※MD5(まじで抱かれる5分まえ)までの話 
※現パロか原作か分かりにくいのでお好きに解釈願います





「コンビニ寄ってっていい?」
「う、うん」

いつもの店で晩御飯を済ませたあと、車に乗り込んでこちらを見るでもなく言った退は慣れた手つきで車のエンジンをかけ、シフトレバーをドライブに切り替えた。

「疲れてない?」
「ううん、退は? 運転かわる?」
「いーよ、運転好きだし」
「そう」

車窓から眺める景色がすごいはやさで流れていく。陽はとうに暮れて、でも帰るには早いし寂しいしで口数も少なくなってきた頃。たぶんこのまま普段通りならわたしの家まで送り届けてくれて、かるくキスでもして解散だろう。停車中に手を繋いでいたり、バックするときに後ろを見るたび首の筋が浮く様子にいちいちドキドキしながら、何度もそうしてデートを重ねてきた。
運転する退の横顔は限りなく真っ直ぐ前を向いていて、わたしの寂しさなんてきっと見えていない。本来可視化できないはずのものがわかるほど長い付き合いでもなかった。わからなくていい。わたしがここ最近のデートで、鞄の中身をいつ泊まりになってもいいように整えてるなんてことも知らないままでいいのだ。

よく見慣れた、数字の7をモチーフにした看板を見つけるなり駐車場へ入り、停まった。わたしも飲み物を買おうとシートベルトを外す。鞄を持とうと持ち手にかけた手が、そこで握られた。

「ねぇ、なまえ」

なんてこれまでで聞いたことのない甘えたような、それでいて平坦な声が耳に落ちる。

「今日、帰んないでほしいんだけど」

その言葉の意味するところは、ここ何回かのデートでわたしが待ち侘びてたことだ。こういう誘い方、するんだ。──想像していたよりずっとストレートなそれに思わず面食らった。
わたしの手を握った退の筋張った手も、乾いたくちびるも、すこし熱を含んで掠れた声や、瞼が被さったちいさな瞳だって、そのすべてがはっきりとわたし自身を貰うということを示していた。

コンビニで飲み物どころかお酒だったりを購入して出てからはさらに口数が減り、互いの緊張で車内という密室を埋めつくしていく。外の夜風まで聞こえそうなほどの静けさだった。
なにも考えられないなりに車窓から見える景色を眺めていると、どうもこのあたりはそういうホテルが多い地域らしく、ひと目でそれだとわかる建物が点在していた。


「ねえ、あれがいい」
「あそこ?」
「うん」

わたしが指差した先。「555」と書かれた、ラブホテルなんて呼ぶには少し古めかしく、連れ込み宿というほうが適切といえるそれ。指定するんならもう少し洒落たところのほうが可愛げがあってよかったのかもしれないけど、ただでさえ緊張してるのだからより拍車をかけるような場所にしたくなかったというのが本音だ。

到着してみると、部屋それぞれに車庫が繋がっていることがわかる。停車するために退が車を後退させている間、なんとなく気になって鞄の中からリップクリームを取り出して塗りなおす。あまり深く考えずに買った安っぽい果実の匂い。
そうしてる間に思ったより早く車が停まると、運転席から注がれる視線に顔を上げた。リップクリームの蓋を締めるまえに、帰んないで欲しいと言ったくちびるを思い出して、「塗る?」ときいた。

「うん」
「……、動かないでね」

頷く退の顎に手を添え、数ミリ繰り出したクリームをうすく滑らせる。キスよりよほど色っぽい行為に思えて、リップクリームを鞄にしまうなり俯くとわたしの頬を包み込むように手が伸びる。

「さが……、っ」

そうして塞がれた唇から、呼びかけた名前は溶けた。果実の匂いが重なって香気を放ち、媚薬でも嗅がされているような錯覚を起こす。
退とはそこから先の感触をしらないけど、これから知らされるということを否が応でも期待してしまう。上から重ねた手に力を込めれば、頭ごと掻き抱くように退の手指に力が籠もる。

「……ん、っさがる、ぅ」
「っ、……」

入り込んでくる舌がこれからの行為を一気に連想させて、身体の中心から溶けだして来るものを感じる。こんな誰が見てるかわからないようなところで、貪るようにねっとりと舌を交わらせるわたしたちには、車の外なんて──否、お互いのことすら見えていない。

「はやく……、部屋いこ」

先に辛抱たまらなくなってそう言ったのは、どっちだっただろう。



20210709
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Special Thanks:才田さま


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