「俺が勝ったら一つ質問がある」
「質問、ですか?それなら今答えますけど」
「…やっぱや〜めた。俺が勝ったらお前一緒に風呂な、背中のみならず竿も玉も流してもらおーか。ついでに処理も頼みまさァ」
「勝手に人を風俗嬢にしないでください。処理って何です?いい加減にセクハラやめないと切り落としますよ?」

軽く準備運動をしながら沖田に言葉を返し、床に置かれた竹刀を手に取って状態を確認する。きちんと手入れされたものでなければ長く楽しめない。かたらは片手で一振りして、それから中段に構えた。沖田も同じく構え、互いに視線を合わせる。幸い今は夕飯時で人がいない。静寂とまではいかないが雑音もなく、落ち着いて集中できる。

タンッと踏み込む音と共にふたつの竹刀が打突によって弾けた。
それは何度も弾け、音を鳴らす。間合いを詰めたままに技を繰り出し、受け流しては振りかぶり、鍔迫り合いから引き技を仕掛ける。両者はまるで合わせ鏡のように同じ動きをしていた。決められた殺陣を演じるかの如く…しかし、いつまでも遊んでいる訳にはいかない。

沖田の動きが変わる。その速さに遅れ、技を見切れなくなる。それでもかたらは必死に攻撃をかわすが一旦護りに入ったら最後、こちらから相手に大打撃を与えることは難しい。故に勝負はついたようなものだった。

「っ……負けました…」

かたらは肩で息をしながらその場に座り込んだ。

「…でも…負けても、沖田隊長との手合わせは楽しいです」
「なら授業料でも取るか…体で払ってもらっても構わねーぜィ」
「誘ったのはそっちですよ?それにもう体で払ったようなものです」

懐から取り出したタオルで顔の汗を拭っていると急に体が後ろの床に倒れた。正確に言うと沖田に押し倒されたのだ。

「……何のつもりですか?」
「何ってナニするに決まってんだろィ、負けた奴が文句言うんじゃねーや」
「わたし、まだ負けてません」
「は?何言ってn」

一瞬で立場が逆転した。

「前に言いましたよね?わたし、剣術より体術のほうが得意なんです。さ、これでわたしの勝ちですよ」
「う、ぐ…っ…」

床に顔を押し付けられた沖田が呻く。かたらは沖田の背に馬乗りになったまま、その両手首をタオルできつく縛った。体術を心得る者ならマウントポジションからの回避など容易いものだ。

「ところで、わたしも沖田隊長に訊きたいことがあるんです。答えてもらえますか?」
「………」
「七夕祭り……山崎さんに尾行を頼んだのは沖田隊長ですね?」
「……だったら?」
「プライバシーの侵害です。坂田さんにも迷惑がかかるので二度としないでください。…いいですね?」
「……チッ…仕方ねェ…」

反省の見えない態度にかたらはひとつ溜息を落として沖田の背中から立ち退いた。沖田は床に頬をつけたままに言う。

「葉月…旦那とは…」
「付き合っているわけじゃありません、今はまだ…」
「…なら旦那とうまくやりなせェ…過去の記憶なんぞ無くても、旦那ならお前を大事にしてくれまさァ」

沖田らしからぬ台詞に少し拍子抜けしてしまい、口元が緩んだ。

「……そうですね…坂田さんは優しい人です。だから…甘えるのが怖いのかもしれない…一度甘えてしまったら溺れてしまいそうで…」
「一度溺れてみりゃいいだろィ、死ぬわけじゃねーし…溺れちまえば何か見えるかもな」
「!……沖田隊長、ご指導ありがとうございます。では、わたしはこれで…」

失礼しますと一礼をしてかたらは道場を出ていった。残された沖田はもぞもぞと起き上がる。後ろ手に縛られたタオルは自力で解けそうにないから、仕方なくそのまま道場の縁側まで歩いた。

