「葉月、お前を副長補佐から外す」
「!!」

土方の自室に呼ばれたかたらは目を丸くした。まさかそんなことを言われるなんて思いも寄らなかった。

「…あの副長…それは…」
「外すと言っても一時的なモンだ。お前はしばらく山崎と行動を共にしろ」
「監察の仕事を手伝えということですか?」
「そういうこった」
「あの、何か…理由があるんでしょうか?」
「理由を訊ねるほど不服か?これァ副長命令だ、お前はただ従っていりゃあいい。話はそれだけだ」

そう言い放った土方はかたらの返事も聞かずに部屋を出ていってしまった。ひとり残されたかたらは小首をかしげて考える。土方の意図が分からなかった。それを見抜くための情報すらない。ならば、とりあえず命令された通りに山崎のもとへ行くしかないだろう。

「急に何の前触れもなく言われたんです。一時的でも補佐から外すなんて…副長は一体どういうつもりでそんな命令を…」
「アハハ、あまり深く考えなくてもいいんじゃない?たまには副長から離れて羽を伸ばすことも、かたらさんには必要なんじゃないかな」
「山崎さんなら理由を知っていると思ったんですが…」
「元々言葉が少ない人だからね、気にしない気にしない!それより暫くの間よろしくね、かたらさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!山崎さん」

かたらが気持ちを切り替えてくれたことに安堵しつつ心底で考える。
山崎には土方の思惑が手に取るように分かっていた。土方は一度かたらと距離を置き、己の気持ちを整理するつもりなのだろう。七夕祭りでは万事屋の旦那、坂田銀時にかたらを奪われたようなもので、言わば失恋の痛手を負っている訳だ。なのに本人が目の前にちらついては癒える傷も癒えない、だから補佐から外した…そうとしか考えられない。

山崎は複雑な心境で漏れそうになった溜息を飲み込んだ。沖田隊長に七夕祭りの密偵を頼まれたが故に色々と事情を知ってしまった。もちろん、かたらと銀時のキスシーンも暗視スコープでばっちり見てしまった。正直うらやま…爆発してほしい。

「かたらさん、今日は仕事というか…買出しに出掛ける予定なんだけど」
「わたし、外に出てもいいんでしょうか?」
「ちゃんと副長に許可は取ってあるから大丈夫。だた、目立たないようにしろって言ってたけどね。私服に着替えて、髪はかつらでも被っちゃう?変装道具なら揃ってるし…かたらさん、どうする?」
「変装…なら男装してみたいです!」
「男装の麗人!?それはそれで目立つような気がするけど…まいっか」



確かに、土方から離れることはかたらにとって良い気分転換になるようだ。そして山崎にとっても仮想デートという脳内妄想が捗ってウハウハであった。何時ぞやのお礼と称し、ちょっとお高い店で昼飯をご馳走になったり、デパートでは買出しのついでに自分たちの好きな物をあちこち見て回ったり、ちょっとした恋人気分を味わえた。味わえたけれど、如何せん相手は男装の麗人だった。
かたらは地味な男袴に身を包み、夕色の地毛を隠して黒髪のかつらを装着していた。パッと見であれば山崎と大差ない風貌だが、よく見れば顔の作りが全然違う。どう違うかは言わずもがなである。

「かたらさん、そろそろ屯所に戻るけど何か買い残した物とかある?」
「いえ、特には……」

荷物を抱えデパートから少し離れた駐車場へと向かう道すがら、小さな桟橋を渡ったところでかたらは歩みを止めた。ごく僅かな匂いを感知したのだ。

「……山崎さん、ちょっと待っていてもらえませんか?」
「どうしたの?」
「橋を渡る手前にあった露店の光り物が気になって…ちょっとのぞいてきてもいいですか?」
「いいけど…俺も一緒に行くよ?」
「いえ、大丈夫です。すぐに戻るので山崎さんはそこの長椅子に座って待っていてください。荷物も多いですし…ね?」
「え、うん…じゃあ荷物番してるから、かたらさん気をつけてね」

桟橋は短く、向こう側を容易に見渡せる。もし万が一かたらに何か起こればすぐに駆けつけることも可能だ。だから山崎はさして深く考えず、疑わずにかたらを見送った。

橋向こうに戻ったかたらは道端の露店に近づき、ござに並んだ品物を見ようとしゃがみ込む。真の目当ては目前の光り物ではなく、露天商の隣に座っている僧侶だった。網代笠を目深に被った僧侶から僅かに鈴蘭の香りが漂い、かたらは確信した。

「もし、そこの者…桂小太郎殿とお見受けする」
「!…貴様は何者だ?見覚えのない面だが…何故俺を知っている?」

男装しているからには男らしく低い声を出してみたが桂は気づかなかった。かたらは笑って女声に戻す。

「わたしです。かたらですよ、桂小太郎さん」
「なっ…かたら、その格好はどうした!?よもやまた男装とは…」
「ふふ、まあ色々と事情があって変装しているんです」
「そうか……しかし元気そうで良かった、安心したぞ」

どうやら桂は誘拐事件の経緯を知っているようで、かたらはふっと笑って見せた。身を案じてくれる人がいるのは正直うれしくて、幸せなことだ。

「…桂さん」
「桂さんじゃない、小太郎と呼んでくれ」
「いえ、わたしたち一応敵同士ですし…それより、こんなところに座って何かの偵察ですか?」
「ああ実はな…ある組織の動向を探っている」
「組織?」
「数多ある攘夷党の中で最も危険な組織…鬼兵隊が今、江戸のどこかに潜んでいるとの噂だ」
「鬼兵隊といえば確か…筆頭は高杉晋助という男ですよね」

