||| plus alpha 電話が鳴った。といってもマナーモードのままなので、バイブの無個性な音が部屋に響いているだけだが。 ディスプレイには「荒北さん」と表示されていた。 一緒に住んでもう3年ぐらいは経つのだが、なぜだか電話帳の名前は昔のまま。フルネームでもなんでも、どうせ見るのはオレしかいないのに、変える気にはならなかった。 「どうかしたんですか」 電話なんて珍しい、そう思って聞くと、声の主は気まずそうに「あー、質問なんだけど」と言った。 「質問?」 「ワリィ、お前って洋酒入ってるチョコ、平気?」 微妙に小声なのは、多分店の中なのだろう。電話越しに女の声が騒ぎ立てている。 洋酒入ってるチョコ…洋酒…チョコ…? 「えっ、」 「いいから!平気かって聞いてんだよ!」 まだ何も言ってないのだが、荒北さんは大声で捲し立てた。 先ほどの小声の意味が全くない。 「大丈夫ですけど」 「あっそ、もうすぐ帰るからァ」 早口でそう言って、電話は一方的に切れた。その粗暴さを照れ隠しと受けとるのは、それはさすがに自惚れ過ぎだろうか。 「チョコか」 呟きが洩れる。まさかあの荒北さんがバレンタインに贈り物とは、かつてのチームメイトが見たら、きっと笑うに違いない。 去年までは俺が一方的にあげていた。それも単なる自己満足でしかなかった。 それが、今年になって突然、一体何があったと言うのだろう。 同僚にそそのかされた、とか。店員の誘いを断れなかった、とか。 そしてそれを、どんな言い訳で、どんな顔で渡してくれるのだろうか。 想像して思わず口角があがる。何年経ってもやはり、荒北さんには敵わない。たったひとつの質問で、こんなにも幸せにしてくれるのは。 「あんたしかいねぇよ」 Feb 07, 2015 20:04 browser-back please. |