※百合(GL)表現あり






「もう、男はいいかなって」

夕焼けに染まる教室でチョコレートを口に含みながら、ひーちゃんはそう言った。同じようにここで彼氏が出来たのという報告を受けたのは、確か1ヶ月ほど前のことだったと思う。
蘭たちがくるまでここで待機する時、まず大体わたしとひまりがセットなのだった。この後くるのは恐らく、モカか巴あたりかな。その後が蘭で、学校内で雑務やら色々をこなすのに忙しいツグが最後だろう。

「ひーちゃんそれ何回目?」
「ううっ……なまえも容赦ないよねぇ」

モカにも同じこと言われた、と嘆くひーちゃんは、わたしの知る限りではそれを何度も繰り返している。彼女は惚れっぽくて、その癖外見も中身も可愛いので付き合うところまではすぐだ。友人として贔屓目も入ってるが、モテるんだろうと思う。ただ、どうも男運が悪いらしい。最初に付き合った彼はモラハラ気味で、次は浮気されて、更にその次はゲイだった。今回についてはよく知らないが。
あげる、と差し出されたチョコレートをお言葉に甘えてわたしもひと口放り込んだ。

「でもね、思ったんだよ。女のコと付き合うのってどーなのかなって」
「……何言ってんの?」

突拍子もない案に、とうとう頭沸いたか? という言葉を飲み込む。

「男はもういいけど、恋はしていたいし……じゃあ、女のコとならって思って」

なんてことないことのように言うひーちゃんに、わたしの頭の中は疑問でいっぱいになる。とんでもない理論である。
つまり付き合うとなると、アレやコレもするわけだ。ひーちゃんはどっち側なの、とかそもそもどうやって、とか。彼女はきっとそこまで考えずに言ってると思うけど。

「ふーん……じゃあ、例えば誰? 巴とか薫先輩とか?」

わたしは知っている限りの女のコで男前枠的なひとの名前を挙げた。まあ、今挙げた2名も多少女のコらしいところはちゃんとあるのだけど。

「いいねぇ、そのへんの下手な男より幸せにしてくれそう」

よっぽど前の彼氏で酷い目にあったのか、わたしの案に満足げに目を細める。まあ、問題があるとすればふたりとも「そっち」の趣味がなさそうなところである。

「あとはそうだなぁ、なまえもいいなぁ」

そのままひーちゃんはわたしの名前まで付け足していくので思わず噎せる。

「……っ、! げほ! ……ちょっと、なんでそこでわたしなの」
「大丈夫?」

ひーちゃんはわたしの問いには答えず心配して背中を摩ってくれている。どんな理由であれ今この流れで手が触れていると思うと、どうしてか気が気でなかった。

「なんかなまえって不思議な魅力、あるから」

わたしが落ち着いた頃に、そうぽつりとひーちゃんが答える。目が合うと、思ったよりマジな顔をしてて戸惑う。背中から手を離さないまま。おいおい、マジかよ。

「キスしてみてもいい?」

頬が赤く見えるのは夕陽のせいなのか、それとも。
わたしが答えないでいると、ひーちゃんが顔を近付けてくる。このままなにも言わなかったら、ほんとにする気なんだな──と考えていると、彼女のピンク色の髪がわたしの頬を掠めるところまできたと思ったところで唇が触れた。チョコレートの甘い香りが鼻腔をくすぐる。わたしはなぜ拒まなかったのか。答えは簡単。

──嫌じゃ、ない。

悪くない、なんて蘭の口癖みたいなことを思ったからだ。

「うん、アリだね!」

目尻を垂らして元気よくそんな風にひーちゃんが言う。これで彼女とはただの友達じゃなくなるのかな、とかぼんやりと思う。
するとゆったりした足音が聞こえて、これはモカかなって予想がついた。ひーちゃんも同じように思ったのか、目を合わせると人差し指を唇の前で立てる。内緒ね、と口パクして。

「超絶美少女モカちゃん登場だよ〜」

教室の戸を開けたのは予想通り、モカだった。

「あれ〜? なまえ顔赤いよ〜?」

ニヤリと悪どい笑みを浮かべるモカから目を逸らして、何でもないから、と答えるのでやっとだった。後でひーちゃんにこっそり、「あんな可愛い反応しちゃ内緒にならないじゃん!」と理不尽に叱られたのはまた別の話。



20190311


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