本来なら自分の所有する小型宇宙船で地球へ向かうのだが…陸奥が勝手に機械をハッキングして暗証キーを変えてしまい動かすことができない。
したがって、坂本は惑星のターミナルで船をチャーターするしかなかった。料金割り増しで時間短縮できる転送装置(ワープ)を利用する。これでほぼ目的地まで一直線だ。
星雲を掻き分け時空を越えると…その先には太陽系でもっとも美しい母なる星・地球の姿が見えた。それより今は、かたらの美しい夕色を見たくてたまらない…
地球時刻は午後の四時過ぎ。
坂本は大江戸ターミナルに到着するがいなや、タクシーに乗り換えてある場所へ回った。
『万事屋 銀ちゃん』
友人の坂田銀時を訪ねるも留守で会えず…仕方なく、一階に住む大家を訪ねてみた。
「金時ィ?…金時は知らないけど銀時なら今の時間、まだ公園にいるだろうよ」
銀時の大家、お登勢は坂本を胡散臭そうに眺め、煙草を吹く。
「金時はどこの公園におるかの?」
「だから金時は知らないっつってんだろ!…銀時なら大江戸公園に…」
「アハハ〜すまんのう!まずは金時に会わねばならんきに、恩に着るぜよ〜!」
「だから金時じゃなくて銀時!私ゃ、金時なんて知らないよ!って…ちょっ、アンタ待ちな…」
お登勢の反論も空しく、坂本はタクシーに乗り込んで急発進した。
「ったく…何なんだい、あのモジャモジャは…」
大江戸公園に着いた頃にはもう日が陰り始めていた。
仄かな赤が青空を染めていく風景は、昔も今も変わらない。たとえ江戸の外観が変わろうとも。
だからきっと、かたらの夕日色も昔と変わらないだろう。
公園内をしばらく彷徨って(迷子)坂本はやっと銀時を見つけた。やわらかく光る銀髪、その隣には…
「………かたら……」
思ったとおりに昔と変わらぬ夕色の髪…夕日に照らされた髪が仄赤く染まってキラキラと輝く。
かたらは微笑みを浮かべ、銀時と子供たち(新八神楽)に話しかけている。皆、幸せそうに笑っていた。そこには家族のようなあたたかさがあった。
「記憶を失くしても銀時がそばにおるき、心配いらんのう…」
坂本は木々に隠れひっそりと見守った。声はかけない…邪魔するだけ野暮だと思った。それに、タイムリミットが迫っている…
そもそも最初から、かたらに会って話そうなどと考えていなかった。会えば何かしら下手なことを口走ってしまうに違いない。自分の性格はよく分かっている。
だから、一目見るだけでよかった。今はそれだけで充分だ。そう自分に言い聞かせ、坂本は踵を返す。
惚れた女の幸せを願い、黙って去りゆく…
そんな自分を内心かっこいいと思った天罰なのか、草むらの石につまずき坂本は盛大にコケた。
「ああ゛っ!?」
さらに運悪く庭石に胸と腹を強打する。弾みでグラサンが飛んだ。
「〜〜〜!!」
しばし横たわったまま痛みに耐え、落ちたグラサンを手探りで掴む。すると、急に…視界が陰った。
「あのっ、どうしたんですか?どこか怪我でもなさったんですかっ!?」
その声に上を向く…一瞬、夕日の逆光に目が眩んだ。
「!!」
まぼろしだと思った…まるで夢を見ているような…でも、そこにいて自分を見下ろしている人物は紛れもなくかたらであった。
「お兄さんっ、大丈夫ですか!?」
「っ………」
昔の記憶と比べれば随分と成長した姿で、もう二度と会えないと思っていた分、感動せずにはいられない。
「仰向けになってください、ゆっくり深呼吸を…!」
「う……ちっくと転んで…腹を打っただけじゃき」
ふらつきながら上体を起こすと、かたらが寄り添い支えてくれた。身長も少しだけ伸びた様子…それでも小柄であることに変わりはないが。
「でも、ちょっとだけここに座って休みましょう」
近くのベンチに腰をかける。
「しかし…わしゃすぐターミナルに戻らんとならんきに…タクシーば…」
「タクシーですね?お呼びします」
かたらは胸元から携帯を取り出し「大江戸公園北口まで迎えに来てください」とタクシーを頼んだ。
「すまんのう…」
「いえ、礼には及びませんよ。それより…ぶつけたところは大丈夫ですか?」
「大丈夫ちや、昔みたいに骨折もしちゃーせん」
「昔?」
「あ〜気にせんでええ、…ところでお嬢さんのお名前を教えてもろうても?」
「はい、名も名乗らずに失礼しました。わたしは…葉月かたらと言います」
ふわりと笑うかたらは昔と同じようでいて、まるで違う人間のようにも思えた。記憶喪失という事実…過去の自分のこと、仲間のことも、何も覚えていない。それが心苦しい…
「…わしゃ、坂本辰馬と言う。職場は宇宙、銀河を股にかける商人じゃ」
夕焼けに染まった空を見上げ、指を差す。釣られてかたらも顔を上げた。
「宇宙…ですか?」
「私設艦隊で銀河を巡る星間貿易業を営んでおっての〜、こう見えてわしゃ船長をやっちゅうよ」
「では、坂本さんは社長さんなんですね」
「坂本さんじゃのうて辰馬と呼んでもろうてかまわんき」
「そんな…初対面の方に向かって呼び捨ては…」
「わしもかたらちゃんって呼ぶきに、辰馬と呼んでほしい」
昔と同じように…
「え…あの…た、辰馬…さん?」
かたらは戸惑いながら小首を傾げた。
「アッハッハッ、さんは余計じゃが仕方ないの〜」
「??」
「しっかし、まっこと地球の夕日は美しい…わしゃこの夕日を見るためだけに一時帰国したがやき」
「え…そうなんですか?」
「他の星は太陽が遠すぎての〜、こがな綺麗な夕日は見れん」
「…でも、宇宙だって美しい光景がたくさんあるでしょう?花のように咲く銀河の渦とか…とっても素敵だし、一度はこの目で見てみたいって思います」
「確かに銀河は美しいけんども、わしにとっての一番はこの星の夕日ちや」
言い終わると同時に、控え目なクラクションが聞こえた。
「あ、タクシーが来ましたね」
「……さてと、早う仕事に戻らんと陸奥にどやされるき」
重い腰を上げると、かたらも立ち上がった。
坂本は向き合ってじっとかたらを見つめ…それから外していたグラサンを掛け直した。
「かたらちゃん、ありがとう。こがな美人さんと一緒に夕日ば見れて、わしゃ幸せ者ぜよ」
「そんな…」
「また地球に帰ったとき、かたらちゃんに会えると嬉しいやか…これを」
胸元から名刺を出して手渡す。
「宇宙が見とうなったら、いつでも連絡しとおせ。わしが銀河を案内しちゃるき遠慮はいらん」
「え…でも…」
「アッハッハッ、ほいたらまた会おう!かたらちゃん」
「あの…っ…」
半ば逃げるようにしてタクシーに乗り込んだ。かたらを強く抱きしめたいという衝動を、これ以上抑え切れなかった。
車がゆっくりと動き出す。窓越しに視線を交え、離れていく。離されていく…
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