||| plus alpha

そもそものきっかけも覚えてないし、こうしてわざわざ聖夜に会う理由なんてそれこそないはずだった。学年どころかまず学校が違う。初めて出会ったのは確か去年のインターハイ。
ふと思い立って、カラーボックスに押し込まれているように置いてあった写真立てを手に取った。高校三年生のときのインターハイメンバーで撮った、唯一と行っていいほどの写真だ。
そこに彼の姿はない。それが当たり前のはずなのだが、なぜか違和感を感じた。
いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていたのだろうか、いや、そんなことはない。今だってそう頻繁に会ってるわけでもないのだ。
多分逆だ、インターハイのみんなが好きだからこそ、いま別の誰かと夢中になっている自分に違和感を感じているのだろう。夢中になっている?
この、何とも言えぬ寂しさの原因がわからないまま玄関に向かった。そろそろ待ち合わせの時間だ。
「おかしいな、今泉クン」
自嘲のような笑みを浮かべ、冬の外界に触れた。


彼を見つけるのは、そう難しいことではない。
180を超える身長と、鋭い目つき。そして彼独特のオーラ、だろうか。その雰囲気は鋭い。
距離にして、多分30メートルぐらいのところで俺は立ち止まった。今泉クンがよく見えるこの位置で、今泉クンからも俺がよく見えるだろう位置の、そしてぎりぎり声が届かない様なこの距離で、俺は待つ。
十秒ぐらいして、今泉クンがこちらを向いた。灰色に、青と赤のチェック模様が入ったマフラーを首に巻いていてその表情ははっきりと見えないが、その下の表情は簡単に想像がつく。
手を振ると、もたれていた地下鉄の入口の壁から背中を離し、少し慌てたような小走りで、俺に向かってくる。
こうして彼が駆け寄ってくるのを眺めるのが、俺はたまらなく好きだ。
「新開さん」
そう、俺の名前を呼んで彼の口元からマフラーが離れた。やっぱりその下ははにかんだような笑顔だった。
「悪い、待たせちまったみたいだな。」
「いえ…俺がすこし早かっただけです」
いつもそうだ。俺が五分前に来ても、十分前に来ても、いつも先に今泉クンがいる。
これは彼の癖なのだろうか、それとも俺に対する優しさなのだろうか、なんて。そんな甘ったるい考え方、高校時代に彼女がいたときにもしなかったのに。
「鼻、赤いな。大丈夫か?」
「そうですか?」
そう言って彼は鼻にさわった。その手に手袋はなかった。
「おめさん手袋しないのか?」
すると今度は右手を突き出して眺め始める。おもしろい。
「…忘れてました」
これは意外だった。いそいそと背負っていたリュックから黒い手袋を取り出して手にはめた。片手には白い袋があった。
千葉からここまで、手袋なしで?最近は寒波が鋭く、天気予報のお姉さんは「今期一番の寒さ」を毎日繰り返してるというのに、寒くなかったのだろうか。
「マフラーはしてるのに、手袋はしないのか」
「もともとあまりしないのもありますけど…マフラーは新開さんがくれたやつですから」
こういうところが、ずるい。

部屋に呼んだのは、これで三度目になる。
一回目は雨宿りに、二回目は…どんな理由だったかはもう覚えてない。よくできた後輩は「適当にくつろいで」ということができないらしく、いつもローテーブルの近くにちょこんと座る。ウサ吉を思い出した。
「紅茶でいいかい?」
「すみません。ありがとうございます」
クリスマス、なにか予定がありますか?とLINEが来たのは、確か先週だった。ないよ、と返すと既読はついたのになかなか続きがなかったから、来るかい?と送ったら即座に、新開さんさえよければ、と帰ってきた。
そこからケーキを食べる約束をして、俺が寒いのは好きじゃないと言ったらじゃあ新開さんの家に行きます、という話になって、そしてなぜか泊まる約束までしてしまった。幸いにも部屋を掃除した後ではあったし、彼女もいない(つくる気にもならないのだが)から問題はないのだが。
「とりあえずチキンと、スープ、となんか野菜があればいいと思って用意したけど、ほかになんかいるかい?」
寒そうにしている今泉クンに紅茶を渡し、エアコンをつけ、冷蔵庫を開けながら言った。
「俺は別に…そうだ、新開さん、これケーキです」
そういって白い箱を渡された。てっきりピースだと思っていたが、小さめのホールらしい。
「予約とかしたのか?用意するの大変だったんじゃないか」
「いっつも買ってるとこに連絡したら、なんか用意してくれました」
その言葉を聞いて、冷蔵庫にケーキを入れる手に緊張が走った。
「…高いのか?」
「俺は知らないっす。東京に店があるんで寄ってとってきたんですけど」
金持ちの余裕だな。とつぶやくと、どうやら聞こえていたようで少しむっとしたように「新開さんだって金持ちじゃないですか」と返ってきた。
まぁ兄弟でロードに乗ってるし、あながち嘘でもないが。
「専属の運転手はいないな」
ベッドにあったクッションを投げられてしまった。

