「お隣の◯◯さん」続き






「散らかっててごめんね。適当に座ってて」

箱買いしているらしいダンボールからペットボトルの水をわたしに寄越すと、シャワー浴びてくるね、と言って浴室に入っていく。客人を放ったらかすな、と悪態をついたところでもう既に扉のむこうから水音をさせている山崎さんには届かない。

散らかってて、という言葉の通り本当に山崎さんの部屋は雑然としていた。一応足の踏み場はある。床に放置されている衣類の山だとかは想像するに、彼なりの法則性のある収納なのだろう。食べたものなんかは放置しないようにしているらしく、虫だとか異臭だとかそういった気分の悪くなるようなものはなかった。
とりあえず貰ったペットボトルを開けつつ、朝起きたときのままなのであろうシングルベッドの足元に座る。するとシャワーを浴び終えたらしい山崎さんが肌着のシャツとパンツだけを履いた出で立ちで髪を拭きながら立っている。

「みょうじ、さん。下の名前、なんていうの?」
「……なまえ」
「ふうん、かわいー名前」

言いながら山崎さんもわたしと同じ水を飲みながら隣に、距離を詰めて座る。そういうつもりで引き入れられたからその近さなのか、山崎さんが元々他人との距離感がバグってる人なのか区別がつかない。

「なまえちゃん」

優しい声でそう呼ばれると、本当に可愛い名前だったような気がしてくるから不思議だ。
言いながら、首筋あたりに山崎さんのごつごつした手が伸びてくる。

「わっ」
「首きもちい?」
「……っ、わかんな」

指でなぞって、くちびるを落として、洗脳をするみたくあまい声音が耳に届く。

「キス、していい?」
「……ゃ、あの」
「彼氏とかいる?」
「います、けど……別れます」
「へぇ」

先程の、山崎さんによって「捨て猫」と評された顔をしてたらしいわけをなんとなく彼も察したことだろう。
好都合なのかそうでないのか分かりかねるが、それなら遠慮なく、といった具合に開いた口がかぷりと噛み付くみたいに合わさった。くちびるを少し開いて受け容れると厚い舌がぬるりと入り込んで、翻弄するように歯列をなぞり舌下を這う。しばらく欲を満たしていなかった下腹がじくりと疼き、それを思い出させてくる。それを追いかけていくみたいに山崎さんの指が、臍あたりをつうっと撫でた。

「ん、んん……」

もっともっと、と強請るみたいに山崎さんに縋り付く。もしかするとたまたま先に浮気をしたのが彼の方だっただけで、わたしも可能性はあったのではないかと思うほどの速さでもう既に堕ち始めている。
舌ひとつでこんなにも溶かされ、乱された身体と、半ば自暴自棄になっていた心はいとも容易く山崎さんに委ねられてしまう。
目をうすく開けば、長い前髪をかきあげてこちらを見つめる三白眼に、いつだったかの朝に見たそれよりよほど熱と色を孕んでいる。

「気持ちいいとこ、いっぱい教えてね」

今のわたしには陥落せざるを得ない誘惑だった。どうせ先程見てしまった事実は変わらないけど、今はとにかくなにもかも忘れたい。彼氏(「元」見込み)への当てつけのような気持ちもわずかながらある。
これからすること。いつも壁越しに聞いていたことと同一であろうそれ。普段聞こえる声の激しさからどんな風にされるんだろうと怖くもあるけれど、それと同等に熱を持った身体。その熱を解放するように、山崎さんがひとつひとつ衣類を剥いでいく。特に拒みもせずにわたしは受け容れた。
手始めに耳孔をくるくると指先でなぞり、山崎さんはわたしの鎖骨へ唇を落として可愛らしい音を立てていく。擽ったさに腰が跳ねた。

「ぁ、……っ」

それから山崎さんの大きな手のひらが乳房を包み込むようにやわやわと揉み、中心には触れないまま焦らすように弄ぶ。
焦れて焦れて仕方がないというように先端はぴんと立ち、それから漸くその硬くなったところを山崎さんは舌先で撫でていった。

「んゃ、ぁ、う」
「指と、舌……どっちすき?」

ちいさく喘ぎながら、舌、とようやっと答えると満足そうに山崎さんは唇で吸い、舌で舐り、そうやって可愛がるみたいにするとわたしの身体は早くも微弱な痺れを走らせていった。それを感じ取ったのか、さっき背中にそうしたみたく今度は脇腹あたりを空いたほうの指でなぞられぞくりと皮膚が粟立った。

