「職場では……隠した方が、良いのか?」
「どうなんだろうね?」

社内恋愛の経験がない為にどうしたらいいのかわからない。そりゃあ、わざわざ付き合い始めました! と報告する必要はないのだろうけど。

「一応、内緒にしとこうか……?」
「そう、だな」

良いのかダメなのかわからない時はとにかく現状維持に努めるのがいちばんだと我ら社蓄戦士は嫌という程学んでいる。トラブルの場合はこの限りでないが。
それに、わたしは内勤で彼は営業。社内でそんなにガッツリ一緒に仕事をすることもないから、盛大にオフィスでやらかさなければ気づかれることもないだろう。
そう話し合ってから数ヶ月が経つ。仕事以外の時間では名前を呼び捨てするのも、タメ口をきくのも違和感がなくなってきていた。わたしはともかく、彼──独歩は忙しいのでそこまで頻繁にふたりの時間を取ることは出来ていない。ただ、自分を抱いた男が職場にいるというのは全く目の毒だと思い知る数ヶ月だった。実は昨日、付き合い始めたあの時のように仕事帰りの独歩と飲みに出掛けてなし崩しにうちに泊まることになったのだが、どうしても視界に彼の存在があると昨夜の事を思い出してしまう。仕事しろ。
ちょうどわたしが真っ直ぐ前を向くと独歩のデスクが見える。外回りに行く前だからまだ本人もいて、客先に渡す資料などの準備をしているのがわかる。時々、昨夜わたしに触れた指先や腕、唇を見ては頬を熱くしてしまう。あの時と同じ服装で。これはいけない──と思った時だった。
独歩が席を立ち、こちらへ向かってくる。気のせいじゃなく、わたしのデスクに。なにかあったのだろうか。

「みょうじさん、今……よろしいですか」
「は、はいっ」

案の定声をかけられると返事すら少し強ばって、身体を硬くしてしまった。こんなんじゃ、ばれるのも時間の問題ではないだろうか。主にわたしのせいで。

「ここ、間違ってて……そんなに急がなくていいので、修正お願いします」
「あ、え、ごっ、ごめんなさい! すぐやりますっ」

渡された書類を見てミスを確認し慌てて了解すると、独歩が柔らかく笑った、ように見えた。それすらちょっとえっろ……とか思ってしまうのをやめたい。えろいのは恐らくわたしの頭だ。煩悩退散。

「それじゃ、よろしくお願いします。……外回り行ってきます」

ホワイトボードに羅列された社員の名前の、「観音坂」と書かれたところの横に客先のものであろう病院の名前を走り書きし、頭が大変寂しくていらっしゃる我らが課長にも声をかけ、オフィスから独歩は出ていった。それを見送り改めて書類を確認すると、わたしがミスをしたであろう箇所に独歩の字で朱書きがされている。それとから更に小さめの付箋が貼られており、これもまた独歩の字でなにか書かれていた。

──痕見えそうだから、これで隠しとけ。

「……っ、!」

意味が分かった途端、わたしは両手で顔を伏せた。付箋で押さえるように弊社製品の絆創膏が添えられているのが見える。その「見えそう」な痕が本当についてるんだとしたらそれをつけた張本人のくせに、と少し悔しい気持ちでわたしは絆創膏を持って席を外した。



「あん、っ……や」
「あの時、ここ丸見えだったぞ……本当、気をつけろよな。隠す気、あるのか?」

時は変わって花金の終業後。独歩がうちに来たいと言うので彼より早めに帰ることが出来たわたしは、大人しく晩御飯を用意しつつ待っていた。なんて健気な彼女だ。自分で言っちゃうけど。
ところがどっこい、いざ帰ってきたのは飯なんて後だと言わんばかりにギラついた彼だった。

「勝手につけたの、……っ、独歩じゃん……!」
「俺のせいにするのか? ははっ……気付かなかった癖に」

あの後、鏡を見たら想像以上にはっきりくっきりと首もとに痕がつけられていた。正面からだと分かりにくいが、少し上を向いてしまえば丸見えだった。気づかれていないかと今も尚ひやひやしている。最悪相手まで特定されなければいいが、社会人としてそんなものがついた首元を晒していたと思うと気が気でない。
それにしても──この人はどうにも、バレるかバレないかの瀬戸際を楽しんでさえいるように感じる。流石に会社近くでキスしてこようとした時は全力で止めた。困る。行動自体もだけど、嫌じゃないなって思ってしまっている自分自身にも。そんなことでは、いずれ本当に流されるがままになってしまうのに。

「濡れてる。気持ち、いいんだな……」
「っや、あ……ねぇ、独歩……」

蜜を垂らしたそこが、下着の上から触れる独歩の指を濡らす。さっきからずっと蕩けそうなほど舌で肌を攻められては、身体の中心からとろとろと溢れ出てしまう。独歩の気迫に押し切られてこうなっているものの、今や自らベッドの上で身を委ねて声をあげてしまっている。
今現在、部屋着として大きめのTシャツを着ているだけのわたしがそこをさらけ出すのは容易なことだった。すぐに下着を引き抜かれTシャツも脱がされると、唇を合わせながら指先で濡れたそこを撫で回される。

「んっ、は、ふ……ぅ」
「……っ、なまえ……可愛い、な……」

舌を吸われる度、独歩の吐息を聞く度に身体じゅうがじんじんして、頭の先から足のつま先まで力が抜けていく。気持ちいい。独歩が好き。大好き。気持ちいい──それしか考えられなくなる。
表情筋もゆるゆるに弛緩して、きっと今のわたしはだらしない顔。

