鬼兵隊が潜伏先として貸し切った別荘のラウンジ、その露台から池畔を見下ろす男女の姿があった。
女は長い金髪をハーフアップにまとめ、露出度の高いへそ出し仕様の赤い和服にミニスカート。少々吊り目だが年は若く、まだ少女っぽさが残っている風貌だ。
男は黒緑の短髪を逆毛に立てて、サングラスにヘッドホン、レザージャケットを身に着けたその背中に三味線を背負っていた。

「ああ、晋助様……おいたわしいっス…不憫でならないっスよ…」
「また子、ぬしが悩む必要はござらんよ」

女の名は来島また子。鬼兵隊の紅一点、二丁拳銃を武器として使い「紅い弾丸」という異名を持つ。総督である高杉を心から慕っており、度が過ぎて暴走するときもたまにある。

「万斉先輩、もし夜叉姫が生きてるなら…晋助様は会いたいと思うっスかね…?」
「晋助なら会いたければ会いに行くでござろう。ただ、総督自ら敵の手中に飛び込むような無謀なマネはできぬはず…」

また子の隣に立つ男の名は河上万斉。鬼兵隊の実質ナンバー2であり、三味線に隠した仕込み刀と弦を武器に戦う「人斬り万斉」の異名を持つ剣豪である。
また子と万斉、この二人の話題も夜叉姫かたらのことであった。

「でも、どうして…どうして仲間だった人が幕府の犬になってるんスか?夜叉姫はどうしちゃったんスか?頭がパーンってなっちゃったんスか?」
「…定かではないが、記憶喪失という噂も聞いているでござる」
「記憶喪失?…なら、頭をパーンって打てば治るかもしれないってコトっスか!?」
「イヤまた子、ぬしがパーンて撃ったらあの世へ旅立ってしまうでござるよ」
「イヤ万斉先輩、撃つってそっちじゃなくて叩くほうの打つなんスけど」
「どちらにせよ物騒でござる……まさか、ぬしまで夜叉姫を晋助に会わせようなどと考えているのではござらんか?」

総督と夜叉姫を引き合わせる。それは仲間内で何度も持ち上がった話だが、当人の高杉を無視して勝手に推し進めることはできない。下手をすれば総督の怒りを買い、首が飛びかねないのだ。

「そう思って何が悪いんスか……だって、このまま放っておけば夜叉姫はいつか敵として晋助様の前に立ちはだかるんスよ?晋助様に想い人を斬らせるようなそんな悲劇…私は絶対に見たくないっス…!」
「…ぬしも他の者も、ふたりを彦星と織姫だと勘違いしているでござる。夜叉姫は白夜叉の妹であり恋人だったと聞いt」
「そんなの関係ないっスよ!!たとえ他の誰かのものであっても、身を引いてあきらめたとしても、一度本気で好きになった人を簡単に忘れられるわけがないっス!死に別れたはずの想い人が生きてたんスよ?晋助様だってきっと会いたいに決まってるっス!…ねえ万斉先輩、私らで何とかして一目だけでもいいから…ふたりを会わせてあげられないっスか?」

また子の必死さに万斉はフッと溜息を漏らす。ここで釘を打って止めなければ、高杉を慕うあまりに暴走しかねない。

「また子、拙者たちにできることは何も」
「あるっス!!できることならあるっスよ!だから協力してください、万斉先輩!!」

暴走させないためにはしっかりと手綱を握ることだ。万斉は仕方なく頷いた。

「しかし…本当にいいでござるか?もし夜叉姫が晋助に付くようなことになれば、ぬしにとって夜叉姫は恋敵になるのではござらんか?」
「…それでもいいんスよ。むしろそうなったら嬉しいかもしれない…だって私、ずっと夜叉姫に憧れてたから…あの晋助様がベタ惚れした相手っスよ?一体どんな人なのか気になるし…実の所、私も会ってみたくて…」
「其の実、拙者も夜叉姫が如何様な人物か気になっていたところでござる」