「なまえちゃん、感じやすいこ?」
「ぃや、そんなの、しらな……っ」
「ふぅん……じゃ、彼氏とどっちがきもちいい?」
「……、っ」
「これから分かるからいっか、答えんでも」

目を逸らしながらも、盗み見るように山崎さんの顔を見る。早くもだらしなく表情筋をコントロールできなくなっているわたしとは対照的に、さめた目がわたしを見下ろしていた。そしてそのまま、わたしの脇腹をなぞった指は脚の付け根、下生えをかきわけるまでもなくぬるり、と滑る。滑るってことは、そういうことだ。

「はは、ちゃんと濡れてら」
「〜〜っ、ぅ」
「こっちもしてあげようね」

と愉しそうに目尻を下げると、その体液を塗りつけるみたいに花芽を指でゆっくり弄り回す。外側だけを刺激されているのに、内側から熱くなってゆくように感じる。
そうしてじわじわ息が上がり始めたころ、下生えをかき分けるように、太い指がくぷりと押し込まれていった。

「うわ、きつ……入るかなこれ」
「っ、ぁう、なか、はいってっ」
「うん、入ってるねぇ」

呑気に言いながら、探るように指の腹で膣壁を押してみたり円を描くように動かしたりしていく。時には中をひろげるように指を曲げたりしながら。浅いところや深いところ、お腹側やお尻側を、恐らくはわたしの表情を伺いながら擦り上げる。そうして到達した最奥手前を少し強めに押し込まれたところで、大袈裟に身体が仰け反った。

「ンっ! ぁ、はぁ、ふ」
「ここ好きなんだ、いいね」
「いい、って……っ」
「あとで分かるから」

弱いとわかったところで執拗にそこを摩擦してゆき、少しずつ強められるともう身体が熱を持って脳が焼け付くような心地がした。人間は変温動物じゃないという事実を疑いそうになる。

「ぁ、やだ、それ、んん、やま、ざき……さ、いく、いっちゃ」
「うん、イくとこ見せて」
「んん、むりっ、っは、ぁあっ、ぁん、 〜〜〜っ!!」

ぞわぞわと背筋を這い上がる感覚に身体が否応なしに跳ね、達してしまったことを隠すこともできず山崎さんに縋りついた。上がりきった息もなかなか落ち着かせることができず、入っていた山崎さんの指をぎゅう、と締め付けていた。

指をゆっくりと引き抜くと山崎さんは着ていた肌着を脱ぎ、シャツの上から薄々分かっていた程よく鍛えられている身体がはっきりと認識できる。
パンツも中心が盛り上がっていることに気づいたのとほぼ同時に山崎さんはためらいなくパンツを脱ぎ捨てた。すると自らの右手でゆるゆると扱きあげ、更に切っ先が天井を向いて大きくなる。わたしが怖気づくには充分なものを見せられている。

「……大丈夫、入るよ」
「ま、って」
「あとで分かるって言ったでしょ」

つい先程、指でわたしの弱いところを探り当てた時に言ったことだ。
ベッドを背に座ったわたしをそのまま閉じ込めるみたく山崎さんが密着すると、熱で濁った瞳が逃さないとばかりにわたしの眼をとらえる。「知りたくない?」と動いた唇から、実際に声まで発せられたのか聞こえた気がしただけだったのかは最早わからない。知りたい、と答える代わりに再び縋り付くと、「ベッドおいで」と今度は間違いなく本当に声がした。


「──────っ、あ」
「……、は……ほら、入った」

入ってる、と声を発するのも難しくてひたすら頷くと、頬に手が添えられて唇が合わさった。荒々しく、わざとらしい音が立つように舌が絡められる。恋人同士がするみたいに正面から抱き合いながら、耳に届いた音があまりにも卑猥で、今している交接がこれからそんな風に激しくなるのだと想像させられた。

「ね、わかる? さっきのいいとこ、俺の当たるでしょ」
「ぁ……っ」

キスしている間動かなかった山崎さんは、先端をゆるく当て擦りながら誂うように言った。そんなほんの少しの刺激ですら、一度上り詰めたそこは甘く痺れるみたいに震えた。

「はは、すごいね……(ナカ)うねらせちまって」
「んん、っ、はやく……っ」
「もう少し、ね。なまえちゃんのためでもあるから」
「むり、動いて……、おねがい」
「急かさんでよ、ね。いいこだから」

