||| plus alpha

気づいたら目で追ってたなんて、よくある少女マンガみたいで自分自身が嫌になった。それでも追いかける目線が止まらない。
「先生」
「なに、飛雄ちゃん」
誰にでも同じように向ける、貼り付いたような笑顔。
かつては何度も体育館で見たというのにその頃感じてた恐怖とは違う、劣等感のようなものが自分を襲った。素直な話、寂しいとも思った。
「さっきのところ、よくわからなかったのでもう一度教えてください」
「いいけど、あいかわらずだねその質問癖」
そう言って薄く笑う。
思わず安堵の息が漏れた。及川さんはまだ、ちゃんと、中学の頃の自分を覚えてくれている。
「あと」
「…なんですか」
「やっと俺のこと先生って呼ぶようになったね」
頭に血が上る感覚を感じた。入塾当初は目の前の教卓で及川さんが授業しているという違和感が拭えず、咄嗟に何度も及川さん、と呼んでしまった。さすが、あの頃と変わらず女子に人気がある彼を名前で呼んだことにより、しばらく女子生徒に嫌われたのは言うまでもないことだが、しかし目の前のこの人に勝手に引き起こされた理不尽な出来事だと思うと無性に腹立つ。
「で、どこがわからないの?」
「あ、ここです」
微分の応用の一部を指差す。やはりいい加減な口調のようで教え方はうまい。するすると頭に数字が入ってくる。
が、そのなめらかな動きは及川のあくびによって止められてしまった。
ごめんね、と口を動かし片手を口へと当てた。どうやら相当お疲れの様子らしい。
「大丈夫ですか」
「うーん、ちょっと大学のレポートがめんどうでね…ごめんね」
「いえ…」
その後は滞りなく説明が進んでいく。途中うん、ともはい、ともつかないような返事はしていたのだがどうも頭は及川さんのことでいっぱいでどんな返事をしたのかは覚えていない。
授業を全て終え、時計を見るとまだまだ勉強する時間はあった。このまま自習室に行くことは可能だがあまり気は進まない。それよりも、と思って飛雄はコンビニへと足を運んだ。
「ふわあ」
あくびが漏れ出すとあちこちから、及川先生眠いんですか、なんて声がかかる。その声に適当に返事をするとまっすぐに帰路についた。いつもなら自習する生徒の面倒をみる余裕ぐらいはあるのだが、どうも今日は眠い。余計な事故を起こす前に眠りにつこうとアパートを目指す、が、行く手を我が後輩かつ現生徒に阻まれた。
「…なにしてんの、飛雄ちゃん」
「…いえ……あの」
まさにしどろもどろといった感じで及川の目の前にコンビニの袋を差し出す。
「疲れたときには、甘いものがいいって聞いたので」
受け取り、中身をみると袋のなかにはたくさんの飴があった。本当によりどりみどりで思わずびっくりして飛雄ちゃんの顔を見つめる。
「わざわざ買ったの?」
「…」
むすっとした顔を赤く染めながら、ゆっくりと頷いた。
「…っはは!」
笑い声が漏れてしまう。
ああ、なんて愛しいのだろうこの少女は。
「ありがとう、飛雄ちゃん」
呟いて彼女の髪に触れた。一瞬ビクッと体を跳ねさせ、そのままおどおどとした視線を及川へと向けた。
「どうしたんですか、及川さ……」
突然耳の横で聞こえたリップ音。頬に及川の唇の感触を感じた。
「飛雄ちゃんが会いに来てくれただけでも元気出るね」
「!?」
一瞬にして飛雄の顔は先ほどよりも赤みを増す。顔の血管切れるんじゃないかと心配してしまった。
「なに!するんですか・・・・・」
「飛雄ちゃんこれから暇?」
「まあ、予定はありませんけど」
真っ直ぐにこちらを見つめる、どこか期待するような視線。他人にはさせないようにしなければとぼんやり考える。
「うちに来なよ」
「えっ…だって及川さん今日疲れてるじゃないですか」
まず俺の心配をするあたりずるいなぁなんて思う。
「大丈夫。それに飛雄ちゃん見てたら元気でるし」
「…でも」
「俺の頼み、聞いてくれる?」
そう言って手を握る。緊張だろうか、その指先は少し震えていた。
そして飛雄ちゃんはこくり、とうなずいてこちらを見つめてきた。
及川はにこり、とほほえみ飛雄を引っ張って前に歩を進めた。
この素直な心も、さらさらな髪も、純粋な瞳も、全て手に入るのは一体いつになるだろうか。
踏み込め。
終わり始めた夏の夜空に願いと意思をぶつけた。

Sep 01, 2013 01:23
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