夕刻、土手沿いをひとり歩いていく。
ふわりと風になびく銀色の髪、白い着物の袖と裾。着流しの下には黒い洋服とブーツ。腰のベルトに木刀を差した出で立ちの男…
坂田銀時は片腕に花の包みを抱え、河川敷を下りていった。
川縁に座って、景色を眺める。目に映るすべてが、黄昏の夕日に包まれ、夕色に染まる時間。
あれから六年…大切な人を亡くしてから、六年という年月が過ぎ、桜が咲けば七回忌にもなる。
亡き妹、かたら…今日この時だけは、過去の思い出に浸ってもいい。そう、自分で決めていた。
彼岸会に参る墓などなく、花屋で買った供花を一本ずつ川へ流していく。黄色の水仙はゆるりと水流に飲まれ消えていった。
松陽先生の好きな花。
だから、かたらも黄水仙を好きになった。銀時に花言葉を教えてくれたのも、かたらだった。
私の愛に応えて。
応えたくとも、かたらはいない。
私のもとへ帰って。
帰りたくとも、かたらはいない。帰るとも、この命まっとうするまでは…
『銀兄』
追憶のなかで呼ぶ声…
笑顔も、泣き顔も、どんな表情も忘れない。少しずつ色あせようとも、けして忘れはしない。
未だ涙は流れずに、心底でかたらを想う。今日この時だけでなく、追憶の日々…
夕日にて、何を思うのか。誰を想っているのだろうか。
そんな銀時の姿を、橋裏から見守る子供たちがいた。銀時が営んでいる『万事屋』のメンバー、志村新八と神楽である。
「新八ィ……銀ちゃん、悲しそうアルな…」
「そうだね、お彼岸に花を手向けるんだから…銀さんにとって大切な人がいたってことだよね…」
「誰なのか…訊きたくても訊いちゃいけない気がするネ…人には話したくないコトのひとつやふたつあるアル…」
本当は銀時がどう生きてきたのかを知りたい。過去にどんな悲しみを背負っているのかも…
「多分…攘夷時代に亡くした仲間を弔ってるんじゃないのかな…」
戦争の経験者だし、仲間思いの銀時のことだから、きっとそうだろう。
「あっ、…もしかしたら亡くなった恋人かもしれないネ。若かりし頃の恋人を想ってるネ、きっとそうアル!」
「え、…銀さんに恋人?……想像できない」
「…だがしかし、死んだと思っていた恋人が実は生きていた!」(キリッ)
唐突な神楽の妄想はどこかで聞いたことがある話だ。
「ちょっと何ソレ、何勝手に設定作ってんの?神楽ちゃん、古いドラマじゃないんだからソレはないでしょ」
「今、再放送してるドラマ…ベタベタな展開で面白いネ。死んだ恋人が実は生きてて、しかも記憶喪失だったアル。んで、お互い新しい恋人がいて結婚寸前だったアル。それでも、ふたりは惹かれ合って…」
「イヤ、もういい、もういいよ神楽ちゃん、わかったから。最後なんやかんやで記憶が戻って、なんやかんやでハッピーエンドでしょ?僕、知ってるからネブフォッ!!」
神楽のビンタを受け、新八が倒れ込む。
「ネタバレすんじゃねーヨ、ダメガネが。私、まだ最終回見てないネ!」
「そ…そうだったの……ゴメン…」
「ま、先は読めてたアルけどな…」
少しの沈黙を風が横切って、ふたりは空を仰いだ。
「銀さんって、夕日を見るとき…いつも…寂しそうな顔してるよね…」
「…ウン…」
「今日は飲んだくれて帰ってこないかも…」
「…そうアルな…」
鮮やかで美しい夕日は沈みゆく…
「もう遅いし…今日は僕、万事屋に泊まってくね」
「え〜……私、ラーメン食べたいヨ」
「嫌がって何さりげにリクエストしてんの?言っとくけど外食はダメだからね」
「マルちゃんラーメンにたまご入れればいいアル」
真選組屯所、時刻は深夜に差し掛かる頃…
数日間かけて、やっとの思いで片付けた書類。土方はその最後の束を封筒に入れ、屯所内にある郵便箱に投函した。
「これで忙しいのも終わりですか?」
隣にいるかたらが尋ねる。
「ああ、明日から通常勤務だ。……正直、お前がいてくれて助かった」
素直にそう思ったから口にして、煙草に火をつける。
「お役に立てたなら嬉しいです。でも…仕事ですから、もっと厳しく使ってもらってかまいませんよ?」
「飴より鞭をご所望かァ?」
「飴でも鞭でも…わたしは言われたことをやるまでです」
