※モブ女と山崎の絡み描写有り
※夢主彼氏持ち
※まだなにもしてませんが続きを書いたらきっとエロ突入です









憧れの一人暮らし生活、楽しみで仕方なかったはずだった。
ただ、住んだ部屋ガチャというか、ご近所ガチャにどうやら大失敗をキメてしまったらしい。

ギシギシ、と寝具が軋む音がする。わたしの部屋の寝具ではないところから。また、今夜もだ。項垂れるような気持ちで聞きたくもない音を聞かされている。はっきりいってクソ。

「あ゛、っあ、ダメ、きもち、ぃ」

壁越しなせいかくぐもった女の、なりふり構わずといった切迫した声だ。何をしてる声かなんて考えたくもない。隣に住んでいたのがどんな人か忘れたけど、確か男性だったはずだから、つまるところ隣が女を連れ込んでいるのだと思う。それも連日連夜。カスの推理。
聞こえてくる声がほとんど悲鳴みたいになってきたけど、反対隣の人は毎晩健やかに寝られてるのでしょうか。わたし いろいろな意味で寝られない。生理前なんて最も最悪である。こちらは新生活が始まったばかりな上に恋人ともしばらく会えていないとくれば、こんなエロ漫画でも萎えそうな喘ぎでもアテられてしまうときはあるからだ。

「はー……ほんっ、とにもー……」

独りごち、隣の苗字さえも覚えてないような男を恨んだ。一体どんな男なんだ。こんな、女の人にほとんど悲鳴みたいな声を上げさせるようなプレイをするくらいなんだし、きっと乱暴で粗野な男に違いない──が、そう思うと壁ドンも怖くてできないのでやっぱりサブカルバンド系キノコ頭であってくれと願うことさえ情けなさがありあまる。



うちの地域ときたら、土曜日にもゴミ収集があるので一度早起きをしなくてはいけない。それも、たまにでいいやとなるようなたぐいのゴミならいいけれどよく溜まりまくるプラスチックゴミ。
でっかいため息をつきながら嵩張る袋を引っ掴んで部屋のドアを開けると、もうひとつ隣のドアからも全く同じ音がした。憎き隣人の部屋からである。
丁度いい、挨拶ついでにどんな男か拝んでやろうと左を注視してみれば、想像していた厳ついお兄さんもバンドマンにいそうなマッシュルームヘアーの男もそこにはいなかった。

「あれ」

想像したどちらにも該当しない三白眼と視線がかち合う。艶やかな黒髪の襟足は癖なのかそういうセットなのか跳ねており、癖のない顔立ちであからさまに男前というわけではないものの、それでもこういう男が本来はモテるのかもしれないと思わされた。
そこまで考えたところでこれまでに蓄積した鬱憤が噴き出しそうになる。毎晩のようにヤリまくりやがって──わたしがもし猫ならば背中の毛は逆立っていたことだろう。

「……はよーございます」

わたしの殺気に気づいているのかいないのか、眠そうにしながらも愛想良くへらりと笑う彼は挨拶の言葉を口にした。人としてそこに返事もないのはどうかと思いそっくりそのまま返した。

お互いゴミ収集所へ向かうという目的は同じらしく、一緒に向かうつもりではなくとも並んで歩くかたちとなる。

「みょうじさん、でしたっけ」
「はい」

そういうあなたはどちら様でしたっけ、と問いかけるか迷いながら返事だけはする。山……ってついてたような。やま、山内だっけ? ビートで逃避しないほう?

