境内を抜けて神社の裏手に入り、竹林の小道を進んでいくと視界が開けた場所に出た。目に飛び込んできた光景にかたらは息を呑む。夜空の星たちは手が届きそうなくらい近くに感じられた。

「すごく…きれいです…」
「だろ?裏側は町の明かりも少ねーからな、星がよく見える。月が陰りゃあ天の川も…」

銀時が言うように月が雲に覆われていく…すると星々の輝きが少しずつ増し、おぼろげではあるが天の川が浮かび上がってきた。

「あれが天の川……こんなにきれいな夜空を見たのは初めてです…」
「初めてじゃねーぞ、お前は忘れてるだけだ…」

言って再びかたらの手を引き近くの縁台に腰を掛けた。落ち着いてから辺りを見回せば、ちらほらとカップルの姿が見える。恥ずかしさから銀時は星空に視線を向け、かたらは俯いていた。

「…わたしは昔、坂田さんと夜空を眺めていたんですね……ごめんなさい、思い出せなくて…」
「!…バァカ謝んじゃねーよ」
「でも…ごめんなさい…」
「オイだから謝んなって言ってんだろ?次ゴメンナサイっつったらアレだからな、口塞いでやっから」
「だってわたし…坂田さんに申し訳なくて…思い出せないのも悔しくて…だから…っ」
「!?…かたら、お前泣いて…」

僅かに肩を震わせているかたら。頬を伝うひとすじの涙を見て、銀時は思わずその肩を抱き寄せた。

「…すまねェ、俺が悪かった…いつまでも過去にこだわって、お前を傷つけちまった…」
「ちが…坂田さんは悪く…ないです…っ」
「ほら泣くなってェ…もういいんだ、何も思い出せなくたっていい…過去を忘れても生きてるならそれでいい…お前にゃ今がある…これからの未来がある…思い出はまた作りゃあいいんだ。そうだろ?」

胸元に頬を寄せるかたらが小さく頷く。

「だから、お前は今の自分のために生きろ…記憶がねェ自分をもう否定すんなよ…ただ自分の気持ちに素直に生きりゃあいいんだ…」

少しの沈黙の後、かたらはぽつりぽつりと語りだした。

「坂田さん…わたし、ずっと自由になりたいって思っていました…でもそれは失った記憶を取り戻さなければきっと手に入らない…そう自分で決めつけていたんです…わたしは不完全な人間、欠陥品だからと何の理想も抱かず、何の目標もないままに周りに流されながら生きてきたんです…」

ああ、ようやく本音を話してくれた…銀時はかたらを抱く腕にそっと力を込める。

「…でも坂田さんに出会って少しずつ、わたしの中の何かが変わっていきました…それはあなたがわたしの過去を知る人だからと、最初はそう考えていました…けれど本当はひとえにあなたの人柄がわたしを変えたのだと、気づいたんです」

かたらの手が銀時の浴衣を滑り、布の弛みをきゅっと掴んだ。

「いつの間にかあなたに恋をして…過去の自分に嫉妬して、記憶を思い出せない自分に苛立って…どうしてわたしじゃないんだろう…いえ、どうして過去のわたしの恋人が…坂田さんじゃないんだろうって思うようになりました」
「…そうか……」
「わたし…坂田さんが好き…みたいです」
「みたいって…えらく自信なさげに告白すんのな」
「…まだ自信がないんです…こんなわたしが本気であなたを好きになっていいのか…」
「心に迷いがあるか……なら、覚悟が決まるまで待ってやる…俺に愛される覚悟を決めてからぶつかってくりゃあいい。俺ァ逃げも隠れもしねーよ」
「…はい……」

ゆっくりと顔を上げるかたらの頬をやさしく撫でると、後れ毛が揺れ微かな花の甘い香りが鼻をくすぐった。

「かたら、俺ァもう覚悟は決まってっからな…昔のお前も、今のお前も、未来のお前さえも、ずっと愛していく覚悟が…それだけは伝えとくぜ」

我ながらクサい台詞をよく言えたもんだと思う。目の前のかたらも赤面するほどだ。

「……なんだかプロポーズみたいです」
「それでかまわねーよ。婚約の約束とまでは言わねーが、交際の予約は入れたからな」
「…はい、予約入れておきますね」

今夜はかたらの本音も聞けて、互いの想いも伝わった。焦ってこれ以上を望む必要もないだろう。銀時は名残惜しくもかたらから体を離した。照れ隠しに星空を眺めていると、かたらが思いも寄らない言葉を漏らした。

「ずっと一緒にいられますように…」
「!!」

吃驚してかたらに視線を戻してしまった。

「…ごめんなさい。坂田さんの願い事、見てしまいました…だから、訊いてもいいですか?ずっと一緒に、の一緒は…」
「あーもうっ、お前に決まってんだろーが……つーかかたら、お前今ゴメンナサイっつったな?」
「はい、言いましたよ?」
「次ゴメンナサイっつったら口を塞いでやると、俺は言いました」
「はい、言っていましたね」
「………あの、口を塞ぐって意味わかってる?ちゃんと理解してる??」
「わかってる…つもりです…よ……」

