※長い


今思えば、社内の給湯室で軽率に恋話なんてものをしたのがいけなかったのだ。そのせいで今わたしは何故か営業部の観音坂さんに、ベッドで組み敷かれて身動きが取れないなんてことになってしまっているのである。

「で、誰が、女を襲う度胸なんかなさそうだって?」
「それ、言ったの……わたしじゃ、な」
「ああもう、うるさい」

ほんとに、わたしじゃないのに。観音坂さんは聞き入れてもくれずにそう言いかけたわたしの唇をねっとりと塞いだ。柔らかい舌が歯列を、わたしの舌をなぞって全身の力が抜けてしまう。彼がこんなに強引だったなんて、給湯室で同僚とお喋りしていたときは露ほども思わなかった。──話は、昼休みの時に遡る。




「観音坂さんはないなぁ」

わたしの片想いのお相手が誰なのかを聞き出しておきながら、同僚はそう言い捨てたのだった。意を決して答えたというのに、人の想い人を「ない」の一言で片付けるとは随分な言い草である。ちなみにそんな彼女は観音坂さんの隣の席という羨ましいポジションを手に入れている。
わたしは午後に他の社員たちが飲むであろうコーヒーを淹れながら、同僚はそれを一足先に1杯目にありつきながらの会話だった。何故なのか、と聞くと彼女の言い分はこうだ。

「確かに顔はいいよ。多分、優しいんだろうし。ただねぇ、女のコを襲うような度胸なさそう」

そう、観音坂さんがわたしを押し倒して言ったのはこれのことだ。彼女のセリフなのだ。ていうか女のコを襲う度胸なんてなくていいんじゃないかな? あったら捕まらない?? ──まあ多分彼女が言いたいのは、それだけの強引さがなければ男として見られないということだと思うが。
ただ、この後がいけなかった。

「それは、そうかもしれないけど……」

こうして同調してしまったのだ。正直この時はその通りだと思っていたし、彼のことが好きだからそこもむしろ魅力的に感じていた。勿論その後、そこが好きなの、とも付け足した。その時はそれだけで会話は終了したが、その会話の後、観音坂さんに珍しく飲みに誘われた。

「あの、みょうじさん。終業後、お時間……ありませんか」
「え、わたしですか?」
「はい、俺なんかでよければ……お食事にでも」

そちらから誘っているくせに俯きながら「俺なんか」という自己卑下っぷり。それでも好きな人からのお誘い。ポーカーフェイスを気取ってしまったものの、頭の中は浮かれきってフェスティバルでカーニバルだ。断るはずがなかった。

「行きましょう、わたしでよければ」
「やっぱりダメだよな……こんな中年の冴えないおっさんの顔見て食事なんて……飯が不味くなるに決まってる……これもセクハラとか言われて社内でますます居場所がなくなるんだろうな」
「あの、観音坂さんわたしの話聞いてます?」

わたしがそう聞けばやっと顔を上げて、クマの濃い目元が見開かれる。自分で誘ったくせに驚いていらっしゃる。わたしは再度、OKの返事をしたのだった。

それから時は経ち、前にも会社の飲み会で使った居酒屋にふたりで向かった。いざ話してみるとそれは楽しく、存外お酒も食事も会話も進んだ。それからふと、沈黙が訪れたとき。

「それで、今日の昼、コーヒー飲もうとして、聞こえた……んだけど」
「何がです?」
「みょうじさんが、俺の隣、の人と……」
「……! 忘れてっ、忘れてください!!!」

俺の隣、まで言ったところでさっと昼のことを思い出し観音坂さんの顔の前に両手をかざすようにしてクソデカボイスで遮った。もう、消えてなくなりたい。すまん、盗み聞きするつもりはなかったんだが──そう弁解する声にも返事が出来ないくらいの衝撃だった。
ただ、わたしの両手は観音坂さんのそれによって握られテーブルの上に降ろされた。唐揚げがさっきまで乗ってた皿と、ハイボールのジョッキががちゃりと音を立てる。

