かぶき町の繁華街から少し離れた高台の神社にて、本日七夕祭りが開催される。
梅雨明けの夕空にちらほらと星が瞬きはじめ、境内へと続く石段には提灯の明かりが連なっていた。続々と人が集まり、大人も子供も境内の縁日を目指し石段を上っていく。

「銀ちゃん、かたら待ってるかもしれないネ!早く行くアルヨ!」
「そんな急がなくたって大丈夫だよ、神楽ちゃん。待ち合わせ時刻よりまだ早いんだから」

急かす神楽はピンクの淡地に八重桜や小花を散らした可愛らしい浴衣を身に着けている。気を利かせたお妙の御下がりである。そして新八も青地の浴衣姿だ。

「何言ってるネ、新八!今日は銀ちゃんにお小遣い一杯もらったから屋台全部回って食い倒れツアーアル!食べ物はすべて私が食べ尽くすネ!!」
「かたらさんよりそっちか…神楽ちゃん、何でお小遣い一杯もらえたか分かってる?僕らにはやるべき仕事があるんだからね?それに、食べ尽くせるほどお金もらってないから」
「オイオイぱっつぁん、もっと金寄越せってか?ガキが不相応な金持つとロクなことにならねーぞ」

軽やかに石段を上るふたりとは違い、銀時の足取りはどことなく重く、さっきから頻りにあちこち見回している。

「そんなこと言ってませんよ…それより銀さん、そわそわしすぎじゃないですか?せっかくお登勢さんに浴衣を借りて男前に仕上がってんですから落ち着いてください」
「べ、別に銀さんソワソワしてないし?元々普段から男前だし、落ち着いてるしィ?」

銀時が着ている紺地に縦縞模様の浴衣はお登勢の夫・辰五郎の遺品である。生前に買って一度も袖を通さなかったらしく、勿体無いからとお登勢が銀時に押し付けたものだ。

「銀ちゃん、思春期の少年みたいアルな」
「かたらさんに告白するだけなのにこの緊張っぷり…他のみんなには見せられないよね」
「人事だと思いやがってェ…恋愛のレの字も知らねェお子様に色々言われたくねーんだよ。告白なんざ簡単にできらァ…問題はその後だろーが」

要するに色よい返事をもらえるかどうか不安なのである。過去の関係を、恋人だった事実を話せば丸く収まる可能性もあるが、それだと何かしこりが残る気がしてならない。フェアじゃないというか、今存在しているかたらの意思をどこか捻じ曲げ歪ませてしまうかもしれない…ならば結局、直球で勝負するしかないだろう。

「あ、竹がありますよ。まだ時間もあるし、短冊に願い事を書いて吊るしましょうか」

いつの間にか境内に足を踏み入れていた。門をくぐった先にはこの日のためだけに備え付けられた大きな竹があり、既に色取り取りの短冊で飾られている。

「んなガキくせーことやってられっか、おめーらふたりで行ってこいよ。俺ァここで待ってる」
「いいじゃないですか、銀さんも一緒に行きましょう!」
「銀ちゃんも願い事書くネ!そーすればかたらとうまくいくアル」
「最後は神頼みってか…チッ、仕方ねェ…書きゃいいんだろ書きゃあ」

子供ふたりに連れられ短冊をもらいにいく。新八神楽は最初から願い事が決まっていたのか、書き込んですぐに竹の枝葉に飾りに行ってしまった。残された銀時は何を書くか一向に決まらなかったが、ふと頭の中にあるフレーズが浮かんで短冊に筆を走らせた。それは、とある恋人たちの願い事…幼い頃から願い続け、つい先月やっとの思いで叶った願いだった。夕霧と藤十郎、もう亡魂さえ存在しないふたりは星となって空から見守っていてくれるだろう。
銀時は竹の裏手に回り枝葉に手を伸ばした。短冊の紐を括りつけていると、背後から視線を感じ反射的に振り返った。

「坂田さん、こんばんは」

そこにいたのはかたらだった。纏め上げた髪には花飾り、白地に鮮やかな瑠璃色の撫子と竹をあしらった浴衣に身を包み、ふわりと微笑んでいる。そのたわやかに佇む姿を見れば元旗本良家の娘だったというのも頷けるほどに、気品があって美しい。

「お、おう…」
「坂田さんも願い事を書いたんですね。わたしもさっき短冊を吊るしたところです」

かたらの周りに真選組らしき者は見当たらなかった。向こうで待たせているなら、今いるこの場所は死角になっているだろう。

「かたら、付き人は誰だ?」
「土方副長です」
「そうか……まァせっかく来たんだ、奴にも息抜きになりゃあいいんだが、所詮無理な話かもな」
「どうでしょう…」
「新八と神楽もお前に会いたがってたし、しばらくは皆で祭りを楽しむのも悪かねーさ……ただ、後で俺に付き合ってもらうからな」
「…はい…」

