※やってるけどえろくないし付き合ってません





「このままじゃ童貞のまま夏が終わる……」
「アホか」

びし、と稲妻模様の入った髪あたりへ向けて消しゴムを軽く投げ付けると狙い通りにヒットし、目の前のアホはいってぇ!と大袈裟に痛がってみせた。

「だって夏だよ!? かわいい女の子とランデブーしたいじゃん!」
「夏が終わったら即夏休み明け課題テストでしょ」
「んん〜……でもよぉ」

一応ヒーローの名門校に滑り込むことのできた上鳴とわたしは、本当にそんなことを言ってる場合ではない。
だというのに不満そうに眉間と顎に皺を寄せ、両手を天高くあげて何を言い出すかと思えば「エッチしてぇ〜!!」とバカでかい声で言い放った。神聖な学び舎でなんてことを。

「エッ……バカ、何言って……」
「みょうじ、最近までカレシいたじゃん。ねぇの?そういうこと」
「ないよ……ちょっとしか付き合ってないし」
「つまんねぇの〜……」

人の恋愛──それも失恋! ──を面白がらないで欲しいが、それはそれとしてどうして同い歳の異性を前にしてそんな話ができるのだろう。

「なぁ、してみねぇ?」
「……なにを」

聞き返した後になって聞かなきゃよかったと思ったものの、もう遅いのだと歯を見せて悪戯っぽく笑う上鳴を見て確信した。
彼氏がいたのは確かで、そのときは想像こそつかなかったものの、いつかは経験するものなんだとぼんやり思わないでもなかった。初めてそうなるときはなにを気を付けたらよくて、どうしたらいいのかって買ってもらったばかりの小さな端末で調べたりもした。もちろん、最初は痛いとか血が出るらしいとか、最初から気持ちよかったとかいろんな諸先輩方の経験談も頭の隅に入ってる。
ほんの少し、興味はある。それでも。

「今まで友達だったじゃん。わたしのことそういう目で見れる?」

それがなにか分かっててもすんなり首を縦に振る気にはなれなくて、一線を引くようにそう告げる。
ただ、その問い対して躊躇いのない返事に肩を落とすことになった。

「余っ裕」
「うそ」
「嘘じゃねーよ。わかった。……あんね、俺お前で抜いたことあるよ」
「…………最ッ低! 帰る! ケダモノ!」

容赦なく言い放ちながら踵を返そうとしたところで手首が握られた。マジで反射神経どうなってんの。
そのせいで宣言した通りにひとりで帰路を辿ることは叶わず、振り返るしかなくなった。ここで金的を蹴り上げずにいたことを褒めて欲しい。


「すげぇ気持ちいいんだってさ」

上鳴が妖しげに笑う。初めて見る「雄」の目にゾクリとしながら、自分がそういう対象になるなんて思ってもみなかったのだと、だから彼氏がいても想像がつかなかったんだとこの時気が付いた。こんな目で見られたこと、今まで誰からもなかったから。


さっきまでいた教室こそ冷房が効いていたが、すぐ近くとはいえ寮へ帰るにはクソ暑い外を歩かねばならない。勉強にかこつけて涼しい教室を出たくなかったのも本音だけど、さすがに教室でなんて初心者には無茶である。よってふたりして良きところで勉強を終わらせてそのクソ暑い帰路を辿っている。
寮へ帰る途中で寄ったドラッグストアで、クラスメイトがうろついていないことを念入りに確認しながら、どこか後ろめたい気分で避妊具を買って急いで後にした。ちなみに、レジにどっちが持ってくのかはじゃんけんで決めた。最悪なことにわたしが負けた。くそったれ。


上鳴の部屋は最近に行った時と変化がなくて、とくに統一感のなさは相変わらずだった。

好きだよ、とか、そんな甘いことばなんてものはなくて、互いに異性の身体への好奇心でこんなところまできてしまった。ここに来る目的は大概ゲームするとか漫画を読むとかだったはずが、そのどれでもないことで身体が硬直しているのがわかった。

元彼とだってしたことのなかったキスを上鳴として、触られたことも触ったこともないような場所を触り合って、男と女ってこんなに違うんだと知る。
わたしの身体よりずっと骨の感じがわかりやすくて、そのうえに筋肉がついてることとか、服の上からじゃ知り得なかったことをまざまざと見せつけられて直視できずにいた。

「うわ、柔らか……」

男女差を感じているのは上鳴も同じのようで、わたしの肌に触れるなり目を見開いて感嘆を含んだ声でそういった。
気持ちいいとかはわからないけど、他人に触られていること自体はくすぐったくて身じろぎするには充分だ。

「きもちよかったり、すんの?」
「まだ、わかんない……」
「そっか、そうだよなぁ」

聞かれたことに正直に答えると、AVみてーにいかねぇか、とひとりで納得してそう言った。存外現実と虚構の区別はついているらしい。
それから、目を伏せて続ける。窓から差す夕日がまつ毛や金色の髪を照らして、まるで暑さが可視化されているみたいだった。