一瞬、かたらの台詞に何かしら違和感を覚えたが、何しろ睡眠不足と疲労で頭が回らなかった。
土方はコキコキと首を鳴らす。
「こうも座り仕事が続くと、体が鈍ってしょうがねーな。…明日から剣術指導に復帰するか…」
「あの、副長…わたしも参加していいですか…?」
おずおずとして、少し高揚を見せるかたら。
「そういや、近藤さんに付いてたときは参加しなかったって聞いたな」
「はい、見学だけでした…」
正確に言えば、参加させてもらえなかった。参加したくても、来たばかりのかたらには言い出せなかったのだ。
「見てるだけってのは意外にストレス溜まるからな。…まァ、明日はお前の腕前を見せてもらうとするさ」
「!…はいっ」
やわらかい笑顔の下には元暗殺部隊、暗殺者の顔が隠されているのだろうか。義父に医を習い、医業で人命を救いながら、次の仕事は暗殺業。職にこだわりがないのか、それとも…
『わたしは言われたことをやるまでです』
過去を失くした人間は心さえも…
疲れた頭で考えるもんじゃない、土方が溜息混じりに紫煙を吐き出すと、かたらが「あ、」と漏らした。
「今日って春分の日だったんですね…」
郵便窓口に貼ってある日めくりカレンダーの赤い数字を見ている。土方は時計を確認して一枚、日をめくった。真夜中を過ぎ、日付が変わったからだ。
「春彼岸の中日も過ぎたな……何だ?墓参りに行きたいなら休暇取りゃあいい」
「…墓参りなら非番のときに行けますよ。…副長って、やさしいですね」
「はァ?別にやさしかねーよ。…もういい、部屋に戻って寝とけ」
「意外に照れ屋さん…」
「いーからさっさと行け。お疲れさん」
「ふふ、お疲れさまでした。では失礼致します」
一礼して去っていくかたらの背中を見送って、煙草を携帯灰皿に押しつける。
確かに、かたらには感情がある。ならば…感情がない、そう感じる一瞬は何なのか…
「葉月、ちょいと俺に付き合いな」
渡り廊下を歩いていると沖田に呼び止められた。
「?…何ですか、沖田隊長」
「真夜中のドライブ」
「…巡回ですね?別にかまいませんよ、気分転換になりますし…」
「…って、わたしが運転ですか?」
「当たり前だろィ」
先に助手席に乗り込んだのは沖田だった。仕方なくかたらは運転席に座り、ベルトを締める。
「あの、わたし初心者マークなんですけど…」
「安全運転で頼みまさァ」
「……はい」
夜のかぶき町、その中心は実に賑やかだった。
丁度、送別会の時期もあって、路上には酔っ払いがわんさかと存在している。騒いで暴れる者もいるが、それを取り押さえるのは普通の警察、お巡りさんの仕事であった。
沖田は歓楽街の裏手を回るよう、かたらに指示を出す。真選組は対テロ用組織。攘夷浪士を見つけるには裏通り、裏路地を張り込むのが定番である。
とりあえず、裏通りを一周しようとパトカーを走らせていたとき…
「わっ!!」
かたらが急にブレーキを踏んだ。
キキキーーーーッ!!
「んごおっ!?」
キュイッ!ブレーキ音に混じってゴンッ!と盛大に額をぶつける沖田。
『…………っ』
車が停止して、静寂に包まれる。エンジン音がないのはエンストしたからだ。
「いって、アタタタ…何しやがんでィ…急ブレーキたァどーいう…」
「すみませんっ、白い猫が見えたので…」
言うなりドアを開けて車を降りる。前方に出て、かたらは驚いた。
「!」
道路にいたのは白い猫ではなく、白い髪の人間…男性だった。
うつ伏せに倒れた横顔がライトに照らされ、その頬がほんのり赤く染まっている。どう見ても酔っ払いである。白髪のわりにまだ若い男…それよりなにより、路上で寝るとは何と危険極まりないことか。
かたらは男の肩をポンポンとたたいた。
「お兄さん、こんな場所で寝てると風邪…じゃなかった、車にひかれてしまいますよー?お兄さーん、起きてくださーい!」
白髪男は眉間にしわを寄せたものの、目を覚まさない。泥酔もいいとこだ。
「ったく、どこが白い猫でィ…こいつァ旦那だ、旦那」
「だんな?」
「万事屋の旦那」
「よろずや…?」
「かぶき町で何でも屋ァ営んでる男でさァ」
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