「ほんと……いつ見てもえっろい顔……」

独歩の言う通り、物欲しそうに唇を開いたわたしがギラギラした瞳に映っている。
ぎゅっと抱き締められると、独歩も同じように興奮しているんだってわかる。だって、わたしのお腹あたりに堅くなったそれが当たるから。

「あークソ……勃ちすぎて痛ぇ」

苦しそうにズボンのベルトを緩める仕草すら色っぽくて、これからされることへの期待でどきどきする。ワイシャツも床に脱ぎ捨てられ、独歩の細く見えるようでちゃんと筋肉のついた身体がむき出しになる。

「欲しいか? これ」

勢いよく反り返って天を向く男性器を見せつけながら、独歩が妖しく笑いかける。そんなの、答えるまでもない。欲しいに決まってる。あれから何度も彼のそれを受け入れたわたしの身体は、それによって齎される快楽がどれほどのものかきっちりと教え込まれているのだから。

「お前さ、ほんと……仕事中も俺が悶々としてんの、知らないだろ……」
「……なん、で」
「この唇も、声も、胸も……ここも、なまえの全部が俺のこと欲しがる時、思い出して」

言いながら、指先で唇や喉、胸、蜜部をなぞり、ぐちゅりと音を立てる。

「真面目に仕事してるはずのなまえ、見て……抑え込むのに、必死なんだ」

中へと指が2本、難なく埋まっていく。奥の感じてしまうところを逃さず擦りあげるので、膝が震える。

「んぅ……っ、あ、あぁ!!」
「やばい奴だろ、俺」

──びっくりした。
わたしと全く考えてることが同じじゃないか。仕事しろ。いや、独歩は嫌という程してるわ。少なくともわたしから見て。わたしばっかりそんな風に悶々としてるようで恥ずかしいくらいだったのに。
同じことを思っていたと自覚すればするほど、奥が独歩の指先を締め上げる。熱く疼くそこは、もうとっくにずっと彼を欲しがっている。

「ああ、すまん……お預け喰らって、つらい……よな」

指が引き抜かれるとすぐに、それとは比べ物にならないくらいの質量が中を満たす。

「あ゛っ、んぅ……ぁあ、っ!」
「……っ、あー……すげ、気持ちい……」

奥でどくん、どくんと脈打つそれが子宮口まで隙間無く埋まる。もうわたしの中は、とっくに独歩の形に順応してしまっているようだ。ひくん、と入口が蠢いて根元からそれを包むように締め付ける。腰を掴まれたことで、律動が開始されるのだと悟る。

「独歩……っあ、わたしも……同じ……!」
「は、っ何が、だ……?」
「仕事中の、話……っ、ん、ぅあ……!」

恥を忍んでどうしても、伝えておきたかった。こういう時に伝えておかなければ、きっと素面では素直に言えないだろうから。

「お前……それ、今言うの……反則、っく、……!」
「や、ぁ……! 激し、い……あ゛、ぁん!! だって……っ、思い出して、すぐにだって……あぅ、欲しく、なる……、のっ!」

奥と手前に同時に当たるよう角度をつけながら激しく擦り上げられてはもう、意識を飛ばしてしまいそうだ。あまりの気持ちよさにこれではもう、身体のどこにだって力が入らない。

「あ゛、っは……なまえ、好きだ……可愛くて、っ、いやらしくて……好き、だ……う、くっ」
「わたし、も……独歩、すきぃ……ひっ、ぁ……大好き……」
「俺に……抱かれる、の……好き、か……?」

途切れ途切れに聞かれた時にはもうバカみたいに喘ぐしか出来なくて、ただ頷く。それから唇が塞がれるともう先程からイき続けてるみたいなのにさらに頭の中が真っ白になって、びくびくと腰が揺れたと同時に子宮口を白濁した飛沫が叩く。この感触も病みつきで、もっともっと、と思わずにはいられない。

「あー……また我慢、出来なかったな……」

ひと呼吸置いて落ち着いてから、独歩がベッドの端に座ってひとり呟く。

「なにが?」
「いや、あの……なまえを前にすると、どうしても……こう、抱きたくなって」
「……それは良くないことなの?」
「良くないだろ……セックスばっかりって、思われたら……本当はそうじゃないのに、好きだから……触れたいだけ、なのに、こんなんじゃそのうち嫌われて……」
「……独歩、わたしの話聞いてた?」

本当は最中の言葉なんて恥ずかしくて自分でほじくり返すなんてことはしたくない。でもこのままだと本当にネガティブスイッチ入ったまま戻らない気がするから。あとそろそろいい加減お腹空いたんだわたしは。

「独歩が我慢したって、結局今度はわたしが同じことするだけだよ」

脱ぎ捨てられたTシャツを身につけ、晩御飯の準備をしようと立ち上がる。そうは言っても温め直すだけだけど──と、思った矢先に手が握られ立ち止まらざるを得なくなる。
わたしを抱く時と同じ、獣のような目でわたしを見上げる独歩が、そこにいる。これは非常にまずい。こうなった彼は本当にしばらく離してくれないことも、最近になって思い知った。
晩御飯として作ったはずの料理たちが夜食もしくは朝御飯になってしまうことを覚悟しなければならないかもしれない、とひとり思った。



20190802


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