一番の気がかりは夜叉姫が噂通りに記憶喪失だった場合である。真選組に属するなら警戒心も強い筈で、接触を利用し鬼兵隊を一網打尽にしようと手を打ってくるかもしれない。それを避けるには慎重に事を進めなければならなかった。



***



夜間、都会の喧騒を見下ろすビルの屋上に佇む一つの影があった。
鬼兵隊総督、高杉晋助…女物に見える派手な着流し姿、紫黒色の髪が生ぬるい風に揺れる度、左目を覆った包帯が見え隠れする。片手に煙管を持ち、燻らす息は夏の夜に溶け込んでいった。

「只でさえ暑苦しい熱帯夜だってェのに、あの光は眩しくていけねェ」

高杉は背後の気配に気づき、振り返らず言葉を掛ける。その視線の先にあるものは江戸中心に立つターミナルだ。

「全くもって無風流な建造物だと思いますが、都市化した江戸の象徴ですから」

高杉の隣に並んだ長身の男…見廻組局長、佐々木異三郎が言葉を返す。真選組の黒と違い、真っ白な隊服は夜に溶け込むことを知らずに浮いていた。

「クク、大敗した証でもある」

高杉と佐々木の深夜の会合。それはこの国の行く末に関わる大きな野望、ある計画のために必要不可欠な繋がりだった。本来ならテロリストと警察、敵同士の筈だが互いの大志とその理想のために、互いの立場を最大限に利用する、言わば同盟を結んでいる状態だ。

「…順調に事が進んでいるようで何よりです。ああそうそう、コレ渡しておきますね」

高杉は受け取った封筒から書面を広げ、ざっと目を通した。

「彼女、とても過酷な人生を歩まれてきたようですね…まさに悲劇のヒロインとでもいいましょうか」
「!………」

書面に書かれている事柄は真選組の女隊士についての情報、主に素性調査である。これは高杉が佐々木に依頼したもので、かたら本人であると確定するために必要だった。しかし、まさか幕臣の家系に生まれ、天導衆とそれに付き従う先代将軍定々の策略によって一族が屠られていたとは想像にも及ばなかった。

「昔のお知り合いでしたか?でしたら、彼女は記憶を失う以前に…攘夷活動をしていたことになりますね」

否定するつもりはなく高杉は口角を吊り上げた。

「今まで死んだものと思っていた…否これからも死んだものと見做すべきか…記憶喪失、果たしてそれが幸か不幸か…」

かたらにとって、高杉にとって、幸となるか不幸となるか…その判断は相見えたときにしか分からないだろう。

「お会いになりたいのですか?」
「会うつもりは毛頭ない」
「未練も無いと?」
「そんなもの、とうに失せた」
「…そうですか。何だか無粋な質問をして申し訳ありませんでした…私、ちょっと興味が湧いてきてしまったものですから」

かたらという女の存在。彼女をこのまま真選組に置いておくのなら、何れの日かその組織ごと潰しても構わないということだ。本当に未練がないのなら…それとも己の手で壊すことを望んでいるのだろうか。

「では、今宵はこれにて失礼致しましょう。また次にお会いするときには少しでも進展していることを願っていますよ」

理想が実現する日を待ち遠しく思う。すべてを壊し腐敗したこの地を更地に変えたとき…そこに一体何が残るのか楽しみでもある。



***



「葉月、たまにゃ息抜きに外でメシ食うか?」
「!…いいんですか?副長」
「俺がついてんだろ?心配すんな、それとメシも俺の奢りだ」
「ありがとうございます!わたし、車を回してきますね」
「ああ、頼む」

告白をしたあの日から、土方は気が晴れたのか妙に清々しい顔をするようになった。かたらとは以前と変わらず上司と部下の関係だが、むしろわだかまりが解けた分、以前に増して絆が強くなったと実感していた。互いに言いたいことは言い、遠慮せず寄り添う。それは土方が包み隠さずかたらへの想いを告げた結果、成し得たものかもしれない。