真選組の事件詳録の中で一番の過激派として名を馳せているのが鬼兵隊だ。

「そうだ…かたら、お前は銀時から高杉の話を聞いているか?」
「?…いえ、何も…」
「だろうな…銀時が話す訳もなかろう。いいか、かたら…高杉晋助はかつて共に戦った仲間…俺たちの幼馴染なのだ」
「!」
「だがしかし、それは昔の話…今はもう相容れぬ者として俺と銀時は決別している。気をつけろよ、かたら…アイツはお前が生きていると知れば接触してくるやもしれん。昔の関係がどうであれ、今のアイツはこの世界を壊さんと牙を剥く獣だ。獣に触れればお前もただでは済むまい」

敵対しているというなら何故、そんなに辛そうで切ない顔をするのだろうか。かたらには未練があるように思えて仕方なかった。

「わかりました、気をつけます。でもひとつだけ教えてください…過去のわたしにとって高杉という男はどういう存在でしたか?」
「………お前にとって…高杉は……」

言葉に詰まる桂にただならぬものを感じ、かたらの心臓がトクンと波打った。

「お前にとって高杉は…俺や銀時と変わらぬ兄という存在であることは確かだ……ただ、それ以上の感情があったとするならば、それは俺の口からは言えぬ。当時のお前の心情を察したとしても、真の想いはお前の中だけにしかないのだからな」
「……そう…ですか…」

桂の意味深長な言い回しがひっかかる。過去の自分は高杉晋助に対して何か特別な感情を抱いていた…そうとしか思えない。その真実を知る術は失った記憶を取り戻すか、高杉という男に直接相見えるしかないだろう。

「かたら、もし高杉からの接触があっても決して会ってはならんぞ…記憶を無くしたお前にアイツが何を思うのか、何を言うのか…それがお前を深く傷つけ混乱させることになる。兎にも角にも今は…会わないほうが賢明であろうな」
「桂さん、心配しなくても…会うなら記憶が戻ったときにしますから」

そう言うと、桂は眉を下げ困ったように苦笑した。あきれたという風に。

「お前は肝心なときに人の忠告を無視するからタチが悪い。それと桂さんじゃない、小太郎だ」
「…小太郎さん、ご忠告ありがとうございます。それでは、人を待たせているのでそろそろ行きますね」
「かたら……いや、何でもない…」

桂の物憂げな表情に引き止められて、かたらは言おうかどうか迷っていた言葉を告げることにした。

「…桂さん、わたし好きな人ができたんです」
「!」
「たとえ過去を、大切だった人を思い出せないままだとしても…わたしは今のわたしらしく自由に生きようと決めたんです。だから恋愛だって自由にしていいはずです」
「かたら、お前…一体誰を好きに…」

驚く桂に微笑んで、かたらは腰を上げながら「坂田さんです」と言い残しその場を後にした。



黄色の水仙を見つめ、茎を指先でくるくると弄ぶ。
夕刻、早めの風呂をいただき自室前の縁側で涼みながら、かたらは銀時にもらった造花を眺めていた。想うのは過去ではなく銀時のこと…七夕祭りを思い出しては頬を染め、完全に乙女モードである。

「あの、かたらさん…コレ忘れ物…」

そこへ申し訳なさそうに現れた山崎が手にしていた物はかたらのお守り袋だった。どうやら男装時に借りた袴の袂に入れたまま取り忘れていたようだ。

「!…山崎さん、わざわざ届けに来てくれるなんて…」
「だって大事な物でしょ?かたらさんが困ってたら大変だと思って」

手渡されたお守りはかたらの手のひらに乗る。色褪せたそれを見て、どこか妙な違和感を覚えた。

「…ありがとうございます。確かに、これは大切な物です…今まで忘れたことなんてなかったのに…」

ああ、そうか…執着というものが無くなったのかもしれない。過去に自分が生み出した、この遺物に囚われる必要もないということか…

「多分、男装なんて普段しないようなことしたからじゃない?」
「…そうですね、きっと」

フォローしてくれる山崎に感謝すると、その視線が造花に向いているのに気づいた。

「それって作り物だよね?」
「はい、坂田さんにもらったんです」
「何でまた水仙の花?まあ旦那が薔薇の花をプレゼントする絵面なんて想像できないけど」
「黄水仙は昔、わたしが好きだった花だそうです。花言葉は……」

まるで切り取られたかのように声が止まった。

「……山崎さん、黄水仙の花言葉…知りませんか?」
「え?イヤ知らないけど……かたらさん、どうかしたの?」
「…いえ、何でもないです。ごめんなさい、変なこと訊いて…」

どうしてまた花言葉を忘れているのだろうか。銀時に教えてもらったばかりだというのに…

「それじゃ俺行くから…かたらさん、また明日ね」
「はい、明日もよろしくお願いします」

山崎の背中を見送り、自室に戻るべく襖に手をかけると横から邪魔が入った。横目で見れば稽古着姿の沖田である。

「葉月、ちょいと付き合いな」
「…稽古ですか?今日はやめておきます。風呂上りですし」
「この一番隊隊長が直々に手合わせしてやるってんだ、いーからついて来なせェ」
「…わかりました。着替えてから行きます、先に行って待っていてください」

気乗りしなくても鈍った体を鍛え直す機会を逃すべきではない。かたらは自室で稽古着の袴に着替え道場へと向かう。道場の中心には竹刀を右肩に抱え仁王立ちの沖田が待っていた。


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