||| plus alpha 寒気で目が覚めた。 からだの芯から冷めているのに、まるで熱帯夜の夜を過ごしたように汗をかいている。 夢占いや正夢なんてものを信じる柄ではないが、頭のどこかで恐怖を感じざるを得なった。 こういうときに簡単に近づけない距離感がもどかしい。 とはいえ、きっと当の本人は元気なのだろうが。 瞬間、充電器にささったままの携帯が震えた。ディスプレイに表示されたのはもちろん、及川徹の文字。 迷わず通話ボタンを押した。 『あ、もしもしクロちゃん?』 間抜けたいつもの声が聞こえて思わず安堵の息が漏れた。 まさかこの声に苛立つことはあっても安心することなんてないと思っていたのに。 『今日なんだけど、ちょっと親の都合で行くの遅れそうなんだよねー…って、クロちゃん?聞いてる?』 「聞こえてる」 『うん、だから』 「俺がそっちに行く」 『そうそ……え?』 待って待って、と慌てた声が電話の向こう側から聞こえた。が、構わずに続ける。 「俺が会いたいから、俺がそっちに行く」 そう一言いって、電話をきった。 第一駅から離れた家にすむ及川が黒尾家に来るよりも、俺が行った方が確実に早い。 財布を開き、交通費には十分すぎるくらいの金を確認すると、直らない寝癖を片手で抑えながらジャージのまま走り出した。 「思わずときめいたよね」 開口一番、及川は言った。 「俺が行くって言われてさ、うん、ちょっと、いやかなりびっくりしたんだけど」 ある意味クロちゃんらしいよね、そう言って黒尾の頭を撫でた。 20分ほど前、やけに真剣な、焦ったような顔で黒尾は及川の家を訪れた。 久々の再会にしてはやけに神妙な面持ちで、電話といいその時の表情といい、いつも余裕に満ちた黒尾からは想像もつかないような焦りを、及川は感じた。 そんな彼は今及川の横で及川の肩に顔を埋めている。 「で、どうしたの」 「んー…」 先ほどから繰り返されているやり取りだが、なかなか進展がない。 あきれたように及川は息をついた。 「クロちゃん?そろそろ話してよ」 「及川が死んだ」 黒尾の発言に及川の思考はなかなか追い付かなかった。 「え?俺生きてるよ?」 「そうだな」 変わらず及川の頭の上にははてなが浮かんだまま、むしろ増えたようだった。 「え、なに?俺幽霊なの?」 「そうじゃねぇ…」 「ちゃんと話してよー!」 そう及川が叫ぶと黒尾はやっと顔をあげた。 しかしどこか照れ臭そうに目を背けたまま、ポツリポツリと話した。 「及川が、死ぬ夢みた」 言うなり、背中をもたれかけてきた。 及川の位置からは黒尾の表情は見えない。 でもきっと泣き出しそうな顔でもしてるんだろうな、と思った。 いつもは一人で飄々としてるくせに、たまにひどく甘えてくる。及川は彼を猫のようだと思うと同時に、とても愛しく思った。 「大丈夫だよ、クロちゃん。俺はここにいるよ」 改めて考えたらあり得ない夢だった。冷静に考えるとおかしいところもたくさんあったのだが、夢の中の自分は全くそれに気づかない。 夢ならいいのに、とも思わなかった。 変えられない事実として、及川徹は死んだのだ。 目覚めて本当に夢で良かったと思った。 「すぐ電話とかすれば良かったのに」 「ぼーっとしてたらお前からかかってきた」 及川は、クスッと微笑むと、黒尾の上からおでこへとキスをした。 「俺はここにいるよ。クロちゃんを置いて、どっかいったりしないから」 「ああ」 あーあ、そこまで安心した顔するなんて。 子供のように安心しきった顔をみて及川はそしてもう一つ、思った。 置いていかれるなら、俺の方だ。 猫は、最期を悟ると主人の前から姿を消すからね。 Jun 03, 2013 22:43 browser-back please. |