「でも、いやだ」

それは、彼にしては珍しい意思表示だった。

「店、出るか」

伝票をさっと取り上げ席を立つ観音坂さんにやっとのことで追いつき、財布をカバンから取り出そうとしてる間に会計が済んでいた。幾ら出したらいいかと考える間もなくわたしの右手が握られ、そのままエレベーターに乗り込む。横顔からは観音坂さんがなにを考えているのか全くわからない。沈黙がその狭苦しいなかに充満して、息も出来そうにない。
ちん、とエレベーターが1階に到着したことを告げる。握られた手がそのまま外へと引っ張られ、普段の歩幅以上に歩かされることとなる。
ここはシンジュクだ。ホストクラブやキャバクラの呼び込みを後目に繁華街を抜けていくと、そこは確か──所謂ホテル街ではないだろうか。逃げる隙もなくやっとのことで早歩きを続けると、ぴたりと観音坂さんが歩みを止める。
予想した通りそこはホテル街というやつで、煌びやかなネオンとお城のような外観がミスマッチな街並みだった。ここまでほぼ無言だった観音坂さんが、こちらを振り返る。

「逃げるなら、今だぞ」

ここまで逃げる隙を与えなかった癖にずるい。握られた手から、汗が滲む。好きな人にここまで強引にされて、逃げようと思えるわけがなかった。例えそれが、こちらの好意を知ったのをいいことに体のいいセフレにしようとしただけだとしても。

「逃げないなら、もう本当に逃がさんからな」

わたしの右手を握る手に力が籠る。いい大人がそう言われてこれから何をされるか解らないはずもなく、子宮がきゅん、と疼いた。──それが、冒頭までの経緯である。部屋に着くなりお互いスーツ姿のままベッドに縫い付けられて、いま、噎せ返るほどのキスを浴びせられている。彼の唇の感触を知る日がくるなんて。部屋かどんなだったかとか、もうよく分からない。視界いっぱいに観音坂さんの顔がある。それでもうよくないか。

「っはは……顔、とろけてる」

言われなくたって、観音坂さんの赤い前髪の隙間から覗く、空を映したような目にとろけた顔のわたしが見える。

「観音坂、さん……っ」
「どっぽ……が、いい」
「独歩さ、ん」
「……うん、かわいい」

Yシャツのボタンがひとつひとつ外される。彼の熱い指が素肌に触れることで、ぴくりと身体が強ばる。ぬるい舌が胸元を這うと小さく悲鳴があがってしまう。ちゅぅ、と鎖骨あたりをきつく吸い上げられて少しの痛みが走る。痕とか、つけたりする人だったんだなあって心臓がとくんと跳ねた。
手汗でしっとりした手がわたしの胸を包み込む。やわやわと片方の中心を刺激する指ともう片方を這う赤い舌が視覚的にもいやらしく映る。

「えっろ……ここ、固くなって……」
「ひ、ゃあ……っ」
「……嫌なのか? やめるか?」

こちらを窺うように覗き込むものの、手は止めないしなんならタイトスカートの下から下着を抜き去ろうとしているのが見えた。観音坂さんやめる気、ないよね──そう思ったが早いかもう下は彼の手によって外気に晒されている。身に付けていた下着はその意味を成さないほどに染みになっていた。

「まだ、触ってないのに、こんな……」
「やっ、見な……で! っやぁっ、ん」

見ないで、と言う前に指がぐちゅ、と入ってきて、奥のざらついたところを撫で上げた。親指が入口の蕾を掠めて、どろどろに蕩けて音を立てる。

「やだっ、ぁ、やめ……」
「こんなに俺の指、締め付けて……ぐちゃぐちゃに、なって」

意地悪を言う唇が愉しそうに歪む。そうして指を咥えて離さないそこに、舌が触れた。まだシャワーも浴びていない、1日働いた身体でそこに好きな人の顔が近づくのは嫌で身を捩る。

「お願い、汚いから……っ」
「やらしい匂い、させて……目の前にこんな……夢、みたいだ」

恍惚とした声がまた、腰にくる。そう、前からわたしはこの人の声も好きだった。その、もっと直接的に言うと性欲を刺激される声だと思っていた。今その声が、わたしに向けられていると思うと尚更。

「早く、ハメ倒したい……もう、いい、よな」
「だめっ、入れちゃ……いや、お願い」
「欲しいん、だろ……大人しく待ってろ、な」

わたしの話きいてます?(44行ぶり2回目)──そう思ったところで観音坂さんは性急に着ているものを脱ぎ捨て、意外と男らしく筋肉のついた身体が露わになる。さっきから微妙に会話が成り立ってないような気がしていたが、それは間違いではなかったらしい。
スキンをつけたその熱がわたしのぐずぐずに溶けたそこに宛てがわれる。なんとなく逃れようとしてしまうがそれも無駄だった。右手には彼の指が絡められていたし、脚も彼のもう片方の手によって持ち上げられている。言葉や仕草で抵抗してみせたって、身体はもう観音坂さんのものを欲しがって疼いていた。それを察知したのか、その塊はすぐにわたしの中を埋め尽くした。