「いやァ、いつもうるさくてすんませんね」

先んじて謝られると、「はい! とっても迷惑です!」とは言えないのが日本人の悪いところだと思う。ご多分にもれずわたしもナチュラルボーンジャパニーズであるので、なんて返事をするか考え込んだあげく「い、いや……あの」とかいう釈然としない返事以下の言葉しか口にできなかった。

「っはは、うるせーに決まってんだからもっと怒っていいですよ」

悪いなぁ、という気持ちはあるらしい。わたしに怒られてもいいつもりで言っていることにそれなりに驚かされる。

「それともなんか後ろめたいことでも?」
「なッ、ないです!」
「ふーん?」

こちらの深淵を覗き込むような視線の鋭さに悪い意味で心臓が弾む。後ろめたいこと。隣から聞こえる声のせいで時々、本当に稀に性欲を煽られていることが、それに当てはまるのかどうか。

近いはずなのに永遠とも思われる時間だったが、漸く辿りついた収集所に持っていたゴミ袋を投げ捨てる。それじゃあ仕事あるんでまた、なんてなにか言いたげな山内さん(仮名)を置いて出勤していったのだった。なにかを押し隠すみたいに。





最悪だ。

夜の匂いが紛れる雨の中、お気に入りのワンピースとヒール、自分がいちばんテンションの上がるヘアメイクをしているはずなのに気分はどん底だった。久しぶりに恋人に会えると思って、自己満足ではありながらそうしてきた。実際会えたものの、シチュエーションが最悪なもので──よくある話ではあるが、わたしじゃない女と事の真っ最中。
直前のテキストチャットの内容から、お互い休みが合ってそうだと「会いに行ってもいい?」と連絡をして、返事を待たずに向かったのが良くなかったのかもしれない。いや、今となってはもはやそんな事はどうだっていい。わたしがいつ会いに行ったって、相手がわたしだけじゃなかったことは事実なのだから。

どこをどう歩いたかも判らないのに習慣というのは怖いもので、わたしの足はしっかりと自宅への道を進んでいたらしい。気がつけば見慣れたドアの前に立ち、傘を畳む。ほとんど無意識にキーケースを探して鞄のなかを探っていた。のだが、……ない。

「鍵が、ない……」

思い当たる節はあった。彼の家に行って、合鍵を使った。キーケースのなかにはその合鍵も、自宅の鍵もあった。合鍵を使ったあと、その先で見てしまったもののショックで、落としてしまったのだろう。
そうと分かったところでどうする?
あんなことがあって、追いかけてもこない男の部屋にすごすご戻って、まだ浮気相手がいるかもしれないのにキーケースを回収するのなんてとても耐えられない。そもそもあれは浮気相手なのか? わたしのほうが浮気相手だったのではないか? どっちにしろふたりまとめて死んでほしい。

今日のところは適当に漫画喫茶かカラオケにでも泊まって──とまで考えて振り返ったところで、カンカン、とゆっくりした鉄骨階段を上がる足音がした。

「あ」

いつだったかの朝みたいに、視線がぶつかる。

お隣の、ひとだ。
雨に濡れたせいか、襟足の髪は跳ねていない。傘でも忘れたのだろうか。

「みょうじさんだ」

わたしの名字をきちんと覚えていた彼は、階段をあがり切るとこちらを見て立ち止まる。

「なんか……キレイな格好してんのに、ずぶ濡れの俺より捨て猫みたい」

捨てられたことは確かなはずがなんとなくそれを認めるのは癪で、唇を噛んだ。
安いアパート特有の鉄の廊下を踏みしめる音とともに彼は近づいてくる。ただの隣人だというのに、どうしてか心配をしてくれてるように思うのは、わたしの願望のせいだろうか。こんな、万年発情期かもしれない男に。

「うち、上がってく?」
「っ、なんで……」


まだなにも、鍵がないとか、なんにも話していないのに。もし「そういうつもり」でわたしにも声を掛けたのであれば、よっぽど見境がないのだといつもなら呆れていたと思う。

「なんかひとりにしときたくない顔、してるから」

ついて行ったらきっと、そういうことになるって思うのに。優しい顔で、甘い言葉で近づいてきたところで、そういう人だって思っているのに。常套句だと分かっていても、ひとりでいたくないわたしの足は、ヒールは、鉄骨を踏みしめて自分の部屋じゃないドアへ向かう。
表札には乱雑な字で、「山崎」と書かれていた。



20230809


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