「土方さん、コレ、解いてくだせェ」

襖の外側にいた土方に一応頼んではみるが、土方はあからさまに不機嫌な表情を浮かべ煙草に火を点けた。

「知るかバカ、てめーで解けや」
「なーに焼き餅やいてんですかィ、葉月を突き放しておきながら」
「うるせーよ」
「土方さん、アンタ見てるとイライラするんでさァ。惚れた女を口説きもしねーで仕舞いにゃ突き放すしか能のないロクデナシは。せめて男らしく当たって砕けりゃあ見直しますがね、0.01ミリくらい」
「………」

ピクリとこめかみが引きつって吹き損ねた煙が目に染みた。沖田の言いたいことは十二分に分かっている。互いに古い傷口を抉るとしても…

「記憶喪失で元攘夷浪士だろうが、旦那と一つ屋根の下で育ってちちくりあった仲だろうが、葉月は葉月ですぜ。アンタの前じゃ一人の女…好きな男がいようが、そいつと付き合おうが関係ねーでしょうが」
「…人をけしかけてんじゃねーよバカ」
「けじめをつけろって言ってんでさァ。鬼の副長がいつまでも腑抜けたままじゃあ隊のまとまりが悪くなるんでねィ」

悪態をつきつつ沖田なりに励ましているのだ。そう分かっている。

「総悟、お前に言われるまでもねェ…けじめはつける」
「ならさっさとしてくだせェ。山崎が調子付く前に葉月を副長補佐に戻すか、それとも一番隊に配属させるか、一番隊の隊長補佐にするか、もしくは副隊長にするか…」
「バカ言うな、葉月は俺が……」
「土方さん、独り占めはナシでお願いしまさァ…んじゃ俺はこれで失礼しやす」

視界から沖田が消え、ひとりになる。吐き出した紫煙は空気中に漂い景色に溶けていった。けれど心はまだ霧の中にいるようで、きっとこの想いをかたらに告げなければ抜け出せないのだろう。この迷霧からは…



***



「山崎、葉月はどこだ?」

昼飯時、土方は食堂にいた山崎に声をかけた。カレーを頬張っていた監察方は驚いて具をのどに詰まらせたのか水をガブ飲みしてから口を開く。

「っ、…何でも調べたいことがあるとかで…まだ資料室にいると思いますけど…鍵はかたらさんに預けました」
「そうか…」
「あ、あのっ副長、何か…?」
「ああ、葉月を返してもらう」
「えええっ!?」

幾ばくか残念そうな顔を見せる山崎を無視して資料室へと向かう。
かたらと離れてから一週間、本当はすぐにでも戻したかったが命令した手前、言い出せなかった。これまで顔を合わせるのは朝礼のみで会話もなく、部屋が隣同士だから時間帯をずらし極力会わないようにしてきた。結局、かたらを避けていたことは周りから見ても明白だっただろう。それは当人も感付いていたはずだ。

土方は資料室に着くとドアの前で一呼吸して、ゆっくりと静かに取っ手を回した。鍵はかかっておらず、中に入ってかたらを捜す。窓のブラインドが中途半端に上がっているのか、日差しがあるものの少し薄暗い空間。さほど広さもないから目当てはすぐに見つかった。
かたらは部屋の隅で黙々と何かの資料に目を通していた。背中を向けているため土方の姿は目に入らない。果たして気配に気づいているのか、それとも集中しすぎて気づいていないのか…土方は黙ってかたらの背後に近づき、それから声を発した。

「何、調べてるんだ?」
「ひゃっ!?」

普段聞くことのないヘンテコな声を出して、かたらは振り向いた。大きな瞳を丸くして驚き、手に持っていた資料を床に落とす。土方はそれを拾って事務机の上に置いた。

「葉月、話がある。ちょっといいか?」
「っ……はい…」

若干、気まずい雰囲気が漂う。だがもう後には引けなかった。

「お前に…俺の気持ちを伝えておきたくてな……返事はいらねェ、お前の想いがどこにあるか分かってるつもりだ」
「っ………」

かたらは察したのか一度視線を逸らし、困ったように顔を上げた。ただ唇を噤んで土方の次の言葉を待つしかない。互いの瞳が熱く交わり、互いの心音すら聞こえてきそうな距離で、互いに息を呑む…そして土方の唇が動いた。

「俺は……葉月かたら、お前のことが好きだ」
「!……」
「好きなんだ、惚れちまったんだよ…一緒にいるうちに…いつの間にか、お前は俺の心に入り込んでた」

一世一代のつもりで挑んだ告白。その声は震え、情けなくとも想いの全てを吐露しなければならなかった。それが、けじめ、だ。

「いつか記憶が戻れば、お前は俺の前から消えちまうかもしんねェ…そう思ってもこの気持ちは変わらなかった。お前が元攘夷浪士だと聞いても関係ねェと思った…たとえお前が過去の恋人を想い続けようと構わねェ…俺がお前を支えてやれねーか本気で考えてた…そいつの代わりでいいから、俺は…お前にとってそういう存在になりたかった…」

所詮、代わりになろうということ自体おこがましい戯言で、自嘲さえしたくなる。

「でも、お前は見つけちまったんだな……大切な存在を…」

俺じゃなく、アイツを。

「…なら俺の出番はもうあるめーよ…後は潔く身を引くだけだ……けどよ、ひとつだけワガママ言ってもいいか?」

かたらは静かに頷く。

「お前が真選組にいるうちは…俺の傍にいるうちは…お前を見守らせてくんねーか?護らせてくんねーか?俺がお前にしてやれることはそんぐれェしか思い浮かばねーんだ…」

苦し紛れに笑ってみせると、かたらも同じように目を細めて微笑んだ。

「副長……いえ、土方十四郎さん…あなたの気持ち、すごくうれしいです。こんなわたしでも好きになってくれる人がいる…それはとても幸せなことです。十四郎さんの想いはかけがえのないものだから、わたしだけのものだから、本当に、本当にうれしいんです。ありがとうございます……でも、わたしもワガママ言っていいですか?」
「?…ああ、言ってくれ」
「わたしが真選組にいるうちは、あなたの傍にいるうちは…わたしにあなたを護らせてください」
「!…な、…っ」

巧妙に台詞をそのまま返されて唖然とする。

「だってわたし、副長補佐をやめたつもりはないですし、それに元々用心棒…今風に言うとボディーガードとしてあなたの傍にいるんですから」
「っ…あのなァもう、とっつぁんの嘘に付き合う必要はねーんだぞ?」
「いいえ、松平のおじさまは関係ありません、わたしが決めたことです。わたし、護られるだけなんて絶対にいやです!同じ仲間なら護って、護られて、互いに助け合わなくちゃ!そうでしょう!?」

強い意志がかたらの瞳を輝かせている。出会った頃とは全然違うんだと、土方は改めて思い知らされた。

「…ったく、急に強情になりやがって…どこの誰に毒されたんだかな……でもまァ、それも悪かねェ」

かたらの心を解きほぐしたのは紛れもなくアイツ…坂田銀時なのだろう。そう思えば嫉妬心すら消え失せ、むしろ感謝したくなった。

「葉月、これからもよろしく頼む」
「はい!」
「で、早速でわりーが副長命令を言い渡す」
「はい、何なりと」
「葉月かたら、ただちに副長補佐に復せよ」
「!…はいっ、了解しました!」

ああ、これで迷霧が晴れた…

「で、アレだ。言いにくいんだが実のところ…雑務が溜まっててな」
「じゃあ今日は残業ですね?任せてください、全部片してしまいましょう!」
「んな張り切ったって何も出ねーぞ?」
「ふふ、今度何か奢ってください」
「……了解」

それでも、この恋心は消えずに続いていくだろう。叶わなくても、報われなくても、一途に想い続けていく。葉月かたらを好きになった己の信念に誇りを持って。


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