山崎さんが動いてくれないならとわたしが、と腰を小さく揺らす。こんなんじゃまだ足りない。今日あった最低な色々なんて考える隙を与えないでほしい。

「はあ、ほんと……さっきまで日和ってた癖に」
「だって、ぇ」
「はいはい、もう知らんからね、後で待ってとかナシね?」

念を押すように言うと、中を満たしたそれがずぷ、と奥をまでを突く。脳の裏に火花のようなものが散り、息をする暇もなく容赦ない律動が絶え間なく追いつめてくる。

「────っぁ、ぁああ゛っ、ひぅ、んぁあッ!」
「は、すご……もっと声出してみて? 出した方が気持ちいいよ」
「ゃだ、聞こえちゃ、ぁ、ぁ゛あ、ん」
「大丈夫、……ッ、く」

全くもって根拠のない「大丈夫」とささやく声とともに、なら声を出させるまで、と言わんばかりに手で腰を掴みながらわたしを揺さぶる。これから元彼になる人から、こんなに前後不覚になるほど快楽を叩きつけられることがあっただろうか、それさえ上書きされるみたいに思い出せなくなっていく。
ずっと高みから降りられなくて、自分がどういう声を出してどういう顔をしているか気にしてもいられない。
わたしの部屋とは違う方の壁から人為的な鈍い音がしたことなんかも、夢なのか現実なのかさっぱり区別がつかないのだった。

「は……かわい、ね、名前呼んで?」
「あ、ッは……ん、名前……?」
「知らねェか、えっとね」

さがる、って呼んで、なまえちゃん。
耳にキスをするついでみたいにそれだけ言われると、それもまた興奮材料となって内壁がさがるのものに甘えて縋り付く。

「さがる、もっとして……っ、きもち、ぁ、ぅん」
「はは、……そうみたい、っだね、身体あつ……」

掠れていながら笑う気配まで含んだ声に、腰がまた切なく疼く。昂ってしまった身体はさがるがどう動いても快楽を拾ってしまうことだろう。その上で気持ちいいところだけに強く突き入れ、戯れに花芽を摘んで撫で、わたしの意思なんかお構いなしに高みへと追いやっていく。

「は、さがるっ、さが、る……いっしょは、待って、ひ、ぁん」
「待ってとかナシって言ったでしょ。────……っ、は、きつ……このまま、イけるね?」
「あ゛あっ、いや、またっ、いっちゃ、ぁ゛、だめ、きもち、ぞくぞくする、ぁっ、〜〜〜ッ!!」
「っはは、……ッ、なまえちゃん、俺も、もうすぐ、……っ、!」

どくん、と膣内を汚される快感にたまらず身体を揺らしてさがるのものをきつく食い締める。仰け反って身体を震わせながら、お尻のあたりのシーツが冷たく感じられた。ぶわりと亀頭が広がり、一滴も残らず注ごうと飛沫をあげながら浅く出入りを繰り返している。わたしのナカだって、それを余すことなく受け止めようと内壁がさがるのに纏わりついてるのが分かった。

「は……なまえちゃん、やらしすぎ……」
「……っあ、さがる、んん……」

目だとか脳だとか、五感すべてが白んでいく。ベッドシーツを背にさがるにとり縋ったまま、どうしてこうなったんだっけ……という思考は弾き飛ばされた。




「鍵落としちゃったの? 彼氏ん家に?」

ひとしきりあと始末を済ませたあと、さがる──「退」、という字を書くらしい──とタッパーに詰められたおかずを箸でつつきあいながら、お互い缶のチューハイを片手に部屋の前で出くわした際の経緯を話していた。

「ふーん……じゃあ、今から行く?」
「え゛ッ」
「早いほうが良くね?」
「そらそう、だけど」

なんてことないみたいに提案され、思わずあがった声に濁点がつく。

「ひとりじゃ嫌なんでしょ? じゃあついてくよ、面白そうだし」
「むしろ『面白そう』がメインでは?」
「バレた?」

バレているとわかった瞬間、ゲラゲラ笑うのを隠さなくなった。全くひどい男である。

「酒入ってるうちに行こ、ね。……あ」

なにかを思いついたように退がそう声をあげたあと、肩ごと掻き抱いて首筋に顔を埋めてくるから箸もチューハイも落としそうになった。なんとか持ちこたえたが。
それからすぐにわたしの皮膚にぢゅう、と強く吸い付く音がしたので何をされたのかはさすがにわかった。

「そうと決まったらさっさと着替えな、ほら」

何事もなかったようにわたしの服を寄越し歯を見せて笑う退はどういうつもりでこんな跡を今残したのか、それは間違いなく「もっと面白くなりそうだから」なのだろう。他にもこういう関係の女がいるとしってる男だっていうのに、こういう跡を残す正しい意味の感情を向けられても困る。──何故なら、嫌だと突っぱねる自信がないからだ。



20230814


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