恥ずかしそうに視線を下げるかたらを抱きしめたい衝動に駆られるが、今はまだそのときではない。邪魔なものを排除しなければ告白すらできないのだ。かたらの背後に現れたこの男を…

「万事屋ァ、葉月に手ェ出してみろ。テメーの首が飛ぶことになるぜ」

着流し姿の土方は角帯に差した刀の柄に手を当て、言い放つ。

「祭りだってェのに物騒なこと言ってんじゃねーよ、鬼の副長。こちとら善良な一般市民だっつーの」

こういうやり取りは挨拶みたいなもので、互いに牽制し合うこともしばしばある。故に犬猿の仲と揶揄されるのだ。間に挟まれたかたらはにっこりと笑顔を作った。

「副長と坂田さんのふたりがいるのなら、わたしも安泰です。めいっぱい祭りを楽しめちゃいますよ?だから今日はケンカはなしです。ケンカしたら両成敗ですよ?」

その台詞に銀時と土方は一回顔を見合わせて、それからかたらを見つめた。お前が言っても怖くない、と表情でツッコんでいるのは明白だ。

「言っておきますが、体術には自信があります。なので、痛い思いをしたくなかったら大人しく祭りを楽しみましょうね」



かたらの脅し(?)が功を奏したのか、男ふたりは当たり障りなく祭りをやり過ごしていた。かたらと子供たちのわがままに付き合い屋台を回って腹を満たし、射的や輪投げ、宝つりに金魚すくいの勝負を純粋に楽しんでいるかのように見えた。

「かたら、すごいアル!金魚いっぱい取りまくりアル!!」
「金魚が天使に救われてるみたいです!もう達人のレベル超えてますよコレ…!」

金魚すくいに挑戦したかたらの神業とも言えるポイさばきに、周囲の者たちは圧倒され魅了されていた。感嘆の声に野次馬が集まって煩わしくなり、土方は舌打ちする。

「あれだけ目立つ行動は控えろっつったのにコレだ…どこぞの馬の骨に目ェつけられたらどーすんだ」
「オイその馬の骨に俺を入れんじゃねーぞ。つーか仕方ねーだろ?ただでさえあの容姿だ、何をしてもしなくても目立っちまうんだよ。昔からな」
「!……」

馴染みを思わせる台詞に土方は口を噤む。銀時もそのまま黙った。土方の気持ちも理解できるから何とも言えず、文句をつけたところで面倒になるだけだ。

「ああ、破けちゃいました」

かたらは穴の空いたポイを捨て、金魚が山盛りに入ったボールを店主に渡した。何匹すくっても五匹までしかもらえないルールなので、自分のすくった金魚の中から欲しいものを選ぶ。さりげなく一匹おまけしてくれた店主に礼をして、もらった金魚袋をそのまま神楽に手渡した。

「神楽ちゃんにあげる。出目金ほしかったんだよね?」
「え、いいの?もらっていいの?ありがとアル、かたらっ!」
「よかったね、神楽ちゃん。金魚って育てるの難しいから、僕も一緒にお世話手伝うよ」
「ウン!定春に食べられないように気をつけなきゃ」
「さ、神楽ちゃん新八くん行こうか。次の人の邪魔になっちゃうから……すみません、通してください!」

言いながら、近くで見守っていたはずの土方と銀時を捜すも人が多すぎて姿が見えない。かたらたちが人集りに揉まれていると、突然横から手を掴まれた。かたらだけが引き寄せられたその先に…

「!…坂田さん」
「こっちだ」

銀時はかたらの手を握ったまま人波を掻き分けていく。かたらは黙って後についていった。そして残された者たちは…

「あああっ、金魚落としたアル!誰か!誰か拾ってヘルプミー!じゃなかったヘルプ金魚ォォォ!!」
「ええっ!?どこに落としたの!?踏まれでもしたら…」
「オイ落ち着け!足動かすんじゃねェ…」

見兼ねて助けに入った土方が地面に落ちた金魚袋を見つけて掴み取った。既に袋の水が殆どこぼれた状態で中の金魚が苦しそうに跳ねている。

「大至急、屋台の親父に水足してもらってこい」
「ありがとうございます、土方さん!ホラ神楽ちゃんもお礼言って」
「あ、ありがとヨ…でも別にアンタに助けてなんて言ってないんだからネ」
「ツンデレか!…ったく、世話ァ焼けるガキどもだぜ……ってアレ?葉月は…?」

いない。アイツもいない。かたらと銀時、ふたりの姿が忽然と消えていた。


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