「なんか最近男子が全体的にそわそわしだしたね」

そう、ウチのクラスに限った話でいえばだけど。近藤くんは、あからさまに妙ちゃんのご機嫌をとって──は空回りして──いる。東城くんも九ちゃんに以下同文。土方くんや沖田くんはそんなに変わらないけど。マダオくんは変わらないように見えるが、いつも読んでる求人雑誌がan・anに変わっていたりして。

「バレンタインが近いからじゃないの」

ぼんやりとどこを見ているのか解らないような顔をしながら、山崎くんが恐らく憶測で怠そうに答えた。何もしないでも埋もれるほどチョコを貰えるであろう土方くんと沖田くんが、道理でなにも変わらないわけである。

「1週間後でしょ、確か」

そう、山崎くんの言う通り、1週間後にバレンタインとかいうチョコレート製造会社の戦略によって作られたらしいイベントを控えている。言われるまで忘れてた、なんてことは実はない。前述の男子たちと同じようにかは解らないが、わたしもそわそわしているなかのひとりである。何故ならば。

「なまえちゃんは? 誰かあげる奴いんの」

なんてことのないように聞いてきやがって!! ──そう叱り飛ばしたい気分だった。今隣の席にいるこの男にくれてやろうかと悩んでいることこそが、その原因である。

「……い、いないよ」
「なぁに、今の間は」

やっとのことでそう答えると、無駄に観察力が優れている山崎くんは突っ込んで欲しくないところに食いつく。

「つまんねぇの」

人が悩んでるのを面白がろうとしないでください、と悩んでいることを隠したい癖に思った。思っただけ。そんなん、言えないよ。いないっていう嘘をついたそばからさ。

「山崎くんは? 貰えるアテはないの」
「たった今なくなったからもういいや」
「……わたしに? 貰う気だったの?」
「義理くらいくれるかなーって」

そうか、その手があったか。わたしって馬鹿なのかな。っていうか、それって。わたしからのチョコ、貰いたいって思ってくれたんだって思うのは都合良すぎるかなぁ。


そしてバレンタイン前日。3年Z組の女子みんなでクラスの男どもにチョコ作ってやろうという声(お返し目当てに)があがり、その為に放課後女子が調理室に集まっていた。作るものは事前に決めて、買い出しはそれぞれ分担して済ませてある。因みにラッピングに使うものはそれぞれ好きに買ってくるように、ということになっている。揃えるとどれが誰のか解らなくなっちゃうもんね。
いざ作り始めると、お妙ちゃんは何を作ろうとも黒い塊を量産してしまっている。近藤くんと九ちゃんなら喜ぶかな、たぶん。
神楽ちゃんは酢昆布を、さっちゃんは納豆をなんにでも混ぜようとするのでみんなして必死にやめさせた。それぞれは美味しいけど、チョコレートに混ぜるのはまじでどうかと思う。

「それ、ジミーに渡すアルか?」

わたしの横から神楽ちゃんが手元を覗き込む。わたしが気に入って買った、小さいけれどシックな色遣いの箱に作ったものを詰めたところだった。他のクラスメイトに渡すものは、それとは違う可愛い袋に詰めた。
そして神楽ちゃんの問いに、正直に答える。

「……っ、うん、渡せるかわかんないけど」
「なーに純情ぶってんのよアバズレ! ただ渡すだけじゃないの。なにも全裸でチョコがけになれってんじゃないんだから」
「猿飛さん、なまえちゃんをあなたみたいなド変態と一緒にしないでくれます?」

渡せそうだったら渡そう、とふたりの遣り取りを聞きながら思う。渡せなくてもそれでいい。渡せなかったら自分で食べよう。美味しく出来たし。渡せたとして、本命だって伝えられなくてもいいんだ。


それから、あっという間にバレンタイン当日を迎えた。渡すタイミングを逃し続けて放課後になってしまった。他の男子には難なく渡せたのに。このままではわたしは、山崎くん以外のクラス全員にチョコレートを渡しておきながら意地悪で用意しなかった人みたいになってしまう。
隣の机上に、ひとつひとつは小さくても、こんもりと盛られている可愛らしい包装がなされたものたちの小さな山。そのうちの幾つかは、先日みんなで作った見覚えのあるものたちだけど。
この山を見てしまうと、余計に渡す気が失せる。

「たくさん貰ったんだね」
「そうでもないよ……ほとんど義理だし。ほら、普段からずっと目立つ人の近くに居るから、おこぼれってやつだよ」

目立つ人っていうのは、土方くんや沖田くん、それとある意味では近藤くんのことを言っているのは言われなくても解った。それにしたって、山崎くんも普通にそれなりの数貰っているように見えた。

「実際副長も沖田さんも、両手じゃ足りないくらい貰ってたし」

副長とは、風紀委員の副委員長──つまり土方くんのことだろう。やっぱり羨ましい? とわたしが尋ねれば困ったように、まあね、とだけ返ってきた。

「それでなまえちゃんは、くれないの? 俺に」
「なっ……」

何故それを。

「俺に作ってるって昨日調理室通りがかったら聞こえたんだけどなあ」

いつだ!? ──と思ったけどあれだ。神楽ちゃんに聞かれた時だ。神楽ちゃん声大きかったしなぁ、そのあとのさっちゃんも。お妙ちゃんは、そうでもなかったけど。

「……ちょっと、いやかなり、期待してたのに」

内緒のつもりだったのに用意してんのバレバレで、そうやって言われてから渡すなんて、ほんとかっこ悪い。あの会話が聞かれてたのなら、わたしが山崎くんが好きって女子たちに知れ渡っていることくらい容易に想像がつくわけだ。やっぱり渡せないってなったら自分で食べてなかったことにする筈が台無しである。そんなふうに言われたら、もう観念して渡すしかなかった。

「わたしのは……義理じゃ、ないよ」
「つまりどういうこと?」

わたしの持てる勇気すべてでやっとそう言ったのに、即行簡単に聞き返されてしまう。言ってくれなきゃ解らんよ、とにまにまする顔は本当に憎らしいのに憎みきれない。惚れた弱みってか、くっそ。
地味だなんだと言われていても、わたしにとって優しくて時々意地悪でカッコいい──そんな人は学校にも正直たくさんいるけど、山崎くんだからこんなに好きなんだよ。

「……すき」
「うん、俺も」

わたしの掌から箱を受け取って、それに口づけてみせた。直接はまだ恥ずかしいから、だそうな。よく言うわ。ムカつくからわたしからほっぺたにしてやった。



20190301


×