「……晋助…?」

かたらの声は雨音に紛れながらも、相手の耳に微かに届いた。

「…女、か?……まさか…」
「その声は…晋助だよね?」
「!…かたら…っ」

高杉は少し昂揚した声で名を呼び、中へと歩み出す。ガタッと、何かにぶつかる音がした。

「ッ…真っ暗で何も見えねェ…かたら、声出せ」
「こっち、晋助から見て左の奥、隅っこに座ってるよ……でもまさか、こんなところで晋助に会えるなんて…」
「思わなかったか?」
「わ、…もう目の前にいるし……あっ、ちょ…どこ触ってるの!や、冷た…っ」

雨に濡れた手が、かたらを探る。

「ん?…お前、毛布に包まってんのか…」
「寒いから借りてるの。晋助も入りたいなら…その、…濡れた服ぬいで……」
「……いいんだな?」

高杉の声があからさまに嬉しそうで、かたらは恥ずかしくなる。明かりがなくてよかったと、心から思った。

「仕方ないでしょ…鬼兵隊の総督が風邪なんてひいたら…かっこわるいし…」
「クク、それもそうだ」

ふたり、毛布に包まって少しだけ寄り添う。
もし…こんなところを銀時に目撃されたら絶対、浮気と見做されてしまうだろう。

「私、怪我してから後方支援に回されちゃって…なんだか一人取り残された気分、なんだよね…前線にいる銀兄や小太郎がどうなってるのか気になるし、心配だし……」

かたらは高杉を意識しないように努め、他愛のない話を続けていた。けれど…

「俺の心配はどうした…俺のことは気にならねェのか?」

向こうが全開にこっちを意識しているせいで、どぎまぎしてしまう。

「あ、ぅ……もちろん心配…だけど……」
「それだけか…?」
「…だけじゃ、ないよ……折角の共同戦線なのに、会えないままだと寂しくって……だから、ここで晋助に会えてよかっ」

言い終わらないうちに、かたらは高杉の胸に引き寄せられた。

「かたら、……会えてよかった…」
「……ん…」
「会いたかった…」
「…………」

触れ合った肌が熱い。もう寒さなんて微塵も感じなかった。
ギュッと、やさしく抱きしめてくれる高杉の想いに流されそうで、かたらは高鳴る鼓動を必死に抑えた。こんな気持ちは許されないと分かっているのに…銀時に操を立てるなら抵抗して然るべきなのに…分かっていながら何もできない自分とは一体なんなのだろうか?…尻軽女?

「オイ…また、葛藤してんのか?」

悩むかたらを見透かして、高杉がフッと笑う。

「!……だって…」
「言っとくが、お前が罪悪感に苛まれる必要はねェ」
「どうして…?」
「お前が抵抗したところで無駄だからだ…」
「う、なにそれ…私が弱いって言いたいの?」
「そうじゃねェ…いや、そうか……つまり、だ。お前が本気で抵抗するとして、俺がどうするか…」

スッと体が離されて…次の瞬間、かたらは寝台に押し倒された。

「…こっちも本気で手に入れざるを得ない、ってこった。無理矢理にでも」
「待って、…晋助…っ」
「そうなると悪人は誰だ?…俺だろ?なら、お前に罪悪感は必要ねェ…」

唇に吐息が触れる。

「っ…からかわないで、…そんなこと言われたって…私は晋助を信じてるんだから…!」
「まァ…抵抗してもしなくても、チャンスがあれば奪うまでだ」
「!……っ…」

高杉の宣言通り、かたらの唇はいとも簡単に塞がれた。

「んっ、……はぁ…っ」

深く、唇と唇が重なって…離れる。それは、ほんの数秒の出来事なのに、時が止まったかのように思えた。

「…これで充分とは言えねーが、ここまでにしといてやる」
「ううぅ……」
「ん?何だ…物足りねェなら、もっとしてもいいんだぜ?」
「っ、あぅ……やめ…っ」

さらし布に包まれた胸のふくらみを高杉の指が撫でていく。

「もうちっと成長してから食うか…」
「なっ、…食べるとか言わないで…羊じゃないんだから…!」

言って胸にのせられた手を退かすと、高杉は隣に寝転んだ。

「羊か……なら、子羊のうちに食ったほうが美味いかもな」
「………食べちゃだめ」

かたらは笑って釘を刺す。

結局、ふたりきりになると毎回こうなって、あきもせずに同じ行動を繰り返していた。
本気を冗談で曖昧にして、ふわふわした関係が続く。例えるならば、空に浮かぶ二つの雲だろうか…けして繋がることのない…もうひとつの運命。

やっぱり、明かりがなくてよかったと、かたらは心から思った。悲しい笑顔は見せたくなかったから。

本当は銀時より高杉に対してこそ、強い罪悪感を抱いていることも…知られてはいけない。繋がるものと、繋がらないもの。それを決めたのは自分なのだから…後悔してはいけない。

でも、それでもいつか後悔する日が来るとして…そのとき私はどうするだろうか…


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