※銀時←夢主
辰馬を身代わり(?)にして抱かれる話




ほんとうに好きだった。どうしても彼に愛されたかった。なんなら今だって好きなんだ。でももう、振られてしまったのだから諦めるしかない。いくらわたしには彼しかないと思っても、彼にはわたしじゃだめだったのだ。
こちらが一世一代のつもりでやっと好きだと伝えたのいうのにどうだ。「俺らってそういうんじゃねーじゃん」──そういうのってどういうのだっていうんだろう。
そりゃあ知り合って長かった。友達関係になってから長くなってしまって1ミリも色っぽい空気にならなかったけど、それを打破したくて行動したつもりだったんだよ。それなのに。

「『妹みてーにしか思ってねェ』ってなに……」
「それはおまんに色気がないきや」
「あんたそれ励ます気あんの……」
「おっちゃんビールおかわり頼むわー!」
「おい無視すんな」

たまたま江戸にいたというこの男を呼び出したのはわたしだし、普段社長という立場で全宇宙を飛び回る忙しい身にもかかわらず自棄酒に付き合って貰っておいて文句なんか言いたくないけど、こいつの能天気さにはなにか言ってやりたくもなる。どう考えても失恋の痛手を負った女にする態度ではない。ただ、笑い飛ばしてもらいたくてこの男を選んだのも確かだった。
注文されたおかわりを木製カウンター越しに、おっちゃんが手早く隣にいる声のデカイ人──辰馬へ威勢よく手渡し、彼は残っていたほうを飲み干して空のジョッキを代わりに渡していた。酔いたくてたまらないはずのわたしよりハイペースで飲むもんだから、焦ってしまってわたしも慌てておかわりを注文した。

「やけんどまあ、銀時も勿体ないことしちゅう」
「なに、急に」
「色気はないが、守っちゃりたくなる女ぜよ」

急にサングラスの奥、蒼い瞳からほの暗さが色濃くうつる。さっきまでのふざけた風情が一転していた。ジョッキを片手に、空いたほうの手がわたしの髪をするりと撫でる。

「……ひとこと余計だっての」
「照れちゅうか?」
「んなわけないでしょ」

虚勢を張った。正直いうと相手が辰馬とはいえ男性にそんな、守ってやりたいなんて言われるのはそう滅多にないことだったから。自分でもかわいくない女だとは悲しいくらいに解っている。なんでこう、銀時に思って貰いたかったことを辰馬が言ってくれちゃうんだろうね。



「うう〜……きもちわるい……」
「慣れないペースで飲むからじゃき」
「酔いた、かったの……」
「おーよしよし、吐くか?」
「…………だいじょう、ぶ……」

店を出るなり近くの電柱に寄りかからざるを得ない。辰馬がずっと背を摩ってくれているものの、全然楽になってくれない。大丈夫って言ったのに、全然大丈夫そうな声にもならない。吐き気はないけど、ずっと胸や胃が苦しく、立っているのがしんどい。ただの酔っ払いでしかなくて笑える。笑えないけど。

「どっかで休んで行くかのう」
「……どっか、って……?」
「なあに、なんもせんから。休むだけちや、安心しとうせ」

なんだかすごく聞いたことのある文言だけど、それを拒否するほどの余力はなかった。いま辰馬の肩を借りて寄りかかるので精一杯なのだ。安心しろって言ってる事だし、大人しく着いて行けばいいよね──


「……あんたはなにをしてんの?」
「苦しいろ? 帯を解いちゃろうと──」
「アホか」

そして大人しく着いて行った結果がこれである。
寝転ばされたところは恐らくクイーンサイズの寝台だし、視界に入ったテレビの下にはこういうところでしか見たことのない小型自販機が設置されている。連れ込まれたのだと、酔っ払った頭でも充分に理解ができた。なんもせんから、なんて常套句じゃないか。

「自分、で脱ぐから……」
「遠慮するな、大人しゅうヤられておけ」
「……そこだけ片仮名にしないでくんない」

抵抗する元気なんてなくて、されるがままに慣れた手つきで着ているものを脱がされてゆく。たしかに襦袢姿にまでなれば身体を締め付けるものが減って、先程よりはずっと楽になった。

「水、いるかの?」
「いる……」

やっとのことでちいさく答えると、辰馬がテレビの下からペットボトルの水を取り出しているところになんとか起き上がって、ありがとうと手を伸ばした。ところが辰馬はボトルを開けてもこちらに寄越すことなく自らの口に含み、わたしが伸ばした手を握るなり唇を奪った。

「ん! っ、んう〜……!!」

空いたほうの手で胸板を押し戻そうとしてもそんなの糠に釘で、せめて唇を閉じていようとしても舌で割って入られる。その隙間からぬるい液体が流れてくる。おそらく水だろうに、白濁としているのが見えるかのようだった。

「なに、すんの」
「起き上がれんなら、こうするしかなかろ?」

すっとぼけた顔で言いながら、ペットボトルを寝台の横へ置く。起き上がったけどな、わたし。──と言う機会は、わたしを抱きしめるなり再度唇を合わせる辰馬によって奪われた。

