなあ! ひでーよなまえちゃん!」

恥ずかしくてちょっと嫌なのは本当だけど、本気で嫌なんて思ってない。電気のしゅん……という漫画的効果音でも聞こえてきそうな表情がちょっとかわいくて、わざと言っているようなところはあった。

「なーんて」

そこから一転、舌舐めずりをしたかと思えば手首を捕らえられて視界には天井と、電気のしてやったりな顔がある。

「なまえがしねえって言ったって、俺からこうやってすればいいもんねっ」
「〜〜っ、もう……!」

動きに無駄がないところはさすがヒーロー科名門生といったところ。わたしが少し身体を揺らしても逃れられないし、多少鍛えたところで男女差は埋まりにくい。それに、本気で嫌なわけではないことが仇となって、電気にとってはわたしの抵抗など猫パンチレベルだ。

諦めて再び電気の唇が落ちてくるのを待とうとしたところで視界の端に、ローテーブル──の上にある自慢の愛用機が飛び込んでくる。まさかの、画面が映し出された状態で。
今のじゃれ合いの衝撃で、どこかボタンかマウスパッドに触れてしまったらしい。電源を切らずに横着してスリープで済ませた自分を思い切り責めたい。

「ちょ、待って、電気」
「だーめっ、待ったはナシ!」
「お願い、ほんとに待って」

よせばいいのにわたしの視線はもうそっちにしか行かないものだから、電気までそちらへ顔を向ける。

「消せばいーの? アレ。やるよ」
「あ、待ってほんと自分でやるから、おねがっ」

わたしの制止もむなしく、ベッドから降りた電気くんがノートパソコンを覗き込む。
なにこれ、と言った電気の目に、先程のまま開きっぱなしだったメモ帳アプリが映し出されていない訳がなかった。

「メモ帳? だよな、これ……なまえが書いたの?」
「ちがっ、あの……!」

違わない。違わないのだ。よりにもよって彼氏に、そんなものを見られてしまうなんて。でも、誰ならマシだったんだろう。せめて開きっぱなしになっていなければ、なんて思ったところでもう時すでに遅し、だ。もう止める気力も失せた。完全に引かれたよね、悪い意味で──とベッドの上で完全に力を抜き、顔を覆い隠した。

「すげえじゃん、こんなん書けんの!? 天才だな!」

思わぬ全肯定に恐る恐る電気の顔を再度見やる。キラキラの眩しいくらいの笑顔でこちらを振り向くので、どうやら引いている、ましてやわたしのことを嫌いになっているようではなくて胸を撫で下ろした。そうか、最初のほうならまだ「エロ」の「エ」の字も出てこない。わたしが小説に於ける前置きをしっかり書くタイプでよかった、と妙な安心を覚えた。
最初から読んでいるのなら今すぐ中断してほしくて、ベッドのスプリングを利用して勢いをつけて起き上がる。

「も、もういいでしょ……おわりっ」
「いや、すげえよ……マジで」

後ろから腕ごと抱きついてみても、関心した様子でスクロールする手を電気は止めてくれない。しっかり読み込んでいるらしい、本当にやめてほしい。さっきのキスとは訳が違う。今回は本当の本当に「嫌」だ。

「……ん? これって」
「電気、もうほんと、勘弁して……」

また何かに気がついたようにぼそりと口にする電気に対して、答えになっていない言葉を消え入りそうな声で吐くしかできない。断頭台にいる気分で電気の反応を待つ。

「え、エッロ……マジで?」
「……う、っ」

泣きたい。音読されないだけマシ、引かれなかっただけマシ、と幾つか「マシ」の中でも最下層な事象を並べて気持ちを落ち着けようにも無理だ。泣きそう。電気のあったかい背中に身を預けて現実逃避するしかできない。

「……あの、なまえは」
「うう……なに」
「いつものカンジじゃ……不満? なの??」

なんでそうなる、と心配そうにこちらを振り返る電気に思わず顔を上げた。抱きついていた腕も緩む。
いや、よく考えたら彼女がこういう小説を読んだり、ましてや書いていたらまずそこを心配してしまうのは、当然なのかもしれない。いつもしているエッチが不満なのでは、と。男性の場合は彼女とエロ本は別腹、という前提が浸透している気がするけど、女のそれは男性にとって未知だろうし。

「3人で、とか……してぇの……?」

短い眉を垂らして、目から涙を滲ませながら電気が問いかけてる。違う、違うの、と浮気がバレた人のような言い訳が頭を過ぎって少し笑いそうになりながら、なんて弁解するかを考える。

「違う、あの……ただの創作で、趣味だから」
「そうさく? しゅみ?」
「そう、実際したいこととはまた違うっていうか……」
「じゃあなんで後ろから女の子触ってる男、俺みてーなチャラめの金髪なの?」
「う、それは……たまたまだよ」

そこを突かれると痛い。幾ら願望とは別、と言っても無意識に好みが出てしまっているのかもしれなくて余計に恥ずかしい。もちろん、好みだったというだけで電気が好きなわけではないと断じておきたいところだけど。

「電気、お願いだから忘れて……」
「いや、忘れらんねーっしょ……正直、なまえがこういうの書いてるって思ったら勃ったつうか……」
「……っ、この変態!」
「うぇ!? さすがに人のこと言えなくない!? 俺泣くよ!?」

電気らしからぬ、と言ってはとんでもなく失礼だけどそんなド正論にぐうの音も出ず、俯く。居心地悪そうに頭を掻く電気が、悪かったよ、とぽつり。

「勘弁してって言ってたの、無視して読んだの俺だからさ」
「……イヤじゃない? こういう彼女」
「なわけねーだろ。……また書いたら見して」

自分の心配ばかりしているわたしに反して、穏やかに笑う電気に安心してしまったのは本当だし、本来なら別れを告げられてもおかしくない趣味を否定しないでいてくれたことで勢い余ってその胸に飛び込んだ。またひとつ、電気の好きなところが増えてしまった。
また書けたものを見せてっていうのは勘弁してほしいものだけど。

「つーか今度さ、俺となまえちゃんでこーいうの書いてよ」
「ぜっっっったいイヤ!」
「えー!なんで!」

ブーブーと唇を尖らせる電気を無視して再び胸板に顔を埋める。
電気が言うような内容は付き合う前の片思いだった頃、既に完全な願望として書いたことがあるっていうのはまだ暫く──できれば今生の秘密にしたい。



20211023


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