「ただいまー……アレ?」


帰ってきてすぐさま出迎えてきた男に、おかしいと感じた。とにかく異様である。
合鍵を渡しているから、ここに退がいること自体はなんにも奇怪ではない。そう、退なのだ。だけど、姿かたちが知らない人すぎる。

「いい女だと思ったら……なまえじゃねぇか、あん?」

古いナンパか? ──というツッコミは置いといて、話し方まで風変わりしてしまっている。一瞬こそどちら様かと聞きそうになったが、顔立ちや声が変わってないことに気がついたためにそうしなくて済んだ。
わたしのことはとりあえず認識したままでいてくれてるらしい。だからこそ家まで来てくれたのだろう。ただ少なくともわたしのしっている、人よりすこーしばかり地味なだけのいつものやさしい彼ではない。

「さがる…??」
「ジミー山崎様だよ、あん?」

語尾が漏れなく「あん?」である。あんパンを摂取しすぎるとこうなるのか? んなわけあるか。
食べるもので幾らおかしくなったって、髪の色が金髪になって右側の髪を後ろに流して、着ているものが平隊服から隊長服になるなんてこと、あってたまるか。百歩譲って隊長格へエクストリーム出世したのだとしても、腕を捲って胸元をひらいて、なんて着崩し方をあまりするような人ではなかったはずだ。夏に袖をぶった切って着てたことはあったけど。

「なんて格好してんの……」
「イカすだろーがよ、あん?」
「いや、あの……なに、イメチェンなの?」

見た目がヤンキーになっただけでなく幾分か怒りの沸点が低くなったらしい退は、わたしがそう問いかけるなり青筋を立てる。あ、ほんとにブチッて音するんだ。

「何年前の話してんだ! それは俺がまだチェリーだった頃の話だろうがあァん!?」

いつの間にか背後は壁で、わたしはもう身動きが取れない。
手をあげてくるなんてことはないものの、ひとたび大人の男に怒鳴りつけられてしまうと条件反射みたく肩が震える。カツアゲされてる気分だ。けっして低くはない、聞き慣れた声だとしても。内容が例えチェリー云々でも。
因みにこれは余談だが、わたしのよく知る退はチェリーじゃなくなってからもいつもの姿のまま変わってないはずなんだけど。余談終わり。

「嘘だって思うんなら、確かめてみるか? アンタの体で」

この状況で、急に腰周りをすっと撫でられ肝が冷える。怖いはずなのに、ぞくりと背骨を駆け抜ける寒気が、恐怖と違う類のそれであることに気がついてしまった。

「……っやだ、まって、っ!」
「いい表情(カオ)すんじゃねぇかよ、あん?」

大好きな彼と同じ造形をした顔が、こちらを見つめる。獲物を狙うみたいな目。──同じだ。普段はエロいことなんか知りませんって顔して、こういうときだけ急に蠱惑的に笑ってみせるのだ。怯んでいたくせに咄嗟に、その目を、表情を恋人のそれに重ねていた。イカすっていうか、格好が良いのは……否定しない。
普段は殊更に優しさを携えているはずのそれらが、獰猛さに取って代わられている様子にいつになく妖しく映る。

「ん、っ……」

噛み付くような口づけで壁に後頭部がぶつかる。口腔内を厚い舌がひたすらに這い廻り続けていた。見た目がこんなに変わってもわたしが呻いてしまうポイントは抑えているあたりが、同一人物であることを思い知らせてくる。かと思えば今度は乱暴に上半身を肌蹴させるので、戸惑ったらいいのか羞恥したらいいのか混乱してしまう。
今度は首筋を舌がなぞり、徐々に歯をたてられたことで、痕を付けようとしていることがわかった。

「っ、あ! 痕……ッ、だめ」
「あん? 知らねーよ、なまえは俺のモンだろ」

ちゅう、と容赦なく歯の間から吸いつくされるとまるで食べられてしまうかのようで、腹の底がらじわりと漏れ出る何かを感じた。こ、こんなに有無を言わさないなんて、聞いてない!
普段より早口に聞こえるほとんど吐息みたいな声に、ダメと言ってもこうして各所につけられる紅。やや性急に襟元の合わせから入ってくる熱いてのひらに、正直言うと悪い気はしなかった。