「何だか副長、吹っ切れたみたいですね」

影から二人を見守る山崎が言うと、隣にいた沖田はジト目でさも不服そうに鼻を鳴らした。

「フン…つまんねーの。もっとこう、ドロドロした昼ドラ展開にならねーモンかねィ」
「イヤ見たくないんですけど、そんな展開」
「どーにもこーにもイライラが治まらねェ…」
「もしかして沖田隊長…本当は副長とかたらさんにくっついてもらいたかったんじゃないですか?」
「はァ?バカ言うな、んなコトこれっぽっちも…思ってねーし……」

自分自身、気づかなかった気持ちを山崎に読まれ、沖田は口を閉じた。不思議とすんなり納得がいって、本心はそう思っていたのだと素直に受け入れることができた。あれだけ口では文句を言っておきながら、結局は土方のことを認めていたのだ。過去の因縁も払拭するほどに、許していたのではないか。
黙り込む沖田を見て、図星だったのかと山崎は隠れて苦笑した。



土方とかたらが昼食を外で済ませ市街地の通りを歩いているときに事は起こった。
駐車場へ向かう途中、かたらは擦れ違う人にぶつからないよう注意を払っていたのだが、突然肩に衝撃を受けてよろけた。咄嗟にかたらを支えた土方はぶつかってきた相手を威嚇するつもりで口を開くも、相手のほうが先に脅しつけてきた。

「ちょっとアンタ!!どこに目ェつけて歩いてるんスかァ!?」

かたらに怒鳴る女は金髪をツインテールにまとめ、丈の短い派手な着物にブーツ、如何にもギャルと呼ぶに相応しい格好をしていた。金髪女はその両腕に抱えた風呂敷で包まれた何かをさも大事そうに確認する。

「あ〜あ〜さっき買った壺が割れちゃったっス!どうしてくれるんスかコレェ!この壺五十万もしたんですけどォォォ!?」

そのわざとらしい言い方に土方は金髪女を詐欺師と断定し警戒するが、かたらの反応は違っていた。何故か頭を下げている。

「あの、ごめんなさい。弁償しますから…」
「はあぁ!?ゴメンで済むなら警察はいらないし、弁償なんかで済む問題じゃないんスよコレは!ある職人が丹精こめて作った一点物っスよ、一点物!もう同じものは二度と作れないんスよォ!ちょっとアンタ、コレどう落とし前つけてくれるんスかァ!!」

金髪女は片手でかたらの襟元を掴み食ってかかる。しかし、かたらは抵抗もせずされるがままだった。見兼ねて土方が口を出す。

「オイ金髪女、そいつから離れろ。ちょっとぶつかったくれェで壊れる壺が五十万もするワケがねェ…これ以上喚くなら公務執行妨害でしょっぴくぞ」
「おまわりだろーと関係ないっス、V字は黙ってろ」
「ブイ…っ…」
「副長、わたしは平気ですから口を出さないでください。大丈夫ですよ、ちょっと向こうで話をつけてきます。このまま歩道で騒いでいると邪魔ですし、目立ちますから……さ、あちらで話し合いましょうか」

かたらは金髪女を促し歩道脇から裏路地へと入っていく。慌てて土方も後に続いた。

「V字はこっちくんな、V菌がうつるっス!」
「V菌て何だ、人をバイ菌みたいに言うんじゃねェ…てめーの金髪、黒に染め直してやろうかァァァ!?」
「副長抑えてください!女は女同士で話し合ったほうがうまくいくと思うので、ここはどうかわたしに任せてください…!」
「そうっスよ、女のいざこざに男が口挟むもんじゃないっス」
「っ……分かった。だが葉月、早く済ませろよ。午後の常務に差し支える」

了解しましたと、かたらは裏路地の奥に進んでいった。


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