チキンとサラダとスープを口に入れながら、二人で自転車のDVDを見て、片付けをして、他愛もない会話に花を咲かした。
「金城さん変わらないんですね」
「面倒見がいいのはすごく助かるな。父親みたいだ」
そういうと今泉クンが真剣にうなずいたので、おもわず声を上げて笑ってしまう。
「大学の自転車部って大変ですか」
「いやぁ、俺は高校時代も厳しかったから、そう身にしみては思わないけどな。ただ遠征とかは増えたなぁ」
「隼人さんの…」
違和感は少しあった。しかしその違和感自体は些細なもので、なによりもびっくりしたのは、俺の名前を読んでしまった今泉クンの、その表情だった。
言っては行けない秘密が口からもれでた様な、気まずい表情で口元をおさえる今泉クンのその顔は。まるで。
「…別に、かまわないけどな、」
「す、すみません。なんでもな…」
「なんでもなく、ないんじゃないか」
なんでこんなことを言ったのか、俺にも正直わからなかった。目の前には顔を真っ赤にした今泉クンの顔があって、困惑したようでもあって、それで…なんだ?俺は何を期待してる?
「なぁ、俊輔クン」
しばらく見つめる時間が続いた。あいかわらずきれいな顔をしていた。
「………」
「…ですか……」
伏せたその顔から、かすかに声がもれ出る。
「え?」
「わざとですか…気づいてないんですか…!」
「いま…」
「俺だって、よくわからないんですよ…なんで、あんたと一緒にいたいって思ったのか、なんども会ってるのにまた会いたいって思う、その気持ちが!俺にも…よくわかんなくて…くそ…」
一瞬だったように思う。一瞬で視界がぼやけて、肌色と黒色でいっぱいになって、唇には柔らかい皮膚の感触と、その下の固い前歯の感触が押し付けられた。人生で片手に数えられるほどしかしてないが、俺は思った。その唇の感触は一生忘れることのない、キスだろうと。
沈黙が支配した。どうすればいいかなんて俺にもわからなかった。煌煌とした電気の下、俺と、今泉クンと、そしてただの沈黙。先ほどまで熱い実況を伝えていたテレビも押し黙ったままで何もしゃべらない。ただかすかにクリスマスの夜の騒がしさが、だんだんと迫ってきていた。
「すみません…帰ります」
その声ではっと我に返った。彼はリュックをつかみ、なおも頭を低くうなだれたまますっと立ち上がる。
「いま…」
いずみくん、と呼ぼうとして、やめた。おれは何がしたい?呼んで、引き止めて、それで俺は_____
もう、決まってるだろう。
「踏み込んで、いいてことだよな」
つぶやくと、少しだけ彼の足がもたついた。その隙に、彼が振り向く前に、その手をつかんで玄関の壁に押し付ける。
漫画のようにはいかなかった。勢いのまま、でも頭の隅でこれがはやりの壁ドンかぁ、なんてどうでもいいことを考えながら彼の背中を壁に押当てた。
「帰すわけにはいかないな、俊輔クン」
俺の目には彼の足下が映っている。顔なんて見れるはずがない。
右手に伝わる、大きくがっしりとした手のひらと、細く長い指の感触。女の子とこうすることはあっても、まさか初めてする相手が自分より四センチも上の男子だなんて、いったい誰が想像したというのだろう。
「…いつから?」
「お、ぼえて、ないです…インターハイ…」
それを聞いて確信した。やっぱりおめさんにも、俺にもわからなかったんだ。考えるだけ無駄だった、ということんなんだろうな。
俺の左手と、彼の右手が手持ち無沙汰に揺れていた。頭上から、震えた声が降ってくる。
「おれ、は、隼人さんが、好きです」
後半はうまく聞き取れなかったが間違いないだろう。うぬぼれなんかじゃない。そういったときの彼の右手は、それがまるで彼の決意であるかのように強く握りしめられていたから。
ようやく顔をあげる。俺が一人暮らしをするワンルームのマンションの、少し狭い玄関。一番広い、さきほどまで二人がいた部屋からもれだす光の下、薄暗い中でもはっきりとわかるぐらい今泉クンの顔は真っ赤だった。
俺もだよ、そう伝えたつもりだが、果たして声になっていただろうか。どうやって喋るのかわからないくらい、緊張して、震えていた。寒さのせいなんかじゃない。
俊輔クンの右手はほどけ、そしてそのまますがるように俺の左脇腹の服を掴んだ。
肩に、俊輔クンの重さがかかる。
よかったって、そう言ったのか、いま。
俺のか、俊輔のかわからない心臓の音が鳴り響いて、街の喧噪が遠のく。

多分、いま一番幸せなのは俺たちだ。

Dec 26, 2014 00:11
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