「ンん、ぅ、……や、ぁ」
「なァ、……嫌かよ? あん?」

散々静止するのも聞かずにいた癖に、ここにきて問いかける声はどこまでだって甘い。いざ聞かれると黙ってしまうわたしも、弱い。
太ももに押し付けられた杭はとっくのとうに、わたしへの欲を現している。これまでに幾度となく、それを入れられることで得られる腰が抜けるほどの悦楽を知らされてしまった。故に、屈してしまう。視界にはいる景色には、まるで浮気をしているような罪悪感さえ催すのに。

「……い、いやじゃ、ない……」

わたしが答えると、片側の口角を吊り上げる退の満ち足りた顔。こうなることが解っていたと言わんばかりだ。

着物の帯や紐を解き、裾を捲りあげると胸許へくちびるを寄せ、舌で撫でる。そうしながら器用にパンツの中を指先で捏ねくり回す。

「ハッ、やっぱ好きなんだろ……乱暴にされんの。あん?」
「ぅ、……違っ、あ、んン」

退は本当に愉快で堪らないみたく、わたしを辱めることに興ずる。気づかないうちに指がもう中まで満たしているし、内壁をぐりぐりと指の腹で嬲られてはたまらない。

「っ、やン、ぅ、あ! っあ」
「ここも、キッツキツじゃねェかよ。あん? っ、あークソ、ハメてぇ……」
「は、ぁ……、っう、ん! 」

もう我慢ならないと言った具合に、退がカチャカチャとベルトの音を立てながら煩わしそうに隊服のズボンをトランクスごと半端に下ろす。ぶるりと勢いよく上向いた先端を、無意識にじっと見てしまっていた。思い返せば付き合ってきた期間分、これのせいで骨盤が広がってしまった気さえする。それにわたしったらもう、これが欲しくてたまらないんだ。
すっかり力が入らなくなった身体を壁に寄りかからせ、その時を待つ。繋がるのを待つこの高揚感は、いつまでも慣れそうにない。
退が腕をわたしの膝裏に差し入れ、腿を高く上げる。わたしの重ささえ腕で支えることが出来るのは、やっぱり小柄に見えても──今日は態度のせいかそう見えないが──男の人だからなのだろう。こういう時に何らかの形で見せつけられる性差にまた、身体の奥が締め付けられる想いがした。
知らぬ間に下着は取り去られていた。無理やり滑り入るようにあてがわれる塊を、ぎゅっと目を閉じて待った。

「あ、あ、っんあ゛……!!」
「……っ、ぅく、!」

無遠慮に深くまで収まると、息付く暇もなく奥と手前を行き来する。耳元でざらついたような呼吸が、熱く甘く鼓膜を刺激していた。
腕を退の背後に回せば、熱を持った肌がじかに伝わっていく。
腰周りを抑え込んで一見めちゃくちゃに動いているようで、さっきからずっとわたしが声を上ずらせてしまう箇所に集中して先端で摩擦し続けていた。

「や、あ゛ぁ、おっき、ぃ……っ」
「っっ、あ゛……なまえ、気持ち、いいか……っ、あん?」
「いい、きもちいいのっ……あ、ぁ、はぁん、っっ」
「ぁははッ、だろうな……!! ぎゅうぎゅうに……っ、締めやがって……! あん?」

猛り狂うものがびくりと反応する度、動く度、中が絞り出さんばかりに蠢く。形がはっきり解るような錯覚を起こすほどに。
退がまたわたしの唇に喰らいつく。わたしのこと、骨の髄まで食べてしまう気なんだと思い知る。
溶けるみたいに身体が熱い。視界も明滅するように朧気になってゆく。あがる声が、退の口腔内へと消える。

「ん、ぅ、ンん゛……、っ」
「こん中……ぅ、ザーメン、っ出してやるからな、っ……!」
「んッ、いい、いい、っからぁ、!」

ダメ押しと言わんばかりに太腿を押さえつける手の、親指だけで秘芽を撫で始める。知り尽くされている、そう感じた。体のすべてが熱くてこれではもうすぐに、気を遣ってしまいそうだ。

「だめ、ぁ、っあ゛、イク、イくから、もぉ、はやく、出して、っ」
「言われんでも、っ……、くれてやらァ……!」
「さがる、退、っ……! ……!!」
「なまえッ、あ゛、出る、っ」
「あぁ、あ!」

どぷ、と最奥で勢いよく吐き出されるのをわたしは目を閉じて受け入れ、しがみついたまま身体を震わせた。
つい流されるまま、でも大好きな退だって思ったから抱かれてしまったけど、これは浮気したことになっちゃうのかな。




20200725
20220920 最後だけ修正


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