※出会い系アプリの話
※愛あるかないかわかりにくい




最近はスマートフォンさえ持っていれば何だってできる時代になった、と改めて思う。少なくとも、これさえあれば暇な時間をどうするかで困ることはない。

ただ、暇な時間があると人間、スケベなことを考えるって昔のドラマで聞いたけどまさにそう。正直な話、かなり欲求不満だったりする。彼氏は少し前に別れてしまったし、暫くそういう相手はいない。自分で慰めるのもそろそろ飽きてきた。人肌が恋しい。するとどうなるか。
そういった相手を探すことも、この便利な端末で出来てしまうんだと気づいたのである。

──「こんばんは、今仕事終わりました。寝ちゃってるかな?」

その小さく薄い機械は、アプリの通知を画面上に表示していた。メッセージの主は、そういう相手を探そうとマッチングアプリを通して知り合った、顔も知らない相手である。そのアプリ上でメッセージのやりとりも出来るため、少しずつ今に至るまで会話を繰り返してきた。
その人のプロフィールアイコンに写真自体は設定されているものの、顔が写っていない。写っているのは首から下、着流しを纏った上半身のみだ。彼のことはだいたいの年齢や身長、職場が男ばかりで異性と出会えないということぐらいしか知らない。ただ、それはお互い様。わたしも同じような画像を選んでいたため、相手もわたしの顔を知らない。ただなんとなく話が合ってやりとりが不快でない程のペースで続いて、会うならこの人がいいなって思えるくらいに楽しくはあった。
わたしはすぐさま起きてるということと、遅くまでお疲れ様、といった旨の返信をした。何故ならもう日付が変わりつつある時間だったからだ。

──「上司の人遣いが荒くて、こんな時間になっちゃいました。明日休みだからいいけど」

やはりどこの職場も、上司という生き物は部下を良いようにこき遣うらしい。わたしも己の職場を思い出しては苦笑した。職場の人が嫌いとかではない、むしろ先輩も上司も信頼しているけれど。なーんか雑用ばかり頼まれる気がするんだよな。
ただ、明日休みなのはわたしも同じだった。偶然とはいえもしかするとこれは、チャンスなのではと思い至る。わたしも休みであることと、予定を伺う返事をしてみた。するとすぐに返事が返ってくる。

──「いいえ、なんにも。そっちはどう?」

それならば、と考える。わたしも予定は全くない。こういう知り合い方をして女からっていうのはサクラっぽいかなとも思ったけど、「わたしもなんにも。よかったら会いませんか」という返事をするべく指を滑らせていた。




──「時計台の下にいます」

待ち合わせの予定時間近くになると、目印になるような服装の情報と共にそう送られてきた。わたしはいつもより少し粧し込んで、待ち合わせ場所の近くにいる。
いざ時計台の下を見やる。多分、あの人かなっていう後ろ姿をどきどきしながら見つめてみた。
声をかけることを少し躊躇う。何故なら、気のせいというか思い違いであって欲しい予感がわたしの頭をよぎったから。知っている男性に、あまりにも背格好が似すぎているのだ。
遠目から、どうにか顔を確認できないかと立ち止まるが、やはり振り向いてくれそうにない。声をかけるしかないようだ。

「あの、すみません」
「……はい?」

振り返った彼を見て、目を見開いた。その予感は、気の所為じゃなかった。

「あぁ、なんだ。みょうじか」
「……待ち合わせですか? 山崎さん」
「ん、まあそんなとこだけど」

会話が進むにつれ、血の気が引いていくのを感じる。多分、休みの日に偶然後輩から声をかけられたんだと山崎さんも途中まで思っていたのだろう。
だって、ねぇ。こんなことってある? 出会い系アプリで繋がった相手が、職場の先輩(もしくは後輩)だなんてこと。
山崎さんも、そう答えてからわたしの服装を見て全てを察したらしい。この格好でいます、と先程写真を送ったばかりだったから。

「そういうことかァァ!!」

山崎さんが膝から崩れ落ちて言う。そのことから、やり取りをしていた彼が山崎さんであると認めざるを得ないのであった。

「……どうする? せっかくだし、ご飯でも行く?」

座り込んだまま目線だけこちらに向けた山崎さんがそう言うので、わたしはゆっくり頷いた。
今思えば、職場の先輩相手にとても恥ずかしいことを知られてしまった気がする。今まで話してた内容も……ちょっとイヤらしい話とかしていたし。そこはお互い様だけど。
ただ、事実がなんでも楽しくやり取りしていた彼に会うことが出来た、というのには変わりはなかったから。嫌な気はしなかったのである。