「……あぁっ、!」
「あー……すっげ、きもちい……」

独り言みたいな吐息を漏らしながら入口のところを浅くずぷ、と行き来する。それじゃ物足りなくて自分で腰を揺らしてしまう。

「お前ほんと、やらしいな……」

わたしを見下ろす表情はにやりと意地悪く笑っている。観音坂さんの両手がわたしの腰を捕まえて、それはぐっと奥へ入り込んできた。

「んっあぁ、あ!」
「なまえが、俺ので感じて……可愛い声、出してる……最高……」

その目はわたしのことを見てるようで見てないふうに感じられて寂しいのに、普段は苗字呼びのはずが何度も名前で呼ばれて、その度にきゅ、と観音坂さんのものを締め上げてしまう。奥を抉るみたいに暴れまわるそれが更に快感を煽る。きもちいいところに先端を擦り付けるように獰猛なそれが中で主張する。好きな人の、好きな声で名前を呼ばれることが、こんなにクるものだったなんて。ぞわぞわと全身が粟立つ感覚に、もう限界が近いことを思い知る。

「やっ、イく、独歩さ、だめ、あ……!」
「俺ので、イくのか……? っ、……俺も……っ出……、ん゛っ!」

最後は声にならない悲鳴を上げて、身体をびくつかせてぎゅっと観音坂さんを抱き締めた。それに応えるみたいに唇を奪われて、啄むみたいに何度もキスをした。中でどくどくと震えるそれが、全てを吐き出していることがスキン越しにわかる。わたしは観音坂さんが離れてからも夢の中みたいに薄らぼんやりとしていた。



それから色々な処理を済ませた観音坂さんがこちらに静かに向き直る。先程より幾分か冷静な瞳がそこにある。

「……っす、すみませんでした!!!」

一糸纏わぬ姿での綺麗な土下座と見事なシャウトだった。ここはそういうホテルだから、叫んだり騒いだりしたところでどこにも聞こえることは無いが、わたしにはインパクト充分で思わず気だるさの残る身体で起き上がる。謝るってことは、その。もしかして後悔してるのかなって思って悲しくなる。

「あの、給湯室で聞いた、話……俺、嬉しくて」
「へ?」
「その……前からみょうじさんが、好き……だったもので、舞い上がって、つい」

お食事に、誘ってしまいました。と続いた。相思相愛だと思って嬉しくてってこと? 単純なことにそれでわたしの沈んでいた気持ちはV字回復である。観音坂さんはというと先程のオラついた話し方や呼び方さえも、すっかり元通りになっているというのに。

「酒の勢いで手、握ったら、もうそこから……もっと、触れたくなって」

それで、ホテルに強引に連れ込んだ、そういうことらしい。

「順番めちゃくちゃで、すまん」
「ほんと、ですよ……」
「もしよろしければ、私、観音坂独歩と……お付き合いして頂けないでしょうか」

職業病なのか、まるで営業先相手に話すかのような告白だ。ただし全裸だけど。

「わたしからも、お願いします」
「無理に決まってる、よな。こんな、無理やりこんなとこ、連れ込んで犯されて、そんな奴と付き合うなんて……だから俺はダメなんだ、好きな相手に普通に告白もできない……俺は俺は、俺は」
「いや、だから、観音坂さん。……独歩さん」

頼むからわたしの話をきいて!!──そう思うだけでは伝わらないので、顔をあげてくれない観音坂さんの腕を無理矢理上にひっぱりあげて起き上がらせ、思い切り口付けた。この上なく恥ずかしかったがこの際仕方がない。惚けた目がわたしをじっと見る。

「わたしを、彼女にしてください。独歩さんの」

そうわたしが告げると、何かに気がついたみたいに観音坂さんは「あ」と声を上げる。

「今のでまた、勃った」
「え、さっきしたばっか……」
「っは、疲れマラ舐めんな」

そんなことを誇らしげに言われても!──と思っても結局好きな声で、かわいい、好きだ、なんて言われてしまえばわたしは陥落してしまうのである。ちょろいもんだ。



20190425


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