||| plus alpha

ここ最近、妙に肌寒い。今だって夜とはいえ、空気は湿気を含んで暑く、身体の機能は外界の気温にしっかりと反応して汗が頬を伝い落ちるのだが、背中の辺りを時々寒気が走るのだ。
そんなことを考えながら家で自転車を整備していると、携帯に珍しい人からの連絡があった。連絡先を交換したことも忘れていたが、東堂尽八と画面に表示されているということは電話帳に登録されているのだろう。どんな用事か全く見当がつかなかったがその電話に応じる。
「もしもし、今泉です。ご無沙汰してます」
「もしもし、夜分にすまんな、東堂だ」
あまり会話した記憶がないが、確かにこの人は言っていることはめちゃくちゃだったが丁寧な話し方をすることを思い出した。
「珍しいですね。どうかしたんですか」
「あぁいや…伝えるべきか迷ったのだが、」
やたらとトークのキレが悪い。悪い出来事か、何だろう。
「落ち着いて、聞いて欲しいのだが」
「?はい」
「新開が、死んだ」
新開が、死んだ。その言葉を脳内で反芻し、意味を理解する。新開さんは死んで、この世にいない。
「…本当に…」
「悪趣味な嘘は、言わんよ。今泉くん、葬式には来るか?」
残念そうに、苦しそうに、そして悲しそうに東堂さんは日程を述べた。二日後、夜の七時から。
お礼を述べ、携帯の通話を切る。
新開さんが死んだ?どうして、いつ、そしてそれをなぜ俺は知らないんだろう。新開さんが死んだってことは、もうこの世にいなくて、会えなくて、触れることも話すこともできないはずだ。少なくとも今までの経験ではそう、認識している。死んだ人というのはそういうものだ。
じゃあ、隣に立ってるこの男は誰なんだ?
「…新開さん…?」
「?どうした、今泉クン。電話誰からだったんだ?」
新開隼人ではないというのか、オレより4センチ背の低いその男を見下ろす。髪が茶色くてふわふわしてて、少し垂れた目尻と、そしてオレにキスを教えてくれた艶やかな唇。間違いなく俺の知ってる新開さんそのもののはずだ。
「東堂さんからでした」
「珍しいな、なんて言ってた?」
「新開…さんが、死んだって…」
口に出して、恐怖を覚えた。足元にぽっかりと穴が開いて突然突き落とされたような、そういう避けられない恐怖。足が震え、寒気が増す。冗談でも言いたくない、こんなこと。
しかし予想は違う形で裏切られ、オレは眩暈を覚えた。
「…あれ?オレ、言わなかったか?」
寒気の原因は、恋人にあったらしい。
新開隼人は死んで幽霊になって、一緒にマンションで生活していた。

「それが覚えてないんだよな、気づいたらマンションの前に立っててよ」
あの後部屋に戻って新開さんを問い質した。その間彼は包丁を握り、食材を切って、美味しそうな夕飯を作ってくれた。夏バテにいいと豚の冷しゃぶだったが、こっちはあんたのせいで寒気を感じているのだ。体温が下がってもらっては困るのだけれど、ゴマのドレッシングがかかったそれは非常に美味しそうに見えた。到底、幽霊が作ったとは思えない。
「…うまいか?」
きゅうりとレタスが口からはみ出たまま、彼はそう聞いてきた。
「うまいです」
「そう怒るなよ、今泉クン」
怒っているのではない、困っているのだ。目の前のここ男が、幽霊だって?冗談じゃない。そもそも幽霊なんて非現実的なものはこの世に存在しないし、第一もしも仮に幽霊だとしてもだ、口の回りにドレッシングをつけ、豚肉を頬張る幽霊なんて聞いたこともない。
「なんであんたが死んだのかは、認めたくないですけどこの際置いといて、何で東堂さんはその連絡を俺にして来たんですか」
俺はもうひとつの疑問を口にした。東堂さんは連絡を迷った、と言ってたがしかしそれでも候補にあがる時点でおかしいのだ。確かにオレと新開さんはいわゆる恋人の関係にあるのだが(今となっては"あった"と言うべきだろうか)、そのことは誰にも伝えていない。世間体というのもあるが、恥ずかしいしそれで煩くなるのはごめんだ。新開さんもそれに納得し、オレが大学に進学したあと二人暮らしを始めたのも誰にも伝えてないはずだ。家に誰かを連れてくることもしなかった。
「何でだろうな、オレもよく分からない」
「えっ」
「連絡が来るなら迅くん経由だと思ってたよ」
「…誰かに言った訳じゃないんですよね」
「言ってないさ、誰にも」
そう言ってウインクするのだから、呆れた。悩んでいる方がバカみたいだ。
「新開さん、本当に死んだんですか?」
何度めかの質問をすると、さすがに彼もうんざりしたように「ああ」と答えた。死んだのか、そうか。新開さんは死んだ。ただ、オレには見える。一緒に飯を食って、喋っている。いいのか、それで。それでいい。
「大学、オレ明日一限からありますけど」
「…ついていってもいいか」
「別に…構いませんが」
部屋にいて急に成仏されても困る。そういう理由もあるが、その時の新開さんの表情はいつになく暗い影を落としていてそれが気になった。さすがに不安なのだろうか。ああ、しかしオレもずいぶんと新開さんに丸め込まれたようだ。そんな彼すら愛しい。
キッチンに佇む彼を抱きしめた。体温は感じなかった。寒気も強くなるし何よりあまり感触を感じない。強く抱きしめたらすり抜けてしまうような気がして、できる限り優しく彼に触れる。
体格のいい男二人が並ぶと、十分スペースがあると思っていたが、意外と狭いんだなと初めて思った。二人で暮らし始めてからご飯の用意は当番制だったから、思えば二人で立つのは初めてかもしれない。夏の暑さの中、新開さんの感覚が心地よかった。案外便利かもしれない、夏だったらすぐに汗ばんで離れるところだが、今はずっとこうしていたいと思った。心だけは暖かかった。




続きます

Feb 05, 2015 18:36
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