「ごめん、まさかみょうじだったとは……」
「いや……普通有り得ないことですから」

手近な食事処に入ってひととおり食事を済ませると、山崎さんが言う。
そう返事をしながら、有り得てたまるかと考える。この場合誰も悪くないし、かといって防ぎようもない。世間が狭過ぎただけの話である。みんなこういうことがあったらどうしてるんだろう。そもそも普通あるわけないか。

「誰にも言わないつもりだから、そこは安心して」

わたしも、口が裂けても言えない。特に屯所の連中には。もし相手が他の先輩──沖田隊長とかだったら、きっと自分のことは棚に上げて言い触らすに決まっている。なんならこの事実だって、職場の誰かに知られては良い笑いものである。想像だけでもぞっとした。相手が山崎さんで助かったかもしれない。
そこまで考えてふと、気になることがひとつ。

「あの、つかぬことを聞きますが」
「うん?」
「来てくれたってことは、山崎さんはそういうつもりだったんですか?」

こんなことを聞くのは野暮だろうが気になってしまったのだから仕方がない。呆気に取られたような顔で山崎さんがこちらを見る。そう、わたしたちが使っていたアプリ。マッチングアプリにも色々──婚活用とか、いわゆるパパ活用とか──あるけど、我々がこうなったきっかけのそれは所謂「大人の関係」の為のもので、会う=そういうことをしよう、ということになる。わたしは後腐れなくそういう相手を捜せたらいいな、と思って登録した訳で、山崎さんも同じなのかどうか気になってしまった。

「……みょうじは?」
「えっと……」

こういう時、なんて言うのが正解なんだろう。
正直な話この人となら、と考えていたのは事実だ。出会って何秒で即なんちゃら、は流石にどうかと思うけど、今日が楽しかったらそうなってもいいなって。
実際にはそれどころか出会って何年というレベルの話だったけれど。その何年の間で培われた山崎さんへの印象は、優しくて頼り甲斐のある先輩である。あとぶっちゃけルックスが好きです。誰でもいると思うんだ、どうこうなるとか考えないけど目の保養にしてる先輩くらい。そんなわけでこの人がどんな風に女の人を扱うのか元々興味はあったりして。その女の人、を自分だと想定したことはなくても。
それが、メッセージをやりとりしてて良いなって思った彼と同一なら、簡単に言うと嫌ではない。

「この人と、だったら……良いかなって思ってました」

まるで告白でもするかのような緊張で喉が渇き、お冷やを口にした。わたしにばっか、そうやって探るみたいに色々言わせるのってずるいなあ。

「それは嬉しいなぁ」

あまり表情を変えずに山崎さんは言う。喜んでいるのかよくわからない。余計にずるい。

「山崎さんは……来たのがわたしで、がっかりしてませんか」

いちばんこわかったのはそれだ。水が進む。そういうことがしたくて、いざちゃんと女と出会えるかもしれないと思った時。一応それなりに気合を入れて見た目を作り込んできたけれど、やっぱりわたしじゃ嫌かなって。

「こんなこと言っちゃあれだけど」
「はい」
「むしろ来たのがみょうじでよかったって、ちょっと思ってる」

それはどういうことでしょう、と考えあぐねていると今日はじめて山崎さんの手がわたしのそれに触れる。なんならきっと初対面から、ずっとそんなふうに触れたことはなかったのかもしれない。当たり前だけど、女のわたしよりずっと大きな手。わたしだって刀を扱うこともあるし鍛えてもいるけど、それでも体格差というものは明らかだ。

手を引かれるまま、少し早足で山崎さんについていく。向かう先は、わたしの記憶が正しければ淫靡なホテルが並ぶ地域だと思われる。まだ明るい時にこそういうところを歩くのは少し人目が気になるけど、辺りに見知った顔がいなくて密かに安堵した。
それより、山崎さんもそうしたいと思ってくれるんだって思うと少し顔が熱くなる。照れたらいいのか喜んだらいいのかわかんないや。
外観が比較的キレイ目なホテルの前に立ち止まると、帰るなら今だよ、とだけこちらを見て言う。なあにそれ、と急に笑えてしまった。帰るとしても、どうせ同じところに帰るのだというのに。