「……っ、は、う……ん」

頭がくらくらしてくるのは、酸素が足りないせいだって思いたかった。厚いくちびるとぬるい舌が、支配していくみたいに口腔をなぞる。けっして乱暴ではなく、そっとこちらを窺うように蠢くから、元々力が入らなくなっていた身体はますます言うことをきいてくれない。広い肩にしがみつく以外にできることはなかった。

「なんもしないって、言っ、……た」
「わしゃ、そがなこつ言うたかのう」

離れてからやっとそれだけ抵抗をみせると、そう開き直るように笑う。呑気にバカでかい声でアッハッハなどと笑う声と、揺れるもじゃもじゃ頭が憎らしい。散々その憎らしい男の唇で、声で、体を熱くしているわたしさえも。
辰馬のおっきな手が、もう遠慮などなしに襦袢越しの肌を這う。そのたびに情けなく小さな声をあげてしまっている。
襦袢も意味を成さなくなった頃には腿の付け根が蜜を垂らしていることくらい、自分でわかっていた。

「色気がない言うたの……なしじゃ」
「なん、で……っ、あ」
「おんしゃ、まっことスケベやき」
「……バカ、……んんッ、あ」

その発言を覚えてるなら、もっとあとの「なにもしない」だって覚えててよ。──というのも引っ括めての「バカ」だったが、伝わる訳もなく。
辰馬の頭がわたしの脚の間へ潜って、だらしなく涎を垂れ流すそこを舌が転がしてゆく。と同時に中を刺激する指先に、中心から溢れ出す熱がひたすら脳天まで向かってくるのがわかる。もう辞めさせる気にもなれずにひたすら、与えられる快楽に身体を融かすのみである。

「あ、やだ、辰馬っ……ああ、だめ、っ!」
「こがに指きつう咥えこんじゅうが、……やめて欲しいか?」
「んん、むりっ、あ、いきた……い、の! おねが、い」
「……任しときい」

ざらついた舌で陰核を撫でる感触と、ひたすらに指の腹で膣壁の或る部分だけを突かれてしまえば、わたしは呆気なく昇りつめていった。
ふう、とひと息つくと辰馬がサングラスを外し、着ていたものを脱ぎ始める。わたしのこと、抱く気なんだ──といまさら実感が湧いて、逃げたいような思いで熱くなった自らのからだを抱きしめる。
さっきみたいな、仄暗い紺碧の瞳が怯えるわたしを映す。そこからまた気を紛らわせようとしたのかなにも考えてないのか、いつもの軽口を叩くような顔つきで、脱いだものを適当に散らかしたまま言う。

「わしゃ銀時よりデカいき、おまんの身体がもつかのう」
「忘れさせてくれるならなんでも、いい」
「……そうか」

銀時のそんな情報、自分の目で見る以外に他人から齎されたくなかったな。──潤んだそこに押し込まれようとしている熱杭を受け入れながら泣きたい気持ちで、唇を重ねようとしてくる辰馬にしがみついた。さっきから苦しいのは自称デカいらしいサイズだけのせいではないけど、それだけのせいにしてしまいたかった。


「……っ、今は、銀時のかわりにしてええぜよ。どうせ同じ髪型やき」
「……色が、違うじゃん」
「そうかァ、……ん、く」
「ぜんぶ……、違う、の……っあ、く、はあ……あ、っ」

言われたそばから掻き抱いた頭の毛質がかたくて、銀時の髪はもうすこし柔らかいんだろうなって思ってしまった。かわりにしていいと言ってくれているのに、さきほどから鼻腔へ漂ってくる檜のような香の匂いとか、骨格だとか、うわずった吐息も瞳も髪の1本1本に至るまで全部、あの人と違うんだってことを思い知らせてくるのだ。
それなのにわたしの身体ったら正直で、与えられる性感や快楽に真っ直ぐに反応する。背を仰け反らせて身を任す。瞼を閉じたって、好きだった男の顔すら浮かばない。

「むり、気持ちい、たつ、ま……っ、あ」
「なまえ、っ……う、んん」
「辰馬……っ、たつま、ひ、う」
「まっこと、めんこいの……なまえは、っ」

うすく開かれた目がやさしくて、愛しいものを見るみたいにわたしを見つめる。
結局、身代わりになんてできない。目の前にいるのはどう見たって辰馬だし、どこに共通点があろうともあの人とは結びつかなかった。

「ごめん、っ……辰馬、あ、いく、〜っっ」
「っ、なまえ……! ……く、っは」

なにに謝っているのか分からないけど、言いながらわたしは身体を震わせて身の置き所のない快感を迎えたのだった。
かたくわたしを抱きしめる腕が熱くて、そのまま心地好く微睡んでいたくなる。ひと眠りしたらなかったことに──は、ならないよね。
霞んだ意識のなかで、忘れたいことが増えてしまった、と苦笑する。あんな、わたしを見る時の目なんて知らないままでいたかったな。愛惜を含んでいるように思えたのが気のせいかどうか、こんなに気にしたくなんかなかった。



20210712


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