「俺もわかんねーけど、ただ……」
「……ただ?」
「すっげー勃起してんだよね」

ほら見て、と下半身へわたしの視線を誘導すべく、履いてたボクサーパンツに手を添える。布越しにでも膨れた箇所が目立って、保健体育の教科書で見たページが思い起こされた。

「わたしじゃなくてもこうなる?」
「……たぶん。でも、今はお前に……みょうじに興奮してっから」

そう言われてどう反応していいかわからず俯いた。それを更に下から覗き込む上鳴が「かわいい」とだけ呟いて、顔が近づく。そうやって、ごっこ遊びみたいな軽さで唇が奪われた。いや、これからすることもわたし達が恋人同士でない以上、ごっこ遊びのようなものかもしれないが。

「も、いれてみていい?」

聞かれたことに頷くと上鳴は、さっき一緒に買ったものを袋から取り出して開封し始めた。帰り道で「パケ買い!」って言って笑ってた、蝶が描かれた妖しげな箱。

「付け方わかる……?」
「練習したことあるから。任しといて」

一緒に練習したらしいクラスメイトの名前を挙げながら笑う上鳴が、そこだけは自信満々に見えることに笑えてしまう。緊張がそこで少しはマシになったように思えたけど、結局つけ終わるのを待つ間にぶり返してダメだった。

「入れるからな」
「う、うん」
「痛かったら……うーん、頑張れ!」
「んなアホな」
「いーから。もぉ俺はち切れそーなの。文句はあとで聞くから」

足のあいだ、自分でもどのあたりかわからないところに上鳴のそれが当たって、これからするんだって実感が急に沸いてきて体が強ばる。力を抜かないとと思えば思うほど体が言うことをきかない。そうこう頭でぐるぐる考えるうち、鋭い痛みがはしる。

「いっ……た、っ!」
「ごめっ、あ……てことは挿れるとこ、合ってる?」

半端に謝るくせに自分だけポジティブ思考で安心したような顔をする上鳴が恨めしくて睨みつける。兎にも角にもいたい。趣味の悪い柄をした掛け布団にしがみついて衝撃を逃がそうと踏ん張ってみる。

「痛い、むり、っ……上、鳴」
「待って、もーちょいだから、っ」

こんなに痛いなんて聞いてない。ていうかあんたさっき、すげぇ気持ちいいんだって、って言ってなかったっけ? ──と苛立ちながらも胎内へめり込んでくるものを受け止める。


「は、……全部、入った……」

痛みでひりつく中見上げると、上鳴が切なげな顔でこちらを見下ろす。金色の瞳に映ったわたしの顔が揺れていた。

「痛い、よな……ごめん」

頬を撫でながら額にくちびるが触れる。痛いことは痛いけど、決して乱暴にされたとかじゃなく怒るに怒れない。お互いに恋愛的な好きとかいう感情はなかったはずだけど、向けられる視線には勘違いしそうなほど恋のようなそれが滲んでいた。

「なんでだろ、今……みょうじがすげぇ可愛くて……余裕、ねぇや」

かわいい、なんて言われ慣れない言葉に意図せず舞い上がりそうになって、心臓が締め付けられる。
中に収まっていたものが動き出して、ヒリヒリとした痛みが再び襲いかかる。歯を食いしばって耐えると、勝手に口から聞いたことのないような声が上がって耐え難い羞恥心でいっぱいになる。こんなに痛くて恥ずかしい思いをするならもうしたくないなぁ、と頭では思うんだけど、下から見上げる上鳴の表情は初めて見るものばかりで、その表情ひとつひとつがどういう感情なのか確かめたくなる。
だからか。だからみんな好きな人同士で、こうして抱き合ったりするのかな。

「……っ、あ、ごめん、みょうじ、もう……イきそ、っ」

言いながら眉間に皺を寄せて、眉と目の尻が垂れ下がる情けない顔は少し、良いなって思った。
「いいよ」と答えたその時、やっとわたしは表情が和らいだのだと思う。



ただ、それはそれ。これはこれである。

「気持ちいいって言ったじゃん嘘つき!!」

気持ちよかったのはきっと上鳴だけで、わたしは最後まで痛かった。文句はあとで聞くって自分で言ったのだし、これくらいは許してほしい。

「だからずっと謝ってたじゃん! 俺も初めてだったし……その割に優しかったと思うよ!?」
「比較対象ないからわかんないもん!」
「そらそうだけど……わかった、次! 次は気持ちよくすっから!」
「……つぎ?」
「そ。次」

付き合ってるわけでもないわたしたちは興味本意でこうなった以上、次があるかなんてその都度分からない。けど、どうやら少なくとも二度目があるらしい。

「今からしてもいいけど?」
「……今度でいいです」

今更かわいこぶる気にもなれずにそう答えると、上鳴は呵々と笑うので気を悪くしたわけではないようで胸を撫で下ろす。こんなことになってもわたしは、上鳴と友だちですらいられなくなる方がよっぽど困るらしい。



20220905

これも続きを書きたい気持ちだけはある


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