「もし帰ったらどうするんですか」
「べつにどうもせんよ。フラれたと思って泣くかな」

わたしがしっている屯所の部屋で本当に泣く山崎さんを想像して、また更にくすくすと笑う。こんな時でも無理強いはしない辺り、やっぱり職場のイメージと相違がなくて安心した。
返事の代わりに、わたしの手を握っているその腕にしがみついた。

ロビーに入ると、部屋を選ぶためのパネルが並んでいる。入りたい部屋ある? と聞かれたけれどお任せすることにした。現実感がないようなふわふわした頭で、パネルをタッチする山崎さんをぼんやり見ていた。ほんとに、これからしちゃうんだ。
エレベーターに乗り込むと、沈黙。密室の狭い空間。心臓の音まで響いてしまいそうだ。緊張が伝わっているような気さえする。

顔を上げると思ったよりすぐ近くに山崎さんの顔がある。あ、目が合っちゃった。そう気がつくとゆっくり顔が近付いてきて、ついには唇が塞がれていた。最初は触れるだけ、受け入れるように唇を開けば遠慮がちに舌が侵入してくる。わたしが受け入れてると分かるやいなや、その遠慮さえなりを潜めていく。絡まる舌が溶け合うかのよう上唇や舌をなぞるみたいに舐め、吸う。合わさった唇の隙間から吐息が漏れ出た。まるで溺れていくみたいで、この場所がもう少し広かったらきっと立っていられない。ぞわぞわと背骨の芯から痺れるようで、部屋に入るまえなのにもう既に……気持ちがいい。

「ああ、飲み物とか買わんかったね」

離れた時にはなんてことないみたいにそう言うから、わたしだけがひどく感じてるみたいで余計に恥ずかしくなった。

「ん……ふ、むぅ、っ」
「は、……舌あっつ……」

部屋に入ってすぐ、ベッドに組み敷かれるとエレベーターでのそれより深く激しいキス。酸素が足りなくて、舌どころか身体全部が熱を帯びてく。わたしばっかり、って思ったけど山崎さんがわたしに触れる手だってすごく熱い。もしかして山崎さんも、わたしで興奮してる?

「くち、開けて……、っ」
「ん! ……ッ、んんっ」

わたしが苦しいのを知ってか知らずか、キスしてるあいだに慣れた手つきで着物の帯が解かれていく。そっか、山崎さんって女の着物なんて仕事で自分でも着るから、脱がせるのも簡単なんだろうな。それとも、事実脱がせ慣れてる?
わたしはと言うと、直接触れる他人の肌が久し振りの感覚で、より敏感になってくのが解った。
それになにより、ずっと太もも辺りに擦り付けられているそれ。堅くて、熱くて。入ってしまったらどうなっちゃうんだろうって今から想像してしまう。そうしてる間に山崎さんの手が、わたしの脚の間へ辿り着いた。下着の上から、ゆるゆると撫でるみたいに指で撫でられる。今もうきっと、すごく濡れているんだって自分でわかってる。

「キスしかしとらんのに……すごいね、ここ」
「や、っあ、だめっ」
「ああ、溜まってんだっけ?」
「……っ、!」

今このタイミングで、最近までしてた会話を持ち出されたせいで羞恥がわたしを襲う。
そんなわたしとは裏腹に淡々と着物や下着を脱がせていく。これだって、可愛いって思って貰いたくて着てきたのに──そんな考えも、ナカに入ってきた指によって溶かされることとなる。どこがイイかって探し回るみたいに、奥を押してみたり擦ったり。丁度中でも敏感な箇所をぐ、と押されるとわかりやすく悲鳴を上げてしまった。

「ひ、ッあ……!」
「ここ、気持ちい? すげェ締め付けて……えっろ」
「ゃん、ぅ、っく、あぁ」
「早く入りて……いい?」

入口のかたく尖ったそこと、中の敏感な箇所を同時に刺激されてしまうともう、聞かれたことにすら答えらんない。
入れたいなんて思って貰えてるなによりの証拠に、さっきから当たってたそれがより硬度を増している。それがとっても愛しくて、嬉しい。

「はやく、ください……ッ、山崎さん、のっ」
「ははっ、やらしー顔。……可愛い」

しゅる、と着ていたものを脱ぎ捨てるようにして山崎さんの身体が明るみになる。
前からそこに押し当てられる熱に期待をするように、花芯からぎゅっと収縮していく。ちらっと横目に見たそれは今までに見たことないくらい大きく凶暴ささえ感じられ、普段の優しいイメージにはそぐわない。