ああ、そうきたか…銀時は数秒たじろいでから、その物欲しそうな唇を唇で塞いでやった。無論、重ねるだけの口付けだ。焦らずとも今はこれだけでいい。このひとときだけで十二分に幸せだった。



***



「よし、これでいいかな」

新八は息をついてソファに腰を下ろした。水槽に移した金魚はゆるゆると動き、今のところ健康状態に異常はなさそうだ。昨夜の祭りで持ち帰った金魚は一旦どんぶり鉢に入れておいたが、今朝お登勢を訪ねたら昔使っていた水槽があると言われ、もらい受けて今しがた移し終えたところである。

「新八、餌はどーするアルか?金魚って何食べるの?ご飯派アルか?パン派アルか?どっちネ」
「イヤどっちも違うから、金魚はちゃんと金魚専用の餌をあげなきゃダメだからね。今のところまだ餌はいらないけど」
「何でアルか?」
「金魚すくいで取ってきて三日か一週間くらいまでは餌をあげなくていいんだって。新しい住処や水質に順応して体調を整えるまで断食させるみたいだよ」
「フーン、金魚も大変アルな。来て早々ダイエットなんて」
「…とにかく、午後になったらペットショップに必要な物を買いに行かなきゃね。専用餌にエアーポンプと底石の砂利でしょ、水草もあったほうがいいかな?あとは…あ、銀さん!おはようございます」

スッと開いた襖から顔を出した銀時は欠伸をしながら向かいのソファに座った。祭りの後ひとりで居酒屋に寄った銀時は少々二日酔いの気はあるが、さして辛そうでもなく表情は穏やかだった。

「はよ…何コレ、この水槽どしたの?」
「お登勢さんにもらったんです。銀さん、お茶淹れますけど、お水のほうがいいですか?」
「茶で頼まァ」

時刻は午前十時、お茶の時間でもある。丁度、新八も一息入れようと思っていたところで、茶でも飲みながら銀時に質問したいことが沢山あった。台所へ向かうと、背後では神楽が待ちきれず先に銀時に質問を投げ掛けている。

「銀ちゃん、まだ昨日のこと詳しく聞いてないネ。かたらと何があったかちゃんと話してヨ」
「ん、あー…ノーコメントで」
「何言ってるアルか!うまくいったんでしょ?減るもんじゃないし早く話すネ」
「バーカ、減るんだよ。幸せが減っちまうの」
「何それ、何ノロケてるアルかっ!こちとら必死にマヨ方を抑えてたのに、銀ちゃんずるいアル!」
「ずるいも何もプライベートだしィ、おめーらに話す義理はねーの」

おそらく恥ずかしくて素直に話せないのではないか。盆に急須と茶碗を乗せて戻った新八は姉お妙の黒い笑みを真似てみた。

「銀さん、本気でそう思ってるなら今まで協力応援してきた僕らにだって考えがあります。電話でかたらさんに直接訊いてもいいんですよ?銀さんと何があったのか」
「な、何言ってんの?かたらが話すワケ…」
「銀ちゃんの恥ずかしいアレやコレもかたらにチクってやるアル!」
「え…オイ神楽、一体何話すつもり?銀さん別に恥ずかしいことなんか…」
「今まで酔っ払って悪ノリして散々人様に醜態さらしてきただろーが!泥酔して○○に××したり、どっかのねーちゃんの△△を□□だり、人の大事なものに▽▽したり!銀ちゃんがやらかす度に私たちが尻拭いしてきたネ!」

サッと俯く銀時。この手の話題は尽きないから追い討ちをかけることも可能だが、急に縮こまった相手はそれを望まないだろう。

「そーですよ銀さん、今までの無様な失態をかたらさんに知られたくなかったら…正直に話してもいいんじゃないですか?」
「っ………」

銀時は頭を抱え、それから観念して話し出した。といっても至って簡潔、味気ない語り口が残念だったが文句は言うまい。
自分の失言でかたらを泣かせたこと、それを挽回しようと言葉を並べ励ませばかたらの思わぬ本音が聞けたこと、告白するつもりが先に向こうから告白されたこと、そして自分も想いを告げて…

「それって両思いじゃないですか!なのに付き合わないなんて、どうしてかたらさんは…」
「まだ自分の気持ちに自信がねェんだと…なら、俺ァ待つことしかできねーさ」
「自信がないならそれこそ、交際してもっとお互いを知るべきなのに…」
「ま、色々と整理することがあんだろ。急いては事を仕損じるってな…こっちから急かすような真似してみろ、うまくいくモンもダメにならあ」

言って茶を啜る銀時は、昨日の落ち着きのなさはどこへやら妙に清々しい顔であった。何を悟ったのか不安の欠片も無いような安心しきった顔でもある。

「じゃあ、かたらは銀ちゃんと付き合う気はあるアルな?ちゃんと約束したアルか?」
「まーな」
「銀さんがそういうなら…大丈夫ですよね!きっと」

ふたりはまた恋人という間柄になる。たとえ過去を取り戻せなくても、現在の繋がりがあればこそ、その絆は過去も未来さえも凌駕し得るはずだ。いつの日かきっと…


4 / 4
[ prev / next / long ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -