「銀兄、起きて!寝ちゃダメ!!」

昼飯を食った後、急激な睡魔に襲われ半分寝ているところを無理やりかたらに起こされた。そういえば今日の午後は村市場に出掛ける約束をしていたような気がする…銀時が上体を起こし欠伸をしている間にもかたらは忙しなく動き、銀色の髪を手櫛で整え、手巾で涎を拭いて、肌寒いからと首に襟巻きをつけて勝手に人の身支度を済ませていった。

「ほら!早く行こう!」
「………だるい…昼寝してからでよくね?」
「よくない!約束したんだから一緒に行くの!」
「あー…わかったから、そう急かすんじゃねーよ…市場は逃げねーぞ」
「市場は逃げないけど、物は売り切れちゃうよ?だから早く行かなきゃダメなの!」
「………」

可愛い妹の頼みだから聞かない訳にもいかず、銀時は仕方なく重い腰を上げた。
十月下旬ともなれば日が出ていても空気は肌寒い。玄関を出た途端に小さく身震いし手を袖の中へ引っ込めて、かたらの後ろに続いていく。何気なく視界に入る夕日色の長髪が歩く度に揺れ、その綺麗に艶めく髪を眺めていたら何故かドキリと胸が高鳴る。脳内に浮かんだものが何かというと、かたらの裸体にその髪が乱れ垂れているあられもない姿だ…妄想で頭が冴えたのはいいが、こんな道端で欲情している場合じゃなかった。
銀時はかたらの横に並んだ。こうすればかたらの後姿にムラムラしなくて済む、そう思っても一度意識してしまった所為か、横目でかたらを気にしてしまう。そして、ある物を見つけてムラムラが一気にイライラに変化した。

「…まーたその髪留めつけてんのかよ」

かたらの横髪を纏めているべっ甲の蝶飾りは今月上旬、十三になったかたらの誕生祝いにと高杉が贈った品物だった。かたらは貰ってからというもの毎日のように此れ見よがしに頭につけていて、今まで我慢してきた不満がついに口から出てしまった。

「毎日毎日あきもせず同じものつけて、バカの一つ覚えですかぁー?」
「別にいいでしょ、わたしの物なんだからわたしの勝手ですぅー」
「つーか他にも色々持ってんだから、毎日同じものつける必要なくね?ワンパターンじゃね?」
「気に入ってるんだからいいの、放っておいて」
「ホラ、前に俺が買ってやったやつがあんだろ?それもうつけてくんねーの?」
「銀兄のくれた髪留めは壊れちゃったよ、結構前にね」
「………」

そういや壊れて直せないと、かたらが悲しんでいた様子を思い出した。いくら大事にしようと安物じゃあ物持ちしないことは確かだ。それに比べ…

「ああそーいうコトね…晋助から貰ったやつは高級品だから毎日つけても劣化しないとか言いたいワケ?俺への当て付けかコノヤロー」
「銀兄、何でそうひがむの?わたし、別に当て付けてなんかないよ?晋助だって…」
「いーやアイツはお前に色目つかってっから!いいか、男っつーのは好いてる女に装飾品を贈りたがるモンなの!それをお前が毎日毎日つけるせいであのヤローは勘違いして優越感に浸ってやがんだよ!」

どうにもこうにも怒りを抑えきれず、銀時はかたらの髪留めを無理やり引っ張って奪い取った。

「いたっ、銀兄やめて!何するの!?返してよ…返してってば…っ!」

そのまま頭上に腕を上げておけば身長差もあってかたらには届くまい…傍から見ると、兄に物を取られた妹が一生懸命ぴょんぴょん飛び跳ねていて、かわいそうだけどカワイイよね的な感じに見えるだろう。しかしそれはほんの数秒で、次の瞬間にはかたらの足技が銀時の股間をかすめた。

「っ!!…おまっ…金的はねーだろォォォ!?今の当たってたら子孫残せなくなるっつーの!!」
「いいから返して!大事なものなんだから!!」
「ああ゛!?何お前、俺の金玉よりこの髪留めのほうが大事なワケェ!?」
「銀兄のバカっ、下品なこと言ってないで返してってばぁ…!!」
「わっ…危ねェ…!!」

揉み合っている場所が悪かった。川をまたぐ橋の上、その欄干にぶつかった衝撃で銀時の手から髪留めが滑り落ちた。

『!?』

髪留めは宙に投げ出され、橋の下へ落ち川の流れに消えていく。
ふたりしてしばらく放心した後、かたらの手が震え出したのを見て銀時は焦った。自分が悪いのは当然だが、運も悪いこと間違いなしで、だからといって言い訳は以ての外で、とにかくまずは謝るべし…

「わ、悪かった…俺が悪かった…!!」
「………」
「あの、弁償すっから…代わりの髪留め買ってくるから…ね?かたらちゃん、許してくれる…?」
「………」

唇をきゅっと結び沈黙するかたらの姿に居た堪れなくなり、銀時は後退りした。川の流れは速くて、どう考えても落ちた髪留めを探すことは不可能だ。なら結局は新しい物を買って弁償するしかないと、銀時はひとりで市場へ行くことに決めた。

「お、俺が新しいの買ってやっから!なっ!買出しも俺がしてくる、だからお前は家に戻って待ってろよ!分かったな!?じゃあ俺…行ってくっからァァァ」



逃げた後に気づいた…お金を持っていなかったことに。銀時は市場へ向かう途中、あるところへ立ち寄った。当てがない訳じゃなかった。

「ヅラ、金貸せ」

会って開口一番に金を貸せと言われた桂は腕を組んで銀時をじっと睨みつけた。

「ヅラじゃない桂だ…ふざけるな、それが人にものを頼む態度か?」
「いーから!貸してくれ」
「貸すのはいいが、まず理由を聞いてからだ。ちゃんとした訳があるのなら考えてやろう」
「…あーもう説明すんのも面倒くせェ!」
「なら金は貸さんぞ?絶対に、一円たりとも、お前には貸さん」
「………」

この堅物相手に嘘をつくと更に面倒なことになり兼ねない。銀時は仕方なく事の経緯を話した。

「バカか?お前は……銀時、お前が新しい物を買ったからといって、それが代わりになると思っているのか?しかも晋助に張り合って値の張る高級品を買おうなどと…そのような浅はかな考えはかたらの心を逆撫でするだけだぞ」
「んなこたァ分かってんの、それでも弁償するしか…ねェだろーが」
「弁償はかたらが望んだときにすればいい。今は誠心誠意、謝罪することが重要だ。そもそも初動を誤ったのがダメだったのだ、たとえ見つかる希望がなくても川に入って探すくらいの体を成さねば、な」

尤もな意見だが、正直あの冷たい川に入りたくなかった。それに今更ああだこうだ言ってもどうにもならない。

「誠心誠意謝んのはいいけどよォ、手ぶらってどーなの?やっぱ何か買ってったほうがよくね?」
「だからそれが浅はかだというのだ……仕方ない、俺も一緒に市場へ行くとしよう。買出し分の金なら貸すが…かたらに贈るものは金では買わんぞ」
「どーするってェの?」
「……俺に考えがある」



銀時は桂を連れて村市場で買出しを済ませ、帰りは桂の道案内で少し遠回りをすることになった。山道から外れ獣道を抜けた先に広がっていた光景…それは一面真っ赤な花で埋め尽くされた丘だった。

「ここには赤の秋桜しか咲かぬのだ。花言葉は愛情と調和…恋人たちの逢瀬に相応しい場所であろう?一度、花が咲いている内にかたらと訪れるといい……さて、今日はこの花を摘んで帰るとしよう」

桂に言われるまで花を贈るという発想は浮かばなかった。何故なら毎日のようにどこからか野花を摘んでくるかたらを見ている為に、銀時自ら花を摘む必要がないと思っていたからだ。

「ヅラ、すまねーな」

何だかんだで頼りになるのは…悪態をつきつつ素直に頼ってしまうのは桂だけだった。高杉に頼ることは自尊心が決して許さない…それは向こうも同じ筈で、相反するのがライバルというものかもしれない。



銀時が夕日に照らされながら家路につくと、玄関前の石段に座るかたらの姿が見えた。かたらはこちらに気づいて駆け寄ってくる。橋の上で別れたときと違って、その表情は明るく穏やかだった。

「銀兄、お帰りなさい!あのね…」
「かたら!すまなかった!!ガキみてェに嫉妬してお前を傷つけちまった…!この通り謝るからっ…俺を…俺を許してくれェェェ!!」

かたらの台詞を遮ってでも、まず先に誠心誠意謝って土下座しなければならない…銀時は頭を地面に擦りつけた。

「うん、許す」
「早っ!!」

予想外の言葉に顔を上げれば、かたらはしゃがみ込んで、にっこりと笑っている。

「もういいの、髪留めは見つかったから…もう怒ってないよ?あ、でもちょっと怒ってるかも…あれ?怒ったほうがいいのかなぁ…銀兄を甘やかすとロクな大人にならないって小太郎も言ってたし…」
「あの、ちょっと、かたらちゃん?見つけたって…お前まさか川に入って探したの?」
「そう、探しながら下流に下って…小さな滝壺のよどみで見つけたの!運がよかったのかな、髪留めの」
「オイオイなんつー危ねェことしてんだよ、下手すりゃお前が流されちまうだろーが」
「………」
「悪ィ…そうさせたのも俺のせいだった…」

銀時は背後に寝かせておいた花束を掴んでかたらに差し出した。その綺麗に纏められた赤の秋桜を見て、目をぱちくりさせるかたらが可愛過ぎて堪らない。できることなら今すぐ抱きしめて色々してやりたいくらいだ。

「どうしたの?こんなにたくさん…」
「お前のために摘んできた……何?この花は気に入らねェ?」

言いながら真っ赤な一輪を手に取り、かたらの耳にかけて花飾りにした。夕日色の髪に鮮やかな赤の花、それは情熱的に色気を醸し出している。まだ幼さの残るかたらの、未来の姿が見えるような気がして銀時はふっと口元を綻ばせた。
大人になったかたらはきっと誰もが振り返るほどの美人になって、きっと自分は今よりもっと嫉妬することだろう。それでも、嫉妬も愛情だと…かたらは許してくれるだろうか。

「コスモスは好きだよ……あのね、コスモスの語源はね…『美しい飾り』って意味があるんだよ…銀兄は素敵な髪飾りをわたしにくれた…」

かたらは花束を受け取ると、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せながら言った。

「ありがとう、銀兄」


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