「あ、やっぱりあっち向いて……手ェついて、そう。いい子」

気が変わったのか言われるがままにすると、後ろから頭を撫でると共に耳にキスをされる。

「後ろっからが好き、って言ってたもんね? なまえちゃん」

だからほんと、アプリで話してた内容いちいち覚えてるのずるいってば! それに、優しいのは今までと変わらないけど、こういう時ちょっと意地が悪いっていうのも。
名前で呼ばれたことなかったんだって、呼ばれてから気がつくと同時に中に押し入ってきた大きく堅いそれ。自分でする時だって刺激し切れないとこにまでぎちぎちに埋まって、待ち望んでいた圧迫感ですでに頭はパンク寸前。今みたいに腰を掴まれていなければ、前のめりに崩れ落ちてしまいそう。

「すげ、キッツ……っ、あ」
「やだ、っひ、おっき……やまざきさ、ぁん」
「こんなことまでしといて……っ、そんな風に、呼ぶの?」

たしかに、変な話かもしれない。大して考えることも出来ないアタマで、そう思う。お互い裸を晒して恥ずかしいことをしているというのに、呼び名だけいつまでも他人行儀なんて。おかしくてちょっと笑いそう。そんな余裕、とてもないけど。

「さがる、っあ゛、うん、ッッきもち、い……っ」
「っ、こんなに感じて……えっちだね……っ」
「えっちな子、っあ、んぅ、きらい……です、か?」
「ううん、っく、あ゛……すげぇ、好きッ」

耳元で気持ちよさそうな吐息と共に、好きだなんて囁かれてはまるで眼球のうしろあたりがチカチカと明滅するみたい。恍惚と法悦が交互に寄せては返してくる。ずぷずぷと出入りするそれが擦れるとこ全て良くって、もう限界もきっとそう遠くない。

「そんなえっちななまえのナカ、っぁ……出していい、?」
「ぇ、ダメぇ……っっ、そんなの、気持ちよすぎる、からぁ……!」
「ぁはは、そっち? ……ぅ、ッ」
「んんぅ、ぁ、だってぇ」
「じゃあ、いいよね……、っはぁ、出しても」

ナカを行ったり来たりする動きが早くなっていく。肌と肌、粘膜と粘膜がぶつかり合う音と、互いの吐息しか聞こえない。
さっき指だけで感じてしまったいいところだけを狙ってひっきりなしに擦り上げられるともう、出されるより先に達してしまいそう。現にずっと達してるみたいに身体が反応し続けている。

「あッ、だめ、イイのっ、いっちゃう、そんなの……、っ、ダメぇ」
「……っっ、どっち、だよッ……、く」
「あ゛ぁ! あ、ッひぅ、イく、いくの、あ゛、はぁっ」
「俺も、っあ、あ゛、ぁは……出る、っう」

早まっていく呼吸と鼓動。とうとう奥ギリギリまで押し付けられた先端が弾け、どくんどくんと生温い熱が広がってゆく。中に出てる、と認識したせいなのかわからないけど、より下腹部に力が籠る。つま先や腰が、呼応するみたいに震えた。

久しぶりだったからなのか、それとも深く達し過ぎたからか、体はもうぐったり。四つん這いだったその姿勢から、そのままうつ伏せに倒れ込む。骨抜きって、こういうことだろうか。
してしまった、と終わった余韻から現実味がふつふつと。後腐れなく、とはさすがに行かないだろう。それは、別にいい。相手が山崎さんなら。

「……後悔、してる?」

背後から抱きしめる山崎さんが、心配そうな声で言う。どんな顔で言ってるのか解らないけど、それに答えるとしたら返事はノーだ。
ただ、この1回で終わりになってしまうのなら、それは悲しい。わたしはやっとのことでかぶりを振った。

「いいえ。……ただ」
「ただ?」
「これが今日だけなんだったら、寂しいなって」

そう白状すると、肩に優しくキスが落とされる。

「じゃあ、今日だけにしなくていい?」

どういうつもりで言ってるのかはわからない。またしよう、とかそういうフランクなお誘いなのか、それともちゃんとした交際の話なのか。
どちらにしろわたしは頷かずにいられない。
ただし後日になってわたしは、とんでもない男にハマってしまったと頭を抱えるのであった。



20200509

